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私の最愛の推しは恨むべき加害者でした  作者: うさえり
第2章

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聖域の解体

両親の四十九日を待たずして、駿がこの家に来ることが決まった。

この家とは、両親と梨華が3人でずっと住んでいた家だ。


「……っ、間に合わない!」


梨華は、なりふり構わず、リビングの壁に手をかけた。


そこには、枝嶺駿が所属していたグループの最後となったドームツアーの巨大なポスターが貼られている。

スポットライトを浴びて不敵に微笑む駿。

その瞳は、葬儀の時に見た絶望の淵にあるものとは別人のように輝いていた。


「あ……」


粘着テープを剥がす指が震える。

力を込めすぎたせいで、ポスターの端がわずかに破れた。

いつもなら、発狂するほどショックを受けるはずの失態だ。

けれど、今の梨華にはその破れ目を惜しむ資格さえない。


(彼は加害者。私は被害者。……この人は、人殺しなんだから)


自分に言い聞かせるたび、心臓が泥を流し込まれたように重くなる。


梨華は、クローゼットの奥から【開かずの段ボール】をいくつも引っ張り出してきた。


「これも、これも、全部……」


限定盤のCD、コンサートで必死に掴んだ銀テープ、彼のメンバーカラーである青色のペンライト。

数日前まで、これらは梨華が生きていくための《聖域》だった。

仕事で理不尽に怒られても、この部屋に帰って彼を見つめれば、明日も頑張れると思えた。


その彼が、私の明日を、両親ごと奪い去った。


「うっ、……ふ、うぅ……」


気づけば、段ボールを抱きしめたまま床に蹲っていた。

涙が、ポスターの中の駿の顔にこぼれ落ちる。


愛している。大嫌いだ。

声を聴きたい。顔も見たくない。

死ぬまで離したくない。今すぐ消えてほしい。


ぐちゃぐちゃな感情を押し殺し、梨華はポスターを丸めて筒に入れた。

アクリルスタンドは緩衝材に包む余裕もなく、ガムテープで封をした箱の底へ。


彼がこの家で暮らし始めたら、クローゼットを開けられることもあるだろう。だから、この箱は一番奥の奥に隠さなければならない。


ふと、デスクの隅に置かれた一枚の写真が目に留まった。

両親と、満面の笑みを浮かべる自分。

その隣には、彼のアクリルスタンドがちゃっかりと並べて置かれていた。


「ごめんなさい……お父さん、お母さん……」


梨華は、親の遺影と、自分の【元・希望】をバラバラに引き離した。

愛用していた青いマグカップも、彼とのペアを夢見て買った予備のグラスも、すべて新聞紙で包んで見えないようにする。


部屋が、どんどん殺風景になっていく。

色を失い、温度を失い、ただの【四角い箱】に変わっていく。

それこそが、彼と共に生きる《地獄》の正しい姿なのだ。


インターホンが鳴ったのは、最後の段ボールの蓋を閉じた、その瞬間だった。


「……はい」


モニターを覗く必要なんてない。

そこにいるのは、私の人生を壊し、そして、私の人生のすべてだった男だ。


梨華は鏡を見て、自分の顔がひどく冷淡で、それでいてひどく醜く歪んでいることを確認した。


《ファン》としての花村梨華は、今、この手で殺した。

これからは、《被害者》としての顔だけで彼を迎え入れなければならない。


ドアを開けると、そこには、自分の背負う罪の重さに耐えかねたような顔をした、枝嶺駿が立っていた。

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