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17 たすけて ぼくは売られる


 遣い人の仕事


 狙うのは 孤児院の院長 真木 part 1


 美夜は貴族学園に復学した。と、いってもほんの少し授業を受けに学園に行くだけなのだが…。


 橘理子にも言われていたが、美夜には気晴らしが必要だと周りの皆がいう。それならば、と週に2日午前中だけ授業を受けるという事になったというわけだった。

 

 尊が言うには、それくらいが丁度いい、のだそうだ。


「周りの皆は、私がまだ意識もなく寝たきりになっていると思っているだろう?だから、後の日は家で意識のない私のお世話をしている、って事にするんだよ。

 その代わり、宿題はたくさんもらっておいで。私が見てあげる。言っておくけど、私は厳しい先生だからね!」

 

 そんな事を言ってはいたが、宿題を教えるはずの尊はすぐに美夜の顔をじっと見てしまい、私の美夜は可愛いね、などと言うものだから、なかなか宿題も進まない。


「もう!尊さま…」という美夜もにっこりとしているのだから、宿題が終わるのに時間がかかった。


 それでも2人が幸せそうなので、周りの皆はただただ笑って見ているのだった。



 通学は朝は執事の吉岡が車で送ってくれ、帰りは父親の真か兄の夏夜が必ず迎えに来る。玉響の影の護衛も何人か付いていて、美夜が不安を感じる事はなかった。


 美夜にとって週2日の授業は楽しかった。


(友達とほんの少しお喋りするだけで、こんなに楽しいなんて…。これも尊さまが少しお元気になられて、周りの皆が尊さまと私を支えてくらからね。ありがとう)


 助けてくれる皆に感謝しながら美夜は貴族学園に通っていた。



 

 そんなある日、教室で美夜が帰り支度をしていると橘理子が美夜に声をかけてきた。


「ねえ、美夜ちゃん。明後日、お時間ある?」

「なぁに?何かあるの?」

「実はね、補習があるの…」


 貴族学園は余り厳しくはない。通ってさえいれば卒業できるのだが、それでもあまりにも成績が悪いと補習をしろと言われることがある。補習と言っても貴族のお嬢様達なので、どこかで何かを一日お手伝いすると言う程度のものだ。


 理子は何人かの同級生と補習を言い渡されたようだった。


「美夜ちゃんは私と違ってお勉強の方は大丈夫だけど、お休みして出席日数が少ないでしょう?

 だから、補習を受けて出席日数を上乗せしてもらったらって思うの。そうしたら私達、一緒に卒業できるかもしれないでしょ?

 ねえ、学園長に掛け合いましょうよ。私も美夜ちゃんが一緒に来てくれると楽しいし…」


 美夜が理子に引っ張られるように学園長に会いに行くと、無理はしなくていいのですよと言いつつも学園長は補習への参加の許可し、出席日数の上乗せをすると約束してくれた。



 こうして美夜は五人の同級生と引率の教師二名、護衛達と共に、遠足気分で王都の南の端にある町にやって来た。


 美夜には玉響の影の護衛として時三とその配下の者が付いて警戒を怠らない。信頼する時三が側にいると思うと美夜は安心だった。




 町外れにある武山孤児院は青々とした木々に囲まれていて、石造りの建物の壁には蔦が絡まり、どこからともなく鳥の囀りがきこえる様な長閑な施設だった。建物の奥から子供達がはしゃぐ声が聞こえてくる。


 玄関に着くと院長が出迎えた。

  

「ようこそお越しくださいました。院長の真木と申します。子供達も職員も皆様が来てくださるのを楽しみにお待ちいたしておりました。

 今日は授業の一環という事ですので、いつもと同じ様にさせていただきます」


 そう挨拶をした真木は穏やかな雰囲気の女性だった。


 院長の挨拶の後、子供達が職員に連れられて姿を現した。孤児は赤ちゃんから十五歳まで五十人ほどで、溢れんばかりの笑顔で美夜達の周りに集まって来た。職員達も暖かく美夜達を迎えてくれて補習は始まった。

 

