プロローグ;エピローグ;吸血鬼の眷属になった日
−−−
十二月下旬のある日、夜。
もうすぐ新年を迎えるというその時期、厳しい冬の寒さの影響か、肌寒い風が吹き抜けていった。
数字にして、摂氏二度。春の気配はまだまだ来ない。
そんな学校を−−−一人の少年が、歩いていた。
少年のその髪は−−−穢れもなく白く。
少年のその瞳は−−−淡い、朱い光を灯し。
少年のその体は−−−長身の割に肉付きが少なく。また、色白で。
少年のその拳は−−−透き通ったように傷は一つもなく。
−−−今にも消えてしまいそうな、そんな少年であった。
当然ながら、その少年は喧嘩になど強そうには到底見えず、実際に彼は殴り合いの喧嘩などしたこともないし、好んでいるわけでもない。
この世界−−−更にはこの場所が望むような能力を持ち合わせていないことも事実。
無魔術師の烙印を押された彼は、いわばカツアゲの格好の的であった。
かれこれ、約一年。彼はその弱さが災いし、学校内の不良たちから搾取を続けられていた。
少年が一人でいる、正にこのような時間帯を狙って−−−。
−−−
(...案の定。といえば案の定、か。)
帰路についていた少年の前に、数人の男が現れる。
いずれも、顔なじみばかり...九人か、と少年は緊張からかため息をこぼす。
いつもどおりの自分であれば、ここですぐ財布でもなんでも渡して切り抜けようとしただろうが、今回はそうはいかない。
(過去の未練を断ち切ってこい...か)
あの幼女とも何ともつかぬ生命体に促されるままここまで来たものの、正直言ってまだ怖い。
この場所から逃げることができれば、どんなに楽だろう−−−と。少年は今更ながらに後悔する。
「ちょっと...寄鳥クンよぉ〜話があるんだけどさ...」
顔なじみの一人、鼻ピアスの白スーツが話しかけてきた。
白スーツ男は、右腕を少年−−−改め、寄鳥 褥の肩へ回すと、もう片方の手の親指を立て、すぐそばの路地裏へと指を向けた。
「来いよ」というサインである。
「ちょっとこっちでさ、話、聞いてくんねえかな?」
ただカツアゲをされるのならともかく、今回は少しばかり話が違う。
寄鳥は、首を縦に振った。あくまで、怯えている演技をしながら。
「いやぁ〜、助かるよぉ、やっぱ持つべきは友達だよねぇ〜」
わざとらしい台詞を並べながら、寄鳥を路地裏へと誘う白スーツ。
周囲の男たちも、爆笑しながら後をついてくる。
哀れな一匹の鼠は、九匹の猫の狩場へと連れて行かれたのである。
「いや〜寄鳥クン、イメージ変わったねぇ〜、なにそれ、脱色?目は?カラコン?」
薄暗い、路地裏の一角。そこで寄鳥は白スーツから質問を受けていた。
恐らく、自分の頭髪と瞳のことを言っているのだろう、と寄鳥は予想する。
残念ながら、これはそのどちらでもないよ...と教えてあげる事もできなくはないが、今相手が求めるのはそんなくだらない返答などではないことはわかっている。
「それ、高かったっしょ?何千円?何万円?まぁ、寄鳥クンはお金持ちだから、そういうのも気にしないんだろうねぇ〜、...いや、わかるよわかるよ」
「それで、だよ」
白スーツの目つきと...周囲に纏う雰囲気が変わった。
狩る側−−−搾取する側の人間特有のそれである。
ハイエナのような目をした白スーツは、薄く笑いながら口を開いた。
「ちょっと俺たちさぁ〜、最近、金欠なんだよね〜...遊びすぎちゃってさぁ〜」
「俺たちにちょっと、お金、貸してくれないかなぁ〜?」
これだ。
この学校にきてからというもの、半年間受け続けてきたこの視線。感触。
見れば、路地から通りへ抜ける道は全て塞がれている。
八方塞がり。
逃げる道はただ一つ、相手の要求に従うこと。
