≪救世主≫
≪救世主≫
その二つ名と見目麗しき可憐な少女から想像されるのは、世界を救う敬虔な神の奉仕者たる聖女だろう。
その見た目と二つ名に騙された者の数はいったいどれほどに上るのか数えるのすら烏滸がましい。
それほどに、実在する彼女は苛烈を極める存在だ。
表向きは元守護天将の教会に所属している1人のシスターという立ち位置でしかないが、その実態は裏から教会全体を掌握する絶対的な支配者である。
教会最高権力者たる教皇でさえ、彼女には頭が上がらない。
否、現在の教会でトップから10人の権力者たちは全員が彼女によって才能と実力を見出された者達しかいない。
自身の意に添わぬ存在を徹底的に排除するために、彼女がまず最初に行ったのは教会最大の軍事力たる聖騎士隊を全てたった1人で壊滅寸前まで追い込むこと。
名目は訓練。
内容は単純な闘争による実力差を教え込むこと。
その後は、彼女が師であり養父たるコーフィ=チープから授かった闘氣術と新魔法術式による能力向上。
この新技術により教会戦力は三大国家を超えるほどの実力を有している。
しかし、その伝授方は熾烈の極み。
できるようになるまで、必死に訓練あるのみ。
現在、《獅子皇帝》や≪暴君≫のパーティメンバーが受けているような自身の肉体を再構築されながらの強制的な自身の肉体との対話。
≪救世主≫に逆らえば、回復なしでその技を受ける可能性がある。
そう思わせることによる死への恐怖の植え付けと絶対的な服従を余儀なくされた聖騎士隊員達は文字通りの意味で死に物狂いで訓練を生き残った精鋭のみが現在は存在する。
残念ながらリタイアした者達も死の運命からは逃れられたが、従騎士という聖騎士達のサポートを行う部隊への転属になった。
無論、それでも彼らの実力は三大国家の一兵士よりは上である。
それほどの戦力と地位を持つ彼女だが、その行動には今だ終わりは見えない。
寧ろ、より強大な戦力を得るためにありとあらゆる手段を尽くしている。
その目的はただひとつ。
コーフィ=チープを守ること。
彼女が力を求める理由はその一点のみ。
それ以外のものは眼中になく、それを邪魔する全ての排除こそが彼女の望み。
一見、なぜそんなことを目的に行動するのか。
意味が分からないように見えるが、彼女の行動と信念と理念はそこに集約されている。
世界最強最大の存在たるコーフィ=チープの敵は人界において存在しない。
しかし、魔の森の向こう側はわからないし、この世には邪神という五百年周期で現れる未知の怪物も存在する。
各国の王や世界各地の実力者も、単独ではコーフィ=チープの相手にはならない。
しかし、邪神との戦闘で疲労した場合はどうか。
コーフィ=チープが広めた新魔法術式と闘氣術。
そして、その先の秘伝を扱うことのできる《五高弟》
自身もそこに名を連ねているからこそわかる。《五高弟》は一枚岩ではない。
それぞれの活動方針も目的も全く違う。
それに、現状に存在しなくとも未来にはどんな存在が現れるかわからない。
三大国家の者達もコーフィ=チープという存在が現れるまで国家を亡ぼしうる個人の存在など認識していなかった。
最早、この世界のどこにどんな強者がいるかはわからないのだ。
「それに・・・」
≪救世主≫は目の前のゴミ共を見ながら考える。
コーフィ=チープの討伐計画に加担した目の前のゴミ共。
修業と称して適当に痛めつけ、その心をへし折った後は、自身の駒として飼殺す。
≪暴君≫の仲間達が同じ目にあっているのは、今回の件でしくじった≪暴君≫への戒めと他の者達への警告。
守護天将というならず者である冒険者のと冒険者ギルドの監視。
それが≪救世主≫の考える≪暴君≫の役目。
《散歩に行こう》の解散時に≪救世主≫が仲間達に負わせた職務。
それを実行できなかった≪暴君≫への罰。
「ガイ。あなたは信用のおける人物だと思っていたのですけどね。」
《散歩に行こう》の中で、ガイ=ドラグーンはコーフィ=チープの友人という立ち位置で存在する稀有な存在だ。
ほとんどの者達が、コーフィ=チープを『師』や『親』、もしくは超えるべき『壁』と認識している。
だからこそ彼を私は信用していた。
にもかかわらず、あの男は私の期待を裏切り。あろうことかコーフィ=チープを抹殺しようとした者達を何事もなかったかのように処理している。
本来なら、極刑。悪くても捨て駒として飼う以外に使い道がないゴミ共だというのに・・・!
