6 あの珠では尊さまは救えません
美夜はどれほどの力を持っているのか。
翌朝、真は西院七条家に姿を現して、尊の手を握り続ける美夜に声をかけた。
「美夜、少し外に出て歩かないか?」
でも…、と躊躇う美夜の肩に竹野がショールを掛けた。
「少しの時間なら、大丈夫でございますよ。吉岡さんもおりますから」
そう言われて、力無く頷いた美夜は真と並んで西院七条家の広い庭に出た。庭はすでに晩秋の気配で、あちこちに枯れ葉が舞っていた。
俯いたまま何も言わない美夜を気遣い、真は日当たりの良いベンチに腰掛けた。
真の隣に座った美夜は目の周りにうっすらと隈があり、やつれていた。何も言わずにただ俯くだけの美夜は何を言えばいいのかすら分からないのだろうと、真は思った。
真はしばらくハラハラと落ちる枯葉を眺めていたが、ふうっ、と息を吐いて美夜を見た。
「美夜。昨日の事だが「!お父さま!私に何が起きたの?気がついたら私は…」」
目にうっすらと涙を浮かべ、美夜は震えながらこう語った。
誰か尊さまを助けてと願いつづけ、気が付いたら巫女の姿で尊さまの横に立っている気がした。
今までに何度かあの姿になっている夢を見たけれど、昨日はまるで本当の出来事のようで…
怖い。自分がどうにかなったようで恐ろしい。
「お父さま、私はおかしくなってしまって、現実と夢の区別もつかなくなったのでしょうか?」
真は美夜の背中を優しくトントンと叩いた。
「美夜は心の底から尊君を助けたいと思った、という事なんだよ。
私は美夜に隠していた事があってね。昨日の美夜の姿はその事と関係がある。
私の話を聞いてくれるかな?」
目に涙を溜めた美夜は真の顔を見て頷いた。
真はゆっくりと話し出した。
「玉響の話は知っているな?子供の頃に竹野から聞いたことがあるだろう?」
「はい、神話の中に出ていました」
「うん、そうだね。
でもね、玉響は本当に存在する一族なんだ」
「…?」
鬼頭家が大昔から続く玉響の本家で、真は玉響の長である事。
真も夏夜も玉響で異能を持っている事。
美夜には異能が現れなかったため、何も知らせずにいた事…。
「美夜の力はずっとお前の中で眠っていたのだよ。今は平和な時代だから、今までお前の力は使う必要がなかったんだ」
「私の力?」
「尊君が銃撃されて、お前は心の底から嘆き悲しみ、どうにかして尊君を助けたいと思ったのだろう?その思いが美夜を '玉響の遣い人' として覚醒させたのだよ。美夜に玉響の力が現れたんだ」
「私が?覚醒…した?」
「ああ、そうだ。お前の異能は '蘇り' なんだ。お前が巫女姿で現れたのがその証拠だ」
「蘇り…って、…お父さま。どういう事でしょう?」
真は美夜の手を握りしめた。
「お前の力、蘇りの異能で、尊君を助ける事が出来るかもしれない…という事だ」
「私が、尊さまを助ける…?」
真は頷いた。
「鬼頭家の古文書に美夜と同じ事が起きた女の話が書かれているんだ。夫が亡くなりそうな時に嘆き悲しんだ玉響の娘が、巫女として姿を現し夫の命を助けた…ってね」
「…どうやって?」
「悪人から '珠' を取り出して夫に渡した…のだそうだ。おそらく '珠' とは生きる力の事だろう。古文書には詳しくは書かれていなかった」
「…珠?」
「どうやって取り出したのか、どうやって渡したのか、今はわからない。だから、美夜の中にある遣い人としての力を信じてやってみるしかないんだが…。
どうだ。やってみないかい?
玉響一族は美夜を助け護る。
西院七条家も協力すると吉岡さんが言っている。
やるだけの価値はあると私は思う」
「私にできるのでしょうか?…私…自信がありません」
「心配はいらないよ。私も夏夜も協力する」
美夜はしばらく俯いていたが、呟くように言った。
「尊さまがそれで助かるのなら…。
ですが、お父さま、私1人では怖くてできません。お父さまか夏夜お兄さまに側にいて欲しいです」
真は美夜の頬に手を伸ばした。
「わかった。そうしよう。
お前が辛くなったら、やめればいいのだよ。尊君を助ける方法はまた探せばいいのだからね」
美夜は涙を目に溜めて頷いた。
その顔を見た真は、もう他には尊を助ける方法はない、とは言えなかった。
2人はゆっくりと歩いて尊の部屋へと戻った。
美夜は血の気のない尊の顔をそっと撫でて、またポロリと涙をこぼした。
「では美夜、早速仕事をしよう。
尊君を助けたい、と強く念じてごらん」
真がそう美夜に囁くと、部屋の中に風が微かに舞い鈴の音が聞こえて、美夜は巫女になった。
「お父さま。今、私、巫女になろうって思ったらこの姿になりました。これで良いのでしょうか?」
「ああ、それでいい。
私も夏夜も心で念じる事で力を発動させるんだ。
心配するな。今日は私が美夜の側にいる。あとはお前の中にいる巫女に任せるんだ」
美夜は頷いて真を見た。
「心の準備はいいかな?そろそろ行こう」
「はい。どこに行くのでしょう」
「手始めに、これから斬首される罪人から珠を頂きに行く。監獄に行くぞ。
私の力で移動する。掴まっていなさい」
「…はい」
真は巫女を連れ、罪人のいる監獄に着いた。
周りにいる者は全て真が眠らせたが長くは持たない。
「この男だ。時間はあまりないよ」
そう言って真が指差した先には、斬首される事を受け入れ生気の失せた顔の男がいた。男は巫女を見ても驚く様子もなく、焦点の定まらない目をしていた。
「どのようにすれば?」
「心の中で念じてごらん。
尊君を助けたいって」
頷いた美夜はしばらく目を閉じていたが、ゆっくりと目を開くと静かに歌い、舞い始めた。
鈴の音が監獄に響く。
しゃらん、しゃらん、しゃら、しゃら…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
しゃらん、しゃらん、しゃら、しゃら…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
しゃらしゃらしゃらしゃら…しゃんっ!
