表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

ナンパとキスと大人の事情。

 どうしてこの子だったのかと聞かれると

「なんとなく」

 としか答えようがない。

 別に、あの場にいた女の子なら誰でもよかった。別に女の子である必要もないし、極論を言えば……と言うより、よくよく考えるとそもそも誰かに声をかける必要もなかった。

 ただ、あの子を見た瞬間、何となくあのときの状況に巻き込みたくなった。あの子を見た瞬間、こうするのが一番良いとしか思えなかったのだ。

 きっと、ただ、この子に声をかけたかっただけなんだろうと、後になって気付いた。

 格別かわいいと思ったわけでもないし、好みだったわけでもない。

 いや、好みは好みだった。一目見て可愛いと思う程度には。普段の趣味とはいろいろ違うだけで。ただ、一般的には、ちょっとかわいめだけど普通の範囲だろう。だから格別目を惹くルックスではないのだが、どうしてもあの子に目が行ってしまう。けれどどこが良いのかと言われるとものすごく困る。何となく、この子がよかったのだから。他の誰でもない、この子がよかった。

 きっと「合う」と感じた。この子の持つ雰囲気が、好みだったのだ。

 でも、状況も状況だったし、ちょっとからかって楽しむぐらいの軽い気持ちだったのも本当。きっと、声かけて巻き込んだら、びっくりして逃げていきそうだなぁ、と。それを想像して、ちょっとかわいいだろうな、見てみたいな、と思っただけだった。

 ああ、そうだ、偶然出会ったかわいい子犬とじゃれるような。楽しんで、逃げていったら笑いながらばいばいと見送る、そんな楽しみ。

 なのに、あの子は子犬じゃなかったから、あっさりと捕まったのは、自分の方だった。

 軽い気持ちで連れ回したのは、最初の方だけだった。気がつけばバカみたいに本気になって口説いていた。

 容姿で言うと、中の上、といったところか。平凡だけれど、よく見るとそれなりに整った顔立ち。

 なのに、気がつけば世界で一番かわいいとか思っている自分がいる。この世の中に、これよりかわいい物は存在しないと思うほどに。

 それなのに、無自覚に、そのかわいらしい顔で、かわいらしい表情でこの上なく誘って置いて、強烈に牽制される。

 何、この放置プレイ。これは我慢大会か。むしろ、これはプレイか。ずいぶんマニアックな趣味だな、おい。


「これだけお預け食らって我慢したんだから、もちろんご褒美もあるよな?」

 耳元で囁くと、がちっとその体が固まった。

 男慣れしてなくて、この程度で緊張するところもかわいいが、何よりおもしろいのが、この後だった。

「もちろんって何ですか。お預けなんてしてないですし。ご褒美とか意味分かりません。欲しい物があるのなら、はっきり言うのが筋だと思います。私はそこまで先が読めるほど社会経験積んでないですし、男性経験のない十代の小娘にそれを求めるのが間違っていると思います」

 真剣な顔をして諭された。

 おもしろいぐらいに、言いたいことはきちっと意思表示する。緊張するくせに、ツッコミは完璧だ。そのくせして、意外とこれでパニックになっているらしいところが更にツボだ。

 真剣に諭してくる姿を見て、しみじみと、かわいいなぁ……と、思う。あまりにもかわいいので、つい、叱られている最中にキスをしたくなったのでしてみた。

 そしたら、更に叱られた。

 かわいいから仕方がないと思うのだけれど、そんなのは言い訳にもならないそうで、日本人たる物、そうそうキスなんかしていたらいけないらしい。

「俺の辞書にはない」

 と、言ってみたら

「私の辞書では太文字で一ページとって書いてあります」

 と、返された。キス一つでずいぶんページを取ったな。

 その先はどうなるんだろうと思ったが、そこは聞かないでおいた。

 次のお楽しみだ。


 この子が、ずっと一緒にいたら、楽しいだろうなぁ、と、最近では本気で考えるようになっている。

 大学に近いこともあり、空いた時間にも、ちょくちょく顔を出し、いろいろと雑用を手伝って行く。

 最初は軽い気持ちで雇ったこともあり、いつでも解雇できるよう俺だけの雑用のつもりだったのに、予想外に使える人材で、あっという間に、スタッフの一員状態になっている。

 俺が深月に本気でちょっかいを出しているのを会社の奴らは全員分かっているが、そういう微妙な立場にもかかわらず(本人は無自覚だが)、深月は緩そうに見えて、きっちりと仕事とは分けて、やることをやっているから奴らの評価も良い。

 中には、本気で仕事を少しずつ教えて、将来引っ張り込むつもりでいるヤツもいる。

 身内が、しかも惚れ抜いている子が同じ職場で働くとなるとやりづらいと思う気持ちもある。けれど緩くなぁなぁにやってるように見せかけて、公私はかなりきっちり分けている子だから、それでも良いなと、思わないでもない。

 いろいろと面倒もあるだろうが、悪くない。もっとも、この子次第だけれど。

「大河くん、ちゃんと聞いてますか?」

 お説教を右から左に受け流していると、また叱られた。

 これから先も、ずっとこの子は、俺の隣(ここ)にいてくれるだろうか。

 何でもない会話をしながら、俺は笑う。怒っていた彼女の顔も、俺につられるように笑う。

 うん、悪くない。

 この先あるかもしれない未来を思って、俺は、彼女の頭を撫でた。(もちろん、たたき落とされたけど)





おしまい。

最後まで、お付き合い、ありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