第11話 一振りの一言 3
「お前は、鹿倉にならなくていい」
あの日の言葉。
それが、今も、耳の奥に残っている。
忘れようとしたわけじゃない。
時間が経てば、薄れると思っていた。
でも、違った。
静かな夜。
何気ない授業中。
ふとした沈黙の隙間。
そのたびに、あの声が、同じ調子で蘇る。
優しかった声。
低く、静かで、否定しない声音。
突き放すようでいて、本当は、守るためだったって、頭ではわかっている。
でも。
私は、あのとき、こう聞いた。
「お前は、鹿倉にはなれない」
「お前には、背負う資格がない」
「私のやり方は、ここで終わりだ」
そう、言われたんだと。
言葉そのものじゃない。
でも、意味は、確かに、そうだった。
おじいちゃんは、私を見ていた。
表面じゃなくて、奥まで。
聞こえるものも、触れてしまうものも、全部含めて。
ちゃんと、見ていた。
だからこそ、怖くなったんだ。
できてしまう私が。
聞こえてしまう私が。
呪いに、手を伸ばしてしまう私が。
選びたいと思う前に、選んでしまう私が。
だから、蔵から遠ざけた。
言葉で切り離し、封で距離を作った。
「普通に生きろ」
なんて、残酷な言葉を置いて。
普通って、なんだろう。
聞こえないふりをして。
見えないふりをして。
触れなかったことにして。
それって、生きてるって言えるの?
でもね。
それって、逃げろってことじゃない?
鹿倉のやり方が、正しかったかは、わからない。
間違っていたかもしれない。
家をすり減らし、
人を遠ざけ、何も残らなかったかもしれない。
それでも、おじいちゃんは、最後まで蔵を守った。
誰にも評価されなくても。
誰にも理解されなくても。
蔵が残らなくても、
呪いが消えなくても。
だったら。
どうして、私だけ、
その場所に、立っちゃいけなかったの?
「鹿倉は、お前を喰う」
そうだよ。
喰われるよ。
でも、喰われる覚悟がある者だけが、
守れるものがあるって。
それは、おじいちゃん自身が、何度も、何度も、背中で教えてくれたことじゃない。
私は、選ばれなかったんじゃない。
逃がされた。
それが、いちばん、許せなかった。
だって、それは、私の意志を、最初から、奪われたってことだから。
だから私は、証明する。
鹿倉のやり方は、全部が間違いじゃなかったって。
呪いは、斬るだけのものじゃないって。
理解すれば、対話すれば、力になるって。
呪いは、私に応えた。
怖がらずに、話を聞いたから。
逃げずに、目を逸らさなかったから。
それは、優しさにつけ込まれただけ?
それとも、才能?
どっちでもいい。
だって、おじいちゃんは言った。
「正しいことと、間違わないことは、違う」
って。
私は、正しくありたい。
誰にも、笑われない形で。
自分に、嘘をつかない形で。
「それは違う」
と、胸を張って言える形で。
だから、私は、使う。
封じるだけじゃ、終わらせない。
斬るだけじゃ、理解しない。
呪いを、動かす。
それが、おじいちゃんが、怖れて、できなかったことなら。
それが、私にしか、できないことなら。
私は、それを、
「おじいちゃんの言葉を、守っている」
って、信じたい。
たとえ、その信じ方が、星の願いに、歪められていたとしても。
たとえ、この道の先に、戻れない場所が待っていたとしても。
だって、私は。
鹿倉にならなくていい、なんて言葉を、どうしても、受け入れられなかったから。
鹿倉であることを、ここで、終わらせたくなかったから。
それだけなんだ。





