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禁死篇  作者: 丸亜沙子
16/22

016 アシモフ兄妹

「…船を造るのですか? しかも大型船を?」


 アルテミス商会は日々いろいろな注文を受けているが、海のないミニヨンで大型船の注文を受ける機会はそれほど多くない。


「あぁ、夏休みに親友たちとエッグハントに行こうと思ってね! 今からだと特別特急料金になるかもしれんが、先日フェンリルを三体狩ったばかりで軍資金には余裕がある」


 満面の笑みを浮かべるイサキオスを見ながら、オプスキュリテはいささか面食らっていた。アシモフ公爵家のイサキオスという人物には、物静かで気難しいイメージを持っている。


 商談で数回会ったきりだが、イサキオスは毎回無口で無関心な男だった。それが、今日は信じられないくらい饒舌で楽しげなのだ。


《このイサキオスの浮かれようは何だろう? まるで別人のようだが…》

 商談の席についたオプスキュリテとグレイスは顔を見合わせる。


 イサキオスは長身で細身、白い指はまるで女性のように美しく、それが一層彼を神経質そうに見せている。髪はプラチナブロンドというか、色の抜けた金髪という感じで目の色はグレーに近い青だ。


 今日のイサキオスは鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、隣に座っているソフィアもニコニコとご機嫌だ。


 リヒトはサイドテーブルで客用のコーヒーを淹れていたが、エッグハントという言葉にしっかり聞き耳を立てていた。


〈…ほぉ? この痩せっぽっちが卵泥棒に行くのか?〉


 リヒトはイサキオスの前にコーヒーのカップを置きながら、興味津々に訊く。

「素晴らしい冒険になりそうですが、イサキオス様たちは何の卵を狩りに行かれるのですか?」


「きみ、よくぞ聞いてくれたね。翼竜だよ、翼竜! 皆さんご存じのように、ミニヨンは交通網が発達しておりませんからな。翼竜がいたら、ずいぶん我が家の生活が便利になることでしょう」


 イサキオスは満足げに答える。さらに、聞かれてもいないのにおしゃべりを続ける。

「もちろん船は持っているんだが、せっかくドイル兄弟と出かけるのだから、この機会にぜひとも新しい船が欲しくなってね!」


(……ドイル兄弟?)

 おずおずとグレイスが訊く。

「イサキオス様、ドイル男爵家のオリバー様とサイラス様とお出かけになるのでしょうか?」 


「おぉ、グレイス嬢はふたりをご存じだったかな? オリバーが翼竜を欲しがっていてね! 何せ翼竜はお高いからね。卵を盗んで、自分たちで育てようという話になったのだよ」

「そ、それで船からお造りになるのですか?」


 大型船は決して安いものではない。アシモフ公爵家が発注するのならば、それなりの高級大型船になるだろう。


(特別特急料金で船を造るのならば、翼竜を購入するのと大差ないのではありませんか? いえ、むしろ船の方が高くなる可能性もございますよ。イサキオス様…)


 グレイスは喉元まで出かかった言葉をゴクリと飲み込む。冷静沈着で合理的なイサキオスが、それを知らないはずがない。わかっていて、その上での行動に違いない。


 リヒトはソフィア嬢の前にも、そっとコーヒーを置いた。ソフィアはリヒトに目礼してから話始める。

「グレイス。わたくしも夏休みに間に合うように、冒険用のお洋服が作りたいのです。もちろん、特別特急料金で構いません!」


 妹のソフィアまで目をキラキラさせている。ソフィアは普段、(身分に合わせた衣装を身につけなければならないので、仕方なくドレスを作っております)という雰囲気をそこはかとなく漂わせていて、お買い物好きな女性には見えないのだが…。


「ソフィアがどうしても同行したいというので、ドイル兄弟との冒険に連れて行ってやることにしたのですよ」

「おほほほ…。本当に、今回はお兄様に感謝しておりますわ! わたくし、ドイル兄弟がお気に入りですの」


(イサキオス兄様に感謝するなんて、わたくしが生きている間には、絶対にないことだと思っておりましたけれど…)


