表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/109

第4話 巡り合いの交錯 10

 北条製薬の桶野川研究所の落成式の事件の翌日になった。


 社長である北条は、社長室で、煙草を吸っていた。


 机には、新聞が、広がっていた。


 北条が見ていた記事は、昨日の落成式での火災に関するものだった。


 北条は、


(大々的に、書きたててくれるものだな)


 と、思った。


 出席者に怪我人が出なかったことは、不幸中の幸いだった。


 だが、火災の件での悪印象は、しばらくの間、拭えそうになかった。


 形式的には、火災を起こした犯人は、北条製薬の元社員である春野だったわけである。


 公式発表的には、それが事実となっている。


 マスコミ各社にも、そうアナウンスしている。


 だから、マスコミ各社は、あることないことを含めて、好き放題に、記事を書いていた。


 元社員が、自身の勤め先の会社に、火をつけたわけである。


 社員の会社への恨みであるとか、社内の派閥争いが遠因であるとか、パーティー出席者の事情からの憶測など、ゴシップなネタまで、書かれる始末だった。


 企業のブランドについたマイナスイメージは、当分の間、払拭できそうになかった。


 情報社会の現代では、ブランドイメージが、重要である。


 北条製薬の桶野川研究所の落成式でさらなるイメージの向上を狙っていた。


 それが、イメージ戦略という点で言えば、裏目どころか、真逆の効果を生み出してしまった形である。


臥薪嘗胆(がしんしょうたん)。)


 と、北条は、苦々しく、思った。


(我慢の時、か)


 現代は、情報社会だ。


 情報が豊かだとも言えるし、情報が溢れているとも言える。


 次から次に、新しいニュースが出てくる。

 

 だから、今回の火災の一件も、今でこそ大いに話題になっているが、そのうちに、世の中の関心は次のニュースに移っていくだろう。


 それを、待つしかない。


 瀟洒(しょうしゃ)なガラス製の灰皿には、二十本近くの吸い殻が、積もっていた。


「丹野のやつめ」


 と、北条は、いまいましそうに言った。


「あれだけ、目をかけてやったのに。いざという時に頼りにならない男は、信用できんな」


 丹野に一任していた、人工の"爛"の精製の資料は、今回の火災で、大部分が逸失した。


 当の丹野も、死んでしまっている。


 しかし、死因は、焼死ではない。


 何者かに背後から鋭利な槍のようなもので貫かれた形跡があった。


 しかも、その詳細がよくわからない。


 ただ事ではない。


 原因の把握や究明、今後の次善策、そういったものの目途がまったくたっていない。


 北条は、


(態勢の立て直しには、相当期間を見込んだほうが、よさそうだ)


 と、思った。


 北条は、新たな煙草に、火を付けた。 


 考え事があると喫煙量が増えるのは、北条の昔からの癖だった。


 女性秘書が、内線で、来客を告げた。


「今日は、誰も通すなと言っただろう」


 と、北条は、苛立ちながら、言った。


「申し訳ありません」


 と、そう言った秘書だったが、


「……松木リベラルの松木会長ですが、よろしいのですか?」


 秘書の遠慮がちな確認に、


「……松木会長……だと?」


 と、北条は、上擦(うわず)った声を上げた。


 北条製薬は、総合商社である松木リベラルの傘下に、おさまっている。


 北条は、松木リベラルのトップである松木を、招かないわけには、いかなかった。







「お呼び立ていただければ、私が、参りましたのに。わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」


 と、北条は、言った。


 松木は、落ち着いた声で、


「いや。そんなに、かしこまらないでくれ」


 と、言った。


「お互い、多忙の身だからね。用件は、すぐ終わる」


「恐れ入ります」


「昨日は、大変だったね」


「いえ。松木会長にも、多大なご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ございませんでした」


「煙草の匂いが、残っているな。まだ、やめられないのかね?」


 と、松木が、聞いた。


「努力いたします」


 黒革のソファーに、ゆっくりと腰をおろした松木は、


「単刀直入に、聞こう」


 と、言った。


「"爛"の力に、手を出したかね?」


 北条は、内心の動揺を殺しながら、松木を見た。


「……申し訳ありません。おっしゃられる意味が、わかりません」


 と、北条は、堅い表情で、答えた。


「君は、優秀な人間だ」


 と、松木は、笑った。


「私が言っている意味が、君なら、わかるはずだ」


「……」


 北条は、押し黙った。


「だから、こうして、チャンスを、最後に一度だけ与えている。良く考えて、返答したまえ」


 北条は、無言だった。


「君がいなくなると、それなりに、政財界に影響が、出る。なるべく、余計な波風は、立てたくないのだよ」


 と、松木は、言った。







 翌日の新聞に、北条製薬のことが、載っていた。


 桶野川市の研究所の落成式での火災事件の続報と、北条社長の引責辞任の発表である。


 北条社長は、退任後は、一切の職に就かず、引退すると表明した。


 まだ五十二歳ということで、早い引退劇に、各界から、驚きの声があがった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