巫女は最後に男の前に座り、頭の上でお祓いをするように鈴をはげしく振った。そして男を見つめると、男の体から光輝く珠が現れた。巫女はそれを大事そうに懐に入れて、男にこう言った。
「自分の罪を贖い、地獄へ堕ちて行きなされ」
男はがくがくと震えて失神した。真が男の首筋で脈を確認すると、男の脈はまだしっかりと打っていた。
「まだ、生きている…」
「はい。この男はあと3時間ほど…斬首されるその時まで生きているでしょう」
「なぜそんな事ができる?」
「分かりません。ですが、しっかりと刑罰は受けさせねばなりませんから」
美夜と真が部屋に戻った時、竹野から連絡を受けた吉岡と夏夜も部屋の片隅で待っていた。
鈴を捧げ持った巫女が頭を下げながらゆっくりと尊に近づき、神楽を小さな声で歌いながら鈴を振った。
しゃん、しゃん、しゃん!
祓いたまえ…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
祓いたまえ…参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
しゃらしゃらしゃら、しゃん!
巫女は懐から取り出した珠をそっと尊に差し出した。
「供物でございます。
お受け取りくださいませ」
すると珠が光り輝きながらゆっくりと尊の体の中に入って行った。そして体に珠が完全に入った瞬間、尊の身体も光り輝いた。
巫女はそれを見て言った。
「終わりましてございます」
誰も何も言えず、部屋はしんと静まり返った。皆が呆然と巫女を見ていると、巫女はふわりと美夜に戻った。
「どうしましょう。あの様な珠ではいくら集めても尊さまは一時的に良くなるだけです。命を救うには程遠い…」
何故だ、と干からびたような声で真が聞いた。
「生きていく気力のない者の珠は軽い様です」
「軽い、ってどういう事だ?」
「私にはわかりません。私は珠を渡すことしかできないから。
でも、尊さまを救うにはもっともっと重い珠がたくさん必要なのは分かります」
真はしばらく眉を寄せて考えていた。すると、吉岡が独り言のようにつぶやいた。
「今日の罪人は、もう生きる気力が失せていたから珠も軽かった…という事ですか?」
夏夜が、じゃあ、どんな奴の珠が重いんだろ?と言うと、特殊な異能を持つ竹野がつぶやいた。
「他人に迷惑をかけても何も感じない、暗い感情や悪意を持つ者の珠は重いのではないでしょうか?」
「そうだな、竹野。いい所に気がついたね」
真は皆を見て、ニヤリと笑った
「人に恨まれるような奴…はどうだろう?
恨まれてる奴…。極悪人。人でなし…。
その様な人なら生きる力も強そうじゃないか!
生かしておく価値もないような、最低な奴。そんな奴を恨んでいる人も多いだろう。
『玉響が恨みを晴らしてくれる』という噂を広めて、恨まれている奴を探してみようじゃないか。
竹野、噂を広めろ。
夏夜は恨みを晴らしてほしいと願う声を聴き分けろ。
美夜、それでいいか?」
美夜が頷いて、真は、よしっ!と気合を入れた。
「誰の珠をいただくのか、私が判断する。
それでいいかな?」
その時、吉岡が何か言いたげな顔をしたのに気付いた真が陰でこっそりと、何か気になる事でも?と聞くと、吉岡は、私は神に判断を仰ぎたいと思います、と言った。
「私には尊様ほどではありませんが神職としての力が有りますので、集めた恨みの真偽を神にお尋ねする事なら出来ます。集めた恨みの声の中には逆恨みや嘘があるかもしれませんから。
でも、美夜様は西院七条家が神職の家柄だとは、まだご存知ないですよね。
事が落ち着いて、尊様からお聞きになった方が良いかと思いますので…。あの場では '神に判断を' とは言えませんでした」
「ご配慮に感謝する」
真は深々と頭を下げた。
翌日、竹野は町に買い物に出て、馴染みの店でこう聞いた。
「最近、玉響さまが恨みを晴らしてくださるっていう噂を聞いたんですけど…本当かしらね」
「へぇ〜。あの、玉響ですか」
「そうらしいわよ。心で強く願うと恨みを晴らしてくれるって!」
竹野の話を聞いた店の主人は、別の客に聞いてみた。
「なあ、玉響さまが恨みを晴らしてくれるって、本当かい?」
瞬く間に、玉響さまの話は広まった。そして、2日も経たないうちに、夏夜は恨みの声を聞いた。
「玉響さま、恨みを晴らしてくれ!」
「玉響さま、憎いあいつを成敗してくれ!」
「お願いです。玉響さま、この恨みを!」
吉岡が神に問いかけて珠を取る相手が見つかった。吉岡はその時に神はこう仰せであったと真に言った。
「恨みを晴らしただけでは、民の心は安らがない。少しでも民に寄り添え」
民に寄り添う事こそ、神職と玉響の本来の姿であると真は神のお告げを真摯に受け止めた。
こうして、恨みを晴らしたい、という玉響への願いが聞き入れらるようになった。