 アシモフ兄妹はドイル兄弟とひと夏を過ごすのを、それは心待ちにしている様子だ。ふたりとも、別人のように生き生きしている。


「ソフィアさまもエッグハントにご一緒されるのですか? 翼竜は見た目よりも気が荒い生き物ですよ。…危険ではございませんか?」

 オプスキュリテが心配そうに言う。


「君は翼竜の生態に詳しいのかね?」

「卵を狩ったことはありませんが、親の翼竜とは戦ったことがあります」

 オプスキュリテが事もなげに応える。


「ほぉぉ…?」

「まぁぁ…!」

 アシモフ兄妹が目を見開いて、感心したような声を上げる。オプスキュリテを見るふたりの目に、尊敬が加わったように思える。

 

〈おい! 翼竜ならば、私とて戦ったことがあるぞ⁉ 何故オプスキュリテばかりが感心されておるのだ!〉


 リヒトは心の中でふたりに文句を言ったが、アシモフ公爵家はオプスキュリテの担当なので、しゃしゃり出て行くのも(はばか)られる。


 ソフィアがいそいそとメモを用意しながら、オプスキュリテに質問する。

「オプスキュリテ、翼竜に効く毒草などご存じないかしら? 命まで取らずとも、一時的に動きを止められるような…」

「…ふむ。命まで取らなくて良いのでしたら、いくつかございます」

「無駄に命を奪う必要はないわ。卵を奪うだけで、翼竜には充分気の毒ですもの」


 ソフィアとオプスキュリテが薬草の話を始めたので、イサキオスはグレイスに船の設備の話を振った。

「船内で火気を使って、料理ができるようにしたいのだよ。今アシモフにある船は、船上で調理ができないので不便この上ないからな」


 グレイスは花祭りの折のことをチラッと思い出した。

(たしかに、船でお料理ができるのは便利だわ。やはり温かいお食事が欲しくなるもの…)


「花祭りの時期に船を貸し出せば、数年で元は取れるしな…。昨今は貸し船の値段も、どんどん高騰しているだろう?」

 イサキオスはにっこり微笑む。


(イサキオス様は抜け目のない方だわ)


「そういえば、アルテミスも花祭りで貸し船を利用しているようだね?」

 イサキオスが目をスッと細める。

「はい。……平民が持ち船をするなど、贅沢なことですので…」

「ふぅん…」


 イサキオスは綺麗な白い指を顎の下で組むと、グレイスにこう言った。

「どうだい、これからはアシモフの船を借りないか? 毎年、中型船の価格で大型船を貸してあげよう。船上で調理ができる船ならば便利だろう?」


 えっ? 中型船の価格で大型船を…ですって?

「あの、それは…。アシモフ公爵家に不利な契約ではございませんか?」


 アシモフ家が何故そんな契約をする必要があるのだろう? 先日もイサキオスはフェンリルから採取した素材を安価でアルテミスに卸してくれた。その代わりに、アルテミス側がフェンリルの解体をすることになったが、こちらとしては充分に引き合う取引だったと思う。


 イサキオスは軽く目を瞬いて、グレイスを見た。


「別に不利な契約とは思わんが。どうせ我が家は、花見船なんか仕立てやしないからな! 毎年、アルテミス商会の船で花見をさせてもらっているんだ。いっそアシモフの船を使って、手配から何までアルテミスにすべてやってもらえる方が助かるじゃないか! おまけに船の貸し代が貰える。…何も言うことはないよ。アシモフとアルテミス、お互いに利益があると思わないかい?」


(言われてみれば、その通りだけれど…。イサキオス様はどうして、こんなにアルテミスに有利な提案をしてくださるの?)


