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第7話 昼下がりの少女たち 4

「アンよ。エーエヌエヌ、と、アルファベット表記ね。勿論、仕事上の名前だけれども、よろしくね」


 と、言った、占い師は、名刺を、綺亜に、渡した。


 綺亜は、改めて、姿勢を正して、


「アン先生。よろしくお願いします」


 と、言った。


「今日、貴女が、来た理由を、聞かせてくれる?」


 綺亜は、何を、何から、話して良いのかわからずに、黙った。


 綺亜が、迷っている間、占い師は、微笑んだままで、しばらく経ってから、


「恋愛運かしら?」


「えっ」


 と、綺亜が、驚いたように、顔を上げた。


「何でわかるのかという顔をしているわね。けれども、私には、わかるのよ。何といっても、占い師だから。何を占ってもらいたいのかは、その人の声を聞けば、大体わかるの」


「……」


「冗談よ」


 と、占い師が、言った。


「種明かしをすると、当てずっぽうよ。貴女ぐらいの年頃の女の子の悩みといったら、恋愛が、ランキング一位だもの」


「……とりあえず、言ってみた的な?」


「そうとも言うわね」


 綺亜の拍子抜けした顔を見て、占い師は、


「がっかりした?」


「いえ」


 と、綺亜が、笑った。


 素直な占い師の言動を、綺亜は、気に入ったのである。


(少し、話をしてみようかな)


 と、綺亜は、思って、


「あの……アン先生が言う通り、恋愛運を、占ってほしいんです」


 と、言った。


「私、好きな人が、いるんです……」


 綺亜は、思い切って、言ってみた。


 自身の言葉に、綺亜は、耳まで、真っ赤になっていた。


「良いわよ。その男の子と知り合って、どのくらい?」


「そんなに、経ってはいないです。でも、昔に……いえ、何でもないです」


「オーケー。男の子は、彼女持ちではない?」


「……と思います」


 占い師は、頷いて、


「もしかすると、恋のライバルになりそうな女の子は、いるみたいね?」


「……そう……だと思います」


 綺亜は、言いながら、七色の顔を、思い出していた。


 わかったわ、と、占い師が、言った。


「手を見せて」


 と、占い師に、言われて、綺亜は、両手を、出した。


「利き手でないほうの手は、その人が、本来、生まれながらにして、持っている運勢。利き手は、その人が、生きていく過程で、築いていく、現在進行形の運勢よ」


 綺亜は、占い師に、


「その人のことが、好きだって、気持ちに気付いて、ライバルの子に、宣言したんです。そうしたら、その男の子と会話するのも、すごく緊張するようになっちゃって……」


 と、言った。


 占い師は、綺麗の手の平を、ゆっくりと眺めた後、


「結論から、先に、言うわね。今の状態は、あまり良くはなく、でも悪いとも言えない、というところね」


 と、言った。


「……それって、どういう……」


「ライバルになりそうな女の子と、一気に、差が付く、未来が、視えるの。でも、その差というのが、貴女がライバルの子よりも彼に近付けるようになるのか、より離れてしまうのか、どちらなのか、わかないの」


 と、占い師は、言った。


「つまり、貴女の頑張り次第ね」


 綺亜は、小さく、頷いた。


 占い師は、肩をすくめて、


「そんなどっちつかずのことを言われても困る、という顔ね。良いわ、ここらは、本気を、出すわ」


 占い師の声のトーンが、下がった。


「意中の人の容姿は……そうね、髪は、少し長めかしら。もしかして、眼鏡、かけている?」


「は、はい」


「イニシャルは、K・A、かしら?」


 と、占い師が、言った。


(彼方・朝川……嘘……でしょ)


 背中から、そっと氷の柱を差し込まれたような、不愉快な緊張が、じんわりと、綺亜の身体を、覆っていっていた。


「当たっているかしら?」


 相手を試すような、悪戯の色に仄かに染まった、声色だった。


「ライバルの子のイニシャルは、N・M、かしら?」


 と、占い師が、言った。


(七色・御月……また、当たってる……)


 と、綺亜は、思って、顔が、青ざめていったが、


(何か、変だ)


 と、思い留まった。


(いくら何でも、正確に、当てすぎよ)


 綺亜は、そう思って、冷静な思考を張り巡らすと、不意に、ある予測に、行き着いた。


 綺亜に、心地よい風の中の青葉を思わせる、占い師の髪の匂いが、届いた。


(この人の、綺麗な黒髪……よくよく見れば、見覚えが、ある。偶然も偶然だけど、もしかして……)


 綺亜は、占い師に向かって、 


「あ、あの。先生って、もしかして……」


「ふふ。貴女の予想は、多分、当たっているわ」


 と、微笑んだ、占い師は、自身の帽子を、少し上に、上げた。


 占い師は、綺亜と同じ葉坂学園に通う、腰までかかる長い艶やかな黒髪と聡明さを物語る切れ長の黒い瞳が印象深い少女、好峰杏朱(このみねあんしゅ)だった。


 綺亜は、顔を紅潮させたまま、押し黙ってしまった。


「恥ずかしがることないでしょう?貴女の、A君への好意は、もともと、知っていたことだし。嬉しいわ。貴女を、からかう要素が、増えて」


 と、杏朱が、言った。


「……『あの、私、好きな人が、いるんです……』……可愛らしいじゃない」


 綺亜の肩が、ぷるぷると、震えた。


「安心して?守秘義務は、順守するわ。私も、プロの端くれよ。口止め料は、チョコレートパフェで、良いわ」


 と、杏朱は、笑って、


「倉嶋さん。この後、時間ある?もう少しで、占いのバイトも、あがりの時間なの」


 と、聞いた。


 綺亜は、不承不承で、頷くと、杏朱は、


「じゃあ、三十分後に、ファミレスのDで、落ち合いましょう」


 と、言った。

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