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悲報 リストラされて無敵な無職のおじさん 死ぬ前に英雄になろうとしてわからせられてしまう 3

「え、落ちた?」


安岡はファミリーレストラン店内から視野の開けた窓を通して外を見る。会計を済ませようとレジカウンターの上にある端末の画面表示を見ていた時だ。


轟音が轟く。連なり重なり繰り返されそのうねりは店内の空気を震わせている。聞きなれない騒音に安岡の脳裏に青白い稲光が高層ビル群にめがけて天から闇を切り裂く映像が頭に浮かんでいた。


レジカウンター奥の扉から従業員が飛び出してくる。漂う生活の疲れに蓋をするかのようにこめかみあたりから垂れる髪の束を繰り返し耳にかけている。中年のやせた女だった。


女は安岡に言う。

「申し訳ございません。お急ぎいただいてもよろしいです?」

早口で圧があった。だがその瞳には不安が滲んでいる。轟音の中、努めて冷静さを維持しているように見えた。


「あ、すいません。お先にどうぞ」


振り向けば会計を済ませるための列が安岡の後ろにできていた。白髪の老人に場所を譲り最後尾に並びなおした。


安岡の前に並んでいた白髪を無造作に伸ばした太い黒縁メガネのやせぎすの男が振り返り言う。


「あんた、この辺初めて?」


「え? ええ、まあ」


「さっきの女の子は」


「え? 女の子…… ですか?」


男は怪訝な顔をした。


「あれ? さっききれいな女性と話してただろ? マチアプ? マルチ?」


安岡は苦笑を浮かべると言った。


「振られちゃいました」


面倒くさかった。そして男が振り返ると同時に漂い始めた皮脂の臭いにも辟易していた。


「そ。まあ、いいけどさ。こんな時間に女一人帰しちゃって大丈夫かねぇ?」


「ああ、なにか聞きましたね。外人のナンパがしつこいとか。でも大人だし、車だし」


男は首を振り言った。

「ナンパじゃないよ。レイプだよ。強姦に輪姦。車に乗ってたって家まで尾いていくからね。狙われたら大変だよ。縄張りに連れ込まれて好き放題ひどいもんだよ」


「うわぁ…… それはつらいですね。私もさっき警察に連絡したけど話になりませんでしたよ」


「まあ、彼らも自分や家族守んないとね。あんたも気持ちわかるだろ? なんせ知事の家族の会社で補助金目当てに外人大量に雇ってるからさ。彼らに何かあると知事から目を付けられちゃうんだろうね」


「ええ……」


老人の顔には発する言葉の意味するところと違って喜びを抑えきれない、愉悦ともいえる笑顔が表れていた。


「ま、官憲なんてそんなもんだよ」


男は会計を済ませるとすれ違いさまに安岡の二の腕を軽く叩き一言告げた。


「川口の夜は長いよ。楽しみたまえ。安岡君」


「え?」

「すいません」


振り返ってみると先ほどの女性スタッフだった。


勢いが削がれた。だが今まで身についた常識が顔を出す。


安岡は尻ポケットから財布を抜いた。財布ごと女性スタッフに差し出した。


「すいません。すぐ出ていくので。迷惑代です。釣りは好きにしてください」


紙幣を受け取った女性スタッフの不安げな顔に見送られながら暴徒たちに向かって颯爽と歩み始める、つもりでいた。


「できません。お釣りを受け取っていただくかご自分で電子決済お願いできますか。スイカでもクレカでもできますし」


「いや、いいですよ。迷惑代のつもりもありますし、早くいかないと……」


財布の中には銀行を解約した際に渡された現金が詰まっていた。約30年、安岡が会社と社会、そして家族と信じたものに尽くし、清算後に残ったものすべて。


「大丈夫です。彼らもこの中では暴れませんから。防犯カメラもあるし」


振り返ると若者たちは静かにやりとりを見守っていた。手に手に武器や先ほどの威勢は


「え? あ、いや、そうなんですか? でもまたどうして」


「ええ。まあ蛇の道は蛇ということで」


軽く目を開いた安岡に女は言った。


「ウェイトレスが言うのは変ですか?」


図星だった。安岡は趣味で書いた小説をインターネットで公開するほどには言葉に慣れ親しんでいた。ウェイトレスは懸命に笑顔を作ってハキハキと決まったことを喋るか安岡をおじさんの一種として扱うかだけかと思っていた。


「あ、いえ、そのことわざは知ってたましたけど実際に使う人を初めて見たなって」


嘘だった。

『店員にも丁寧に接することを心がけてたくせしてウェイトレスと教養が結びついてなかったんだな。俺。偏見。いや、毎回毎回、その時、その場面にその相手に真剣に向き合うよりは勝手にキャラを決めつけたほうが楽だし。ま、世の中ロールプレイングゲームみたいなもんんか。そして役割(ろーる)には漏れなく階級もついてくる……』


「あの~」


声に安岡は我に返った。

「あ、すいません」

支払いを済ませると振り返った。


戸惑う安岡の目には手に手にバットや拳銃を持つ中東系の少年たちが店内に入って来るところが見えていた。中には小学校低学年と思しき男児もいた。その手のナイフが店内の照明を反射した。


雷のような轟音が彼らの乗ってきた改造バイクの音だと思いいたった。


彼らが叫び声を上げた。


『ヤスゥッ、ヤスゥ、オカ…… ヤスオカァッ』


他に『ジィハァード』と『アッラァッ』という言葉。


『はい、はい。『犯人はヤス』ってことね。お前らにはね』


そう思う安岡の顔には恐怖ではなく笑みが浮かんでいた。


死に場所を見つけた気でいた。


なんの勝算もなく手元の紙袋の中に手を突っ込んでいた。

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