相手もそう思っているのだろう、目から伝わってくる。早く金をだせ、と。
でも−−−今日の少年、寄鳥褥は。
叛逆するのであった。
「嫌だね」
白スーツたちと、そして過去の自分に。
「第一、なんで俺があんた達にお金を貸さなくちゃいけないんだ?いや、訂正。あげなくちゃいけないんだ?俺はもう、恐喝なんかには屈しない。屈したりしたくない」
「そうだな、本当にお金がほしいのなら−−−」
ここで、幼女モドキから言え、といわれた台詞を言ってみる。
「力ずくで、奪ってみろよ!!」
白スーツと男たちは、搾取対象の豹変ぶりに唖然としていたが、宣戦布告をされたとみるや、臨戦形態をとった。彼らにとって少年は、反抗しようがしまいが、制圧可能な対象であったのだから、直接やりあったほうが手っ取り早くもあるのだ。
「寄鳥くぅ〜ん、忘れちゃったのかなぁ〜?」
「キミは無魔術師だけど−−−」
「お兄さんたちは、れっきとした魔術師なんだぜぇ〜?」
−−−そう。
魔術が人の手によって、使役可能とされた現在、この世界、この場所において白スーツらは。
教育を施され、使役を自由自在とさせた、いわば、そう。
優等生なのである。
白スーツの右手が、淡く、紅く、光る。
そして出現したのは、バスケットボール大の光球。すなわち、爆炎系の魔法による小型の火球である。
白スーツは、右手を大きく振りかぶると、最終通告の如く、少年に言葉を続けた。
「寄鳥くぅ〜ん、これがラストチャンスだぜぇ〜?金を出せば見逃してやるよ。劣等生のお前が、優等生の俺たちと殺りあったらどうなるか...そんじょそこらのガキでもわかる質問だぜぇ〜?」
しかし、寄鳥は首を横に振った。否定の意。戦意の残留を示す−−−。
「仕方ねぇ」
今日の獲物はテコでも動かないのだと、ハイエナらは知ると、容赦をなくした。
光球の輝き、熱量はより一層大きくなって−−−。
「−−−死ね」
白スーツの男は、目前の少年へと向かって光球を投げつけた。
男の右手から放たれた光球は、まっすぐに少年の頭へと向かい−−−。
誰もが直撃する、と思った正にその時。
「ぐぼぁぁぁっ...ぅぐっ...」
白スーツの右手から放たれた光球は、白スーツの顔面へと着弾した。
光球は、確かに寄鳥へと着弾する軌道を描いていた。
すなわち、その後、着弾する瞬間に。
光球はまっすぐ、もと来た道を逆流したのである。
地に屈し、気の遠くなった白スーツと、その周囲で驚愕している男たちに、寄鳥褥は−−−。
劣等生はこう告げた。
「これで−−−解ったか...?」
「−−−優等生さん」
−−−
「これはまた派手にやったのう−−−小僧」
ふと振り向くと、そこには白髪の幼女が佇んでいた。
漆黒のワンピースに身を包んだその幼女は、どこか老獪な雰囲気を漂わせている。
声をかけられた主、寄鳥褥は足元へと視線を向けた。
そこには−−−、つい先程まで己を恐喝していた九人の男たちが、地に倒れ気絶していた。
「迎撃術式か....このチンピラどもが相手ならまぁ有効じゃろうな」
迎撃術式−−−魔術を扱えない少年が手にした、とある技術の一つ。
目前の幼女−−−もとい、吸血鬼から授かった力の一角。
「これで小僧、主は未練がきれいさっぱり無くなった、と考えられるのじゃが、どうだ?」
「我を受け入れてはくれないか?」
白髪の幼女は、少年に手を差し出す。
この手をとれば少年は人ならざるものことを受け入れる事となる。
「....」
少年は、しばし逡巡した後、幼女の差し出す手を取った。
「ああ、頼む。この街の−−−悪魔どもを殺すために−−−」
「力を....貸してくれ」
−−−劣等生たる少年が、圧倒的なる力を受け入れたその時は−−−。
世にいう「吸血鬼」が暗躍する−−−。
明るい、大きな満月の夜だった。