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エピローグ 大罪人ミネルヴァ・マーズの手紙 全文


 ハンネス・ボル殿

 ライザ・ミール殿

 

前略

 未だ混沌の中にいるであろう其方の時間的猶予を鑑み、早速本題に入らせてもらう。 

 先日私――ミネルヴァ・マーズが起こした一連の虐殺事件は、我らが最愛の友であるアポロ・ウルカスの推理により、見事解決へと至った。

 彼の推理は理知的で矛盾なく、限られた時間における素晴らしい働きであったことは言うまでもない。

 

 しかし、彼の導き出した真相には誤りが存在する。

 本状を作成した理由は、事件を起こした張本人であるこの私がその誤りを自ら訂正する為であり、彼の真摯さに対する裏切りを懺悔する為でもあり、これから起こりうる未曾有の事態を警告する為でもある。

 

 読後、本状より知り得た内容の公表については、そちらに一任する。

 だが願わくば、土の下で眠るアポロの耳には届かないよう配慮をしてはくれないだろうか。

 それだけはどうか、宜しく頼む。

 

 以下、当該事件の真相を告白する。


 この私、ミネルヴァ・マーズは、魔王を討伐することが出来なかった。

 ゆえに、この世界に平和が訪れることは無い。

 僕達が抱き続けた夢は、決して叶わない。


 その事実を思い知ったのは、皆に置手紙を残して一人旅立ってから半年後のことだ。

 魔物の拠点をしらみつぶしに襲撃して回り、遂に魔王の根城と思しき洞穴を発見するに至った。


 洞穴はまさに深淵ともいうべき暗黒に包まれていた。

 一切の光源は内部を明るみにすることが出来ず、「情報を獲得する」固有魔法をもってのみ中へと足を進めることが出来た。

 夥しい数の魔物を討伐しながら先の見えない暗闇を進み続け、洞穴の最奥に辿り着く。

 そこで私を待ち受けていたものは、魔王という生物は存在しない、という真実だった。


 魔物を産み出し、使役する魔物の王が存在する――そのような虚構はいつ、誰が言い出したのか?

 分かるべくもないが、私は確かにこの目で見た。

 

 穴だった。

 洞穴の最奥にあったのは、ただ魔物が無際限に湧き出す次元の穴だったのだ。

 そして、次元の穴の傍の石碑にこう刻まれていた。


 『人類の行き止まり(ウォールヴルク)』と。


 私は勇者としての使命を果たすべく、次元の穴の封じ込めを試みた。

 破壊、封印、消滅、縮小、機能停止――僕が持ちうる全ての固有魔法を用い、有効な手段を模索。

 その結果、次元の穴は解析不能の未知なる力により守られており、いかなる手段を持ってしても封じ込めることが出来ないと判明した。


 私が一人で旅に出たのは、アポロの寿命が近いことを知ったからだった。

 彼が生きている間に、平和になった世界を見せてあげたかったから。

 少しでも早く、魔王を殺さなければならない。

 焦燥感に追い立てられるがままに、最短距離での目的達成を目指したのだ。

 

 現実はあまりにも非情だった。

 

 罪なき人々が魔物に蹂躙され続ける悲しき現状は、この世界に訪れた暗黒時代なのだと思い込んでいた。

 覆せるものだと信じて疑わなかった。

 だがそれはただの思い込みでしかなく、苦しみに満ちたこの現状こそが、この世界が到達できる平和の上限だったのだ。

 

 私達の夢見た明るい未来は存在しない。

 アポロの夢を叶えてあげられない。

 

 故に、私は此度の事件を計画した。

 

 私の一連の虐殺、及びアポロにその真相を推理させた真の目的は、早すぎる寿命を迎えることとなったアポロに「世界に平和が訪れる」と誤認させることだ。

 歪な出自を持ち、過酷な幼少期を過ごし、齢二十にしてこの世を去った彼は、誰よりも優しく、平和を願う人だった。

 アポロだけには夢を叶えて欲しかった。それが例え虚構であろうとも。


 私から世界が平和になることを説明されたとしても、考えることが好きなアポロが手放しで信用することは無いだろう。

 アポロが疑いようもないほどに世界平和を確信するには、彼自身が考え、無数の真実を紐解いた先に「世界平和」という結論を手にする必要があると考えた。

 