「さ、もう少し躾をして今日のところは終わりにしましょうか。」
過酷な試練と僅かの休息。
それを繰り返しつつ、私に向ける憎悪や敵意を粉砕することで、私に対して絶対に勝てない。逆らってはいけないと心に刻み込む作業が終われば彼らも忠実な手駒として最低限の役には立つようになるでしょう。
軽やかな足取りで、私は皆が待つ訓練所に向かって歩み出した。
皆が待つ訓練所に向かう道中。
突如として、魔力と闘氣の膨大な増大を感じて足を止める。
場所はガイを監禁している部屋。
ヨシュアもいるから問題ないと思いたいが膨れ上がり方が妙だし、何よりこの魔力と闘氣の感じはガイのものではない。
(他に誰かいるのだろうか?)
しかし、部屋の中の気配は2人だけ。
それにこの力の量は明らかに人体限界を大幅に超えている。
秘伝を習得していなければ到達しえない領域だ。
それができるのは人界においてお義父様と《五高弟》のみ
肉体の限界まで力を引き出す上伝を人間以外が使った場合はわからないが、少なくともこの力の元になっている根幹には人間がかかわっていることだけは気配から分かる。
しかし、それ以上のことが全く分からない。
未知の存在はお義父様の手を煩わせることになる可能性が高い。
ここは私自らの目で確認しなくては≪雑魚狩り≫では対処を間違う可能性がある。
即座に踵を返して正体不明の存在の下に向かう。
戦闘になることも考慮して臨戦態勢で標的のいる部屋の前に即座に移動。
している最中に敵意を感じて防御姿勢を取る。
どうやら相手も部屋の中からこちらの気配を感じとったらしい。
攻撃目標は私。
壁一枚で隔てているが、遠距離の魔法が使えるのならば攻撃はこの距離でも可能。
この建物の壁は防音目的で分厚く頑強だが、秘伝を扱える《五高弟》クラス相手では紙に等しい。
この状況では寧ろ、瓦礫を投石代わりにしてくるので厄介かもしれない。
先手を取れればよかったのだけれど、相手の動き出しが早い。
防御態勢を取った途端に相手は壁目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
まぁ、どのみち。私に遠距離系の攻撃手段がないので先手は譲らわずえない。
ドゴォォオオオ!!
敵の攻撃で壁がはじけ飛び、瓦礫が石礫となって飛来する。
目に見えて飛んできているのが石礫だけなので、敵の攻撃は目に見えない風か。もしくは、壁を破壊するだけの打撃系か衝撃系だと推測される。
飛来した石礫を交わしたりはじいたりして攻撃をいなしていくと、次にやってきたのは衝撃波だった。
単純な威力ゆえか。風系統の魔法なのかは不明だが、一般的な兵士ではこの衝撃波の波だけで死に至る威力がある。
私には効かないが、邪魔なので拳を振るって衝撃波を打ち消す。
「オオオ! メシアァアアアア!!」
衝撃波を打ち消すとガイが愛剣のシグムントを持って壁から現れた。
どういう訳か私に敵意を向けている上に、目の焦点が合っていない。
どうやら正気を失っているようだ。
どうしてこうなったのかはわからないが、横目で見るとヨシュアがジェスチャーで『無理』と合図を送っている。
どうやら≪雑魚狩り≫としての能力で押さえつけるのは無理らしい。
仕方がないので、多少痛い目を見てもらうことにしよう。