「貴族の目が怖いなら、アシモフから強引に大型船を貸す契約を受けたと言いふらしたらよかろう。大型船ならば、バカな貴族に船争いを仕掛けられることもなくなるだろうよ」


 イサキオスの淡々とした言葉に、グレイスはあんぐりした。

「船争いのこと、イサキオス様も御存じなのですね⁉」


 イサキオスは肩をすくめる。(何をいまさら)という雰囲気だ。

「…当然だ。今年もソフィアが世話になったろう? 毎年くだらんケンカをする者がいるから、私は花祭りが好きになれんのだ。本来、ミニヨンを代表する祭りだというのにな…」


「大型船相手に、わざわざ船をぶつけてくる愚か者もいないでしょう?」

 脇からソフィアが口を出してくる。

「不心得者を排除するには、最初から〈格の違い〉を見せつけてやるのが親切というものですよ。グレイス、アシモフの船をお使いなさいな」

 ソフィアがにんまりと笑う。


「万一おかしな船がぶつかってきても、アシモフの方から賠償請求してやるから、一切心配はいらんよ。金輪際、アルテミスの花見船にケンカを売りたくないという気持ちにさせてやろう」

「あら、イサキオス兄様ったら怖いわ! おほほほ…」


 アシモフ兄妹は愉快そうに笑っている。船争いの話ではなく、ガーデンパーティか何かの話でもしているような気楽さだ。


(こ、怖い…。さすが教科書に載るような偉人の家系だこと…。わたくしなんかでは、とても太刀打ちできないわ)


 グレイスは内心戦々恐々としながら、船の発注書を書き始める。

「イサキオス様、ずいぶんアルテミスにご配慮いただくようですので、船の特別特急料金は少しだけおまけさせていただきます」


 グレイスの言葉にイサキオスは眉を上げる。

「それで職人は大丈夫なのかい? 急がせるだけ急がせて、実入りが少ないと気の毒だからね」

「イサキオスは昆虫なんかのために、財産の三分の二を投げ出せる人間ですもの。グレイス、遠慮しなくていいのですよ。昆虫よりも人間の方が、よほど大切ですもの」


「昆虫よりも人間が大切というのは、どういう意味かね? ソフィア、お前は命の重さを何だと思っているのだ? 突きつめていけば、人間だって動物や昆虫となんら変わらんのだ! 自分たちだけが大切と思うのは傲慢だろう」


 ソフィアの言葉に、イサキオスがくどくど反論を始める。ソフィアも負けてはいない。


「そんなことを言いながら、夏には蚊帳を張って、ご自分は蚊に血を吸われないようにしていらっしゃるでしょう⁉ 昆虫の命がそれほどに重いのでしたら、イサキオス兄様は蚊に好きなだけ血を吸わせてあげたらどうなのですか⁉」

「か、(かゆ)いではないか⁉」

「それくらい、我慢なさいませ‼」


 アシモフ兄妹のケンカに、グレイスは素知らぬふりで発注書をカリカリ書き続けた。触らぬ神に祟りなし。


〈おい、オプスキュリテ。…今年はたしか、ご神木の枝打ちの年であったな?〉

 リヒトはイサキオスたちのケンカが特に気にならない様子で、オプスキュリテに【声】を掛ける。


《ああ、そうだな。ご神木の枝打ちは六十年に一度だから、今年の春にちょうど枝打ちを終えたばかりではないか?》

 リヒトの言葉に、オプスキュリテが【返事】を返す。


 ふむ。ご神木の枝があるならば、丁度よい。


〈イサキオスは、これから毎年アルテミスに船を貸してくれるのだろう? どうせアルテミスが使う船なのだから、この際ならご神木の枝を使わないか?〉


 ご神木はリヒトとオプスキュリテの故郷にある、太古の昔から存在している古木だ。樹齢が長いので、枝といってもかなりの太さだろう。


〈アルテミスの船を造るのならば、ぜひともご神木の枝を使いたいぞ!〉

《リヒト、素晴らしいアイディアだ。ご神木の枝ならば、アルテミスの船にふさわしかろう》

 リヒトの提案に、オプスキュリテも大いに乗り気だ。


 実際にはアルテミス所有の船ではなく、アシモフ公爵家所有の大型船だが、リヒトとオプスキュリテの中ではごく些細なことだ。


〈素晴らしい船を造ろう! 我がアルテミスの船を‼〉


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