魔族のご令嬢
「誰?!」
突如として出現した男に私は大声を上げて護衛の2人に警戒を促す。
2人は即座に臨戦体勢を取り私の前に出て身構える。
そんな私達の対応にお構いなく、男はニッコリと微笑んだ。
(ヤバい・・・)
男の笑顔を見た瞬間、私の直感がそう告げた。
別に一目ぼれをしたとかそう言うことではない。
この男が只者ではないことに気づいてしまったのだ。
他の2人もそのことに気づいたのだろう。
私の前に立ち、臨戦態勢の2人は私を守る様に立ちながらも状況を見守る事に徹して自分から仕掛けにはいかない。
いつもは短気な特攻隊長であるバーンズが動かないことからこの男の実力が底知れないことが窺える。
私達に気配を感じさせずにここまで近づいたこの男の隠密能力はすごい。
が、この男にとってそんなものはあってない様なものなのだろう。
なにせ、臨戦態勢の私達を前にしても笑顔を絶やさないのだ。
相当の実力と自信があることが窺える。
そのためか、男は私達の行動など歯牙にもかけず、話しかけてくる。
「そちらの獅子の方は以前にいらしてくれた方ですよね? 今回はどういったご用向きでしょうか? ああ、立ち話もなんですから店の中にお入りください。さぁ、どうぞ。」
そう言い終わると男の姿は私達の前から掻き消えており、次の瞬間にはチリンチリ~ンと鈴の音がなった。
音のなった方を振り向けば、先程までどうやっても開かなかった扉が開かれており、いつの間につけたのか。
エプロンをした男がカウンターの奥に立っていた。
「いらっしゃいませ。」
こちらの視線に気づいてか、男が挨拶をしてくる。
その男の行動の異常さに私は唾をゴクリと飲み込んだ。
きっと他の2人も同様だろう。
以前に来たことのあるガルムの話によると店の中には特殊な領域の魔法がかかっており、戦闘行為を行うのは不利だという話だった。
だから私は、扉を開けた瞬間に奇襲をかけて男を一撃で倒す算段を立てていた。
しかし、今の目にも止まらぬ動きを見せられては、それが不可能であることは容易に想像がつく。
なにせあの男は、ドアの前に立っていた私の横をすり抜けて店の中に入ったのだ。
一瞬、転移魔法を使ったのかとも思ったがそうではない。
魔法を発動する素振りはなかったし、なにより、魔法を発動する前兆も転移魔法独特の発動後の空間の歪みもなかった。
人間の魔法技術は我ら魔族よりも下だと聞いている。
我々がこっちに来るために使用している能力低下の魔術がなければ人間なんぞに後れを取ることなどあり得ない。
なにせ人間は身体能力も魔法の技術も我々より下なのだ。
ああ、この魔の森を抜けるために施してある能力低下の魔法さえなければ・・・
しかし、魔の森を抜けるためにはこの魔法を使わざるを得ないのも事実。
そもそも、高貴なるわたくしがこんなところにいるのは全てあの女のせいなのだ。
ココアン=パウダー。
突如として魔界に現れた謎の女。
疾風の如く現れたそいつは、魔界に戦乱と災厄を振りまき、そして王となった。
彼女のおかげでいくつもの国が消えてなくなった。
わたくしの生まれ故郷も今は彼女の国の一部となっている。
思い出すだけでも忌々しい。
「お嬢様。どうなさいますか?」
わたくしが忌々しい女のことを思い出していると困惑した表情でガルムが聞いてくる。
本来のわたくしの目的はガルムが言っていたこのお店を奪うことだった。
こんな危険な森で店を出すだなんて正気の沙汰ではないが、わたくしたちにとっては都合がよかった。
ここなら人が来ることもないし、あの女の追手が差し向けられることもないだろう。
誤算があったとすれば、この店の店主が私達の想像を上回る怪物だったということだ。
せめて、全力を出すことができれば勝つ見込みもあるのかもしれないが、今現在はどうしようもない。
しかたがないのでここは大人しく様子を見よう。
「では、お邪魔させてもらおうか。」
「え、中に入るんですか?」
わたくしの言葉にバーンズが声を上げる。
おそらくは、領域の魔法のことを気にしているのだろう。
だがなバーンズよ。
そんなものがあろうがなかろうが、この男には勝てないのだ。
そのことを少しは理解したまえ。
「何か文句でも?」
わたくしは視線でそれをバーンズに悟らせる。
バーンズは納得したのか渋々頷いた。
こうして、わたくし達は喫茶店へ入店したのだった。
しかし、今に見ているがいい店主よ。
私達が力を取り戻した時が貴様の最後だ。