 そこで考えついたのが、「魔王の正体が人間」という嘘だ。


 アポロが王の血族――王の魔法の継承者であること。

 時限式蘇生魔法という王の魔法を掻い潜る手段が存在すること。

 私以外の誰も知り得ない、かつアポロ自身の中に手がかりがあるこの二つの真実を絡めることができる為、一定の説得力を持たせることが出来る。

 加えて、そもそも魔王という存在が虚構である為に嘘の題材として利用し易かった。

 

 嘘を思いついた後、私はひたすら思考実験を続けた。

 私が「魔王の正体が人間」であると知った時、どのような行動を取るのか?

 

 世界平和の為ならば、きっと王の魔法を解除しようとするだろう。

 王族を殺し、脳を摂食し、王の魔法を奪おうとするだろう。

 だがアポロが継承者であることを知っているから、彼が寿命を迎えるまでは実行に移すことは出来ないだろう。

 アポロに「君が死なないと世界が平和にならない」なんて口が裂けても言えなくて、悩んで、悩み抜いて、それでもアポロに平和になると知って欲しくて、彼自身に気付いてもらおうとするだろう。

 アポロが私を勇者だって信じてくれることを信じて、あえて悪者みたいに振る舞ってしまうだろう。


 そうやって思考し尽くして、私は魔王を討伐する為に王殺しを敢行する勇者ミネルヴァ・マーズを作り上げた。

 絶対にアポロとの夢を叶える。絶対に世界を平和にしてみせる。

 そう覚悟を決め、アポロが寿命を迎える二日前、計画を実行に移したのだ。


 事件の真相については以上だ。

 

 ここからは一方的にはなってしまうけれど、僕に残されたたった二人の家族である君達へ。

 砕けた文章になってしまうことを許してください。


 急に出て行ったきり、何の連絡もしなくてごめんなさい。

 本当は直接会って伝えたいのだけれど、アーくんが眠る地に赴く資格は僕には無くて、どうしても行くことが出来ませんでした。

 

 二人にはたくさん謝らないといけないことがあります。

 一つずつ、ここで謝らせてください。

 

 まず、僕は「魔王の正体が人間」という嘘に信憑性を持たせる為だけに「人が人を殺せない」魔法を解除しました。

 世界から魔物がいなくなることはなく、人同士で殺し合うことが出来るようになってしまいました。

 僕は勇者だから世界平和の為に努力をしなければいけないのに、皆で約束したのに、僕は世界をもっと残酷にしてしまいました。

 約束を破って、裏切って、ごめんなさい。


 王族や大臣のおばさんを蘇生しませんでした。

 アーくんが死んでしまった時点で王の魔法が消滅した為、彼らの蘇生魔法だけは解除しました。

 僕は、アーくんが嫌いだった彼らを生き返らせる必要があるとは思えませんでした。

 嘘をついてごめんなさい。


 逃げた二人の大臣を殺しました。

 アーくんに酷いことをしたのに協力しなかったから、絶対に許すことが出来ませんでした。

 罪を重ねてごめんなさい。


 僕は勇者を辞めました。

 僕が世界を平和にしたかったのは、正義感でも優しさでもありません。

 ただ、そうなればアポロが喜んでくれると思ったからです。


 本当は、結婚する二人が幸せになれるように少しでも魔物を減らさないといけません。

 世界中の人が助けを求めていて、勇者として尽力しないといけません。

 そうすればきっと、アーくんも喜んでくれると思います。

 

 でも、もうアーくんはいません。

 もう頑張ることが出来ません。

 

 アーくんは僕の全てでした。

 アーくんが隣にいてくれるなら、平和じゃなくてもよかった。

 アーくんが褒めてくれるなら、誰に何を言われても平気だった。

 アーくんが生きてさえいてくれるなら、僕はなんだって出来た。

 

 アーくんがいないなら、もう生きていたくありません。

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 

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