4.エリナの取った選択2
各街に点在する冒険者の支部施設には、請け負った仕事が掲示板に張り出されている。
冒険者は、その掲示板から自分に実力に見合った仕事を選ぶ仕組みとなっている。
掲示板の前には、常時、仕事を探している冒険者が数人見られたが、今は大きな人だかりができていて、話し声が飛び交っていた。
ある一つの依頼が、冒険者たちの注目を集めている。
それは、災厄の魔女・アフロディーテを討伐するための支援要請。
冒険者たちが騒めくには十分な内容だ。
彼らは蘇った伝説の存在に対して驚きの表情を見せていたが、それよりも一国が危機的状況であることを知らせ、他国の冒険者にまで支援を求めていることに驚いていた。
国力が弱まれば外交に不利を及ぼす。
限りなく低いとはいえ、侵略される可能性だってある。
それでも支援を要請したということは、セレナ王国が災厄の魔女によって壊滅を想像させるほど追い詰められているということだ。
今のセレナ王国には、災厄の魔女・アフロディーテの器になるはずだったエリナはいない。
エリナ以外の人間が器になったということだ。
そして——エリナが器になった時以上に状況が悪くなっている。
前世でエリナは自我を完全には失わなかった。
そのおかげでアフロディーテは本来の力を出せなかった。
しかし、今世は違う。
前世では現れなかった配下の魔物たちと、迷宮と呼ばれる古代遺跡の主である守護者を従え、セレナ王国に牙を向いた。
事態は大きく変わっていた。
災厄の魔女だけを相手にすればいい話ではなくなっていた。
セレナ王国では、内戦となるほどの戦いが起きている。
だが………関係ない。
俺たちには関係のないことだ。
エリナ以外の人間が器になる事は予想できた。
アフロディーテが蘇ることも想定内だった。
それでも俺はセレナ王国を出た。
他の何かを犠牲にしてでも、エリナを守りたかったから。
俺はエリナの手を取り、
「行こう」
冒険者支部を後にした。
†
俺に手を引かれたエリナは、何も言わずに黙って付いてきてくれた。
俺の意図をわかってくれたようだ。
もう、自分たちには関係のない過去の事だと。
家に着いてからも、互いにセレナ王国や災厄の魔女について話すことはなかった。
そう……これでいい。
これでいいんだ。
俺はもう、エリナを失いたくない。
†
冒険者支部でセレナ王国の状況を知ってから十日後のことだった。
鳥の鳴き声で目を覚ますはずの朝に、俺はいつものように起きることができなかった。
毎朝、日が昇り始めた頃に見れるはずだったエリナの横顔を見ることができなかった。
俺が目を覚ましたのは、夜へと変わる、日が沈み切る前。
なぜこんな時間に——
「まさか……」
俺はベッドから起き上がると、直ぐにエリナを探した。
エリナはいつも同じベットで俺の横にいてくれた。
俺の目覚めが悪ければ、笑顔で起こしてくれた。
なのに、二人が一緒に暮らすこの家に、エリナの姿はどこにもなかった。
代わりに残されたのは、一通の手紙。
慌てて目を通し、俺は愕然とする。
エリナは一人、セレナ王国へと向かったのだ。
どうしてという想いと、相反する肯定的な考えが頭の中を巡る。
心当たりが無いわけじゃない。
むしろ、エリナだからこその行動だったのかもしれない。
エリナは俺と同じように、他の何よりも自分たちの幸せを考えていると思い込んでいた。
いや……違う。
そうだと、自分に言い聞かせていたんだ。
親友の為に自分を犠牲にして、災厄の魔女・アフロディーテになることを選ぶエリナが、母国を見捨てることなど出来るわけがない。
貴族であり、領地を持つ立場も関係しているだろう。
十五年間、エリナも俺も多くの人間と関わり、親しくしてきた。
エリナの取った行動は、彼女の取るべき自然な行動だったのだ。
俺は机の上に残されたエリナの手紙を握りしめ、彼女を追った。