 まず、美夜達は赤ちゃんの世話をすることになった。


 赤ちゃんに触ったこともない美夜はオムツを替える事も上手くできず、赤ちゃんに大泣きされてウロウロとしてしまった。


「美夜ちゃん、赤ちゃんって手間が掛かるわね。私達が結婚して子供が産まれても、オムツ替えは乳母がするでしょうけど…。大変なのがよくわかったわ」

 などと理子が言った。


 2人揃って、ミルクも上手くあげられるなかった。


「まあ、お腹が減っているでしょうに……ごめんなさいね。下手くそで…」


 美夜が泣きそうな気持ちになっていると、真木がふっと微笑みながら手を貸してくれた。


「赤ちゃんのお口の中にしっかりと乳首を入れてあげるのですよ。ほら…こんなふうにね。そうすると吸いつきやすいのです」

「まああ!本当だわ」

「飲み終わったら、背中をトントンとしてあげてね。ゲップが出ますから」


 やっとの思いでゲップを出した赤ちゃんを寝かせると、今度は小さな子達と庭を散歩することになった。一人を抱っこすると次から次へとせがまれて、美夜達は汗びっしょりになってしまった。


「美夜ちゃん。私、子供を育てる自信がなくなりそうよ」

「そうね。私もよ。これは大変だわ」


 そんな事を言っていると、あっという間に昼食の時間になってしまった。


 昼食は子供達と同じ物を食堂で一緒に食べた。


「皆様には少し質素かもしれないですが、栄養管理はしっかりしております。味はいいのですよ。

 大人から赤ちゃんまでおりますので大変だとは思いますが、調理の担当者は毎日工夫をしてくれています」


 真木院長はそう言うと、器に盛り付けてある果物とプリンを手に取った。


「本当のことを言いますとね、いつもはこんなに素敵なデザートはなかなか付けられないのです。ちょっと予算がオーバーしてしまうので。

 だけど、今日は特別ですね。皆さんがいらしてるので調理の者達も張り切ったのだと思います」


 子供達の嬉しそうな姿を見ながら、美夜達も楽しく昼食を食べたのだった。



 午後は小さな子達がお昼寝の時間になり、美夜達は大きな子達の勉強を手伝うことになった。

 

 すると、まもなく孤児院を退所する予定の広志が教科書を持って美夜に近付いて来た。


「数学は難しくって…ここがわからないんです。

 どうやって解けばいいんでしょう」


 さほど難しい問題ではないのにな…と美夜が思っていると、広志は美夜の手に小さくちぎった紙を渡した。


『たすけて ぼくは売られる』

 

(えっ?)


 広志はその後も何もなかったかのように振る舞い、ありがとうございました、と言って自分の机に戻って行った。


(な、なにっ?売られる…って)


 美夜は広志に何も聞けず、どうしようかと考えている内に帰る時間が来てしまった。


 美夜達が補習を終えて帰る時、子供達は皆で並んで見送ってくれたが、広志は美夜を見て口だけを動かした。

 

『たすけて』


 美夜の心臓はバクバクと激しく打ち、冷たい汗が背中をつーっと流れた。


 美夜は微かに頷き、武山孤児院を後にした。


 帰りの車の中で理子達は疲れたのかうつらうつらとしていたが、美夜は眠れなかった。


(じごく?あんなに優しそうな真木院長と職員達なのに?)


 外の景色を見てもモヤモヤするばかり。


(それとも、私を揶揄ったのかしら?

 だとしたら、なぜ私?)


 美夜は引率の教師に何も言えず、胸の中に重い物を抱えた気分で西院七条の屋敷に戻った。


 モヤモヤとする美夜は時三を部屋に呼んで広志の事を聞いてみたが、時三は何も不審な事はなかったという。


「いたずらかもしれないわね。貴族のお嬢様達を揶揄ってやれ…とか思ったのかも。

 今日はありがとう。皆にもありがとうって伝えてね。おかげで楽しく過ごせたわ」


 そう言って美夜は可愛らしく時三に微笑みかけた。


 

 しかし夜になって寛いでいても、美夜の思考は武山孤児院へ移り、気分はなかなか晴れなかった。


 真木院長の優しそうな顔。子供達の人懐こい笑顔。たすけて、と書いた紙を渡した広志の真剣な顔。


 美夜は尊に頬を突かれて、ふっと我に返った。


「どうしたんだ、美夜。

 張り切りすぎて、疲れたのかい?」


 尊にそう言われて美夜はにっこりと笑った。


「楽しかったのですが、子供のお世話は初めてでしたので、疲れました」


 美夜は尊に、赤ちゃんのおむつ替えに手こずった話や勉強を教えるのは楽しかったなどと話した後に、実は…と広志から渡された紙を見せた。


「子供のちょっとした悪戯かもしれないのですけれど…。なんだか引っかかってしまって」


「そうだね。放ってはおけない。

 鬼頭家に調べてもらおう。私から願っておこうか?」


「いいえ、大丈夫です。明日にでも鬼頭に行ってお父さまに相談してみます」


「美夜には私がついてるからね。なんでも言っておくれ」


「はい。尊さま」


 そう言って美夜はにっこりと笑った。



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