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16 このままでは済まさないから!


 尊が本当の姿を現します

 

 印得寺から戻った美夜が部屋のドアを開けると、窓辺の長椅子に座っていた尊がステッキで体を支えゆっくりと立ち上がって美夜に微笑んだ。


「…お帰り、美夜。待ってたよ」

「…尊さま!」

「吉岡や皆に手伝ってもらって、久しぶりに部屋着を脱いでスーツを着てみたんだ。そうしたらさ、痩せちゃってぶかぶかでさ、吉岡が私の若い頃の、って20歳の頃のだけど、スーツを出してくれたんだけど、似合わな…

 って、おい、美夜、どうした?」


 美夜は尊が言い終わる前に尊に駆け寄って泣き出してしまった。


「だ、だって!尊さまが、一人で立っているから…。嬉しくって。それに…尊さまはスーツがよくお似合いです。素敵です」


「美夜…。

 たくさん心配をかけて、すまなかった。

 早くちゃんと歩けるように頑張るから、待っていておくれ。

 歩ける様になったら二人で庭を散歩しよう。手を繋いで四阿まで行ってさ、ゆったりと過ごすんだ。

 ああ、待ちきれない。美夜、私は頑張るよ」


 美夜と尊は長椅子に腰掛け、見つめあった。

 尊が美夜の眼に溜まった涙をそっと拭った。


「尊さま。どうしましょう」

「ん?どうした」

「私、なんだか…胸が…」

「ほんと!私の美夜は可愛いね」


 美夜の心の中にあった千賀への悲しい思いは、尊の言葉で消えていった。




 珠を3つ受け取った尊は次の日から歩く練習を始めた。そして、ステッキの代わりに美夜の手を取って庭に出られる様になったのは一週間後だった。


 美夜と二人で庭に出てベンチに座った尊は、少しだけ息が弾んでいた。


「もう少しで美夜と手を繋いで四阿まで歩けるからね。二人でさ、四阿でアイスクリームを食べようね」


 美夜は隣に座る尊にそっと抱きついた。


「尊さま。大好き!」




 数週後。

 

「たまにはお義父上に顔を見せておいで」


 尊はそう言って、美夜に鬼頭家に遊びに行く事を勧めた。


 その日は散策にちょうど良い天気で、木々の緑は色を深めて日陰は涼しく、吹く風も心地よかった。


 尊も、少し散策を…とでもいう風情で吉岡の押す車椅子で庭に出た。 


「吉岡。やっと出られるようになったな」

「はい。美夜様のお陰でございますね」

「吉岡や皆の力があったからでもある。感謝しているよ。ありがとう」


「それにしても、若様もお優しい。

 美夜様がお疲れのご様子の時には、辛い思いを忘れるようにと心配りをされて…。

 美夜様は若様に「吉岡…私はもう当主だからね。若…はやめようか」」


「そうでしたね、…御主人様」

「尊、と呼んで欲しい。その方が気楽だ」

「はい…。それでは…尊様」


 尊達は庭の奥深くまで進んで行く。


「正直な所、私は尊様がここまで回復なさるとは想像できませんでした。事件のすぐ後にお顔を見た時は、もうダメかと…」

 

 車椅子を押す吉岡は鼻声になった。


「でも、美夜様のお力でここまで戻られた。本当によかった…」

「吉岡、泣くなよ…」

「申し訳ありません。久しぶりなので、涙腺も緩んでおります」

「…でも、私も美夜にあんな力があるとは思わなかった」

「美夜様を西院七条家にお迎え出来て、本当に良かったです」

「美夜を妻にした私は幸せ者だな」


 しばらく沈黙した尊は車椅子を押す吉岡を振り返った。


「父上達の仇をうつよ。

 このままでは済まさないから!」


 しばらく車椅子で進み続け、庭の奥深く、木々が鬱蒼とする誰も来ない池の辺りまで主従はやってきた。

 

 そこには苔むした石祠があった。


 吉岡が車椅子を石祠の側に止め、尊の足元に畏まった。


「尊様、お供いたします」


 頷いた尊が右手の指を二本立て眉間にあて小さな声で呪文を唱えると、石祠の後ろに闇が渦巻く空間が現れた。


「吉岡、行こう」


 主従はゆっくりと空間に吸い込まれて消えて行った。

 


 

 二人が着いたのは枯れた木々が微かに風に揺れる遷都される前の古都。二千五百年前に今の都に移ってからは、住む人もいない廃墟ばかりの場所である。


 昔、七条と呼ばれていた通りの西の端、西院七条の名前の由来となった場所には朽ち果てた神殿があり、その中に車椅子の尊と吉岡がふわっと現れた。


「尊様、お身体は大丈夫ですか?」

「うん。久しぶりだからね。ちょっと心配したけど、大丈夫だ。

 さあ、始めよう」


 尊が小さな声で呪文を唱えると朽ち果てている神殿の中は煌めく装飾で溢れた。一段高い場所に置かれている円鏡がその光を反射して眩しいほどに輝いていた。


 尊は金色の冠を付け、黒地に眩いばかりに金糸の刺繍が施された神官服に身を包んだ姿へと変わっていた。

 黒ずくめの神官服に身を包んでいる吉岡の手を借り、尊がゆっくりと円鏡の前に進んで平伏すると、円鏡から一条の光が差して尊を包み込んだ。


 ゆらゆらとした光の中に何かが現れて光が強くなり、やがて光は薄くなっていった。


 差していた光がゆっくりと消えた時、平伏していた尊は頭をあげ、後ろで平伏し続ける吉岡を振り返り告げた。


「吉岡、この国の未来が見えた。

 高衣玖皇子が現帝と皇太子を殺害し、新たな帝になる。カナンと繋がっている高衣玖皇子は即位後、カナンの刺客に暗殺され、この国はカナン国に乗っ取られる。民は奴隷扱いだ…。

 この国に害をなす者は許すな、と神は仰っている。

 神意をはたそう。吉岡、始めるぞ」


「はい。まずは何から?」


山牟呂(やまむろ)皇太子殿下に連絡を取れ。

 巫覡(ふげき)西院七条尊、死の淵から戻ってまいりました。貴方様もいい加減に覚悟を決めて出ていらっしゃいませ、とな」


「御意」


「山牟呂殿下が渋るようなら…こう伝えてくれ。

『私の妻、美夜は玉響の遣い人でございます。玉響一族と西院七条家は殿下のお側でこの国を守り続けます。神はそれを望んでおられるのです…』と。

 美夜の秘密を打ち明けたら、山牟呂皇太子殿下は勝算ありと判断し出て来るはずだ」


 尊はまっすぐ吉岡の顔を見た。


「吉岡。私は父上から習った己の持つ全ての力を使うよ」


「はい。私共一堂、尊様のご指示に従い、全力でお支え致します」




 二千五百年前の遷都の折、なぜ神殿を古都に放置したのか西院七条家には文書としては伝わっていない。だが、荒れ果てた廃墟ばかりのこの場所にだけ神の力が宿り、神託が降りる。


 神は常にこの国を護り良い方向へと導く存在であり、その言葉は絶対である。


 巫覡は神託を受けて未来見る。だが、良い未来が見えるとは限らない。国が悪い方向へと向かう時、神はそれを正せと神託を下す。たとえ相手が皇家であろうとも容赦はしない。


 神を信じ、己を信じて進む。それが西院七条家の当主、巫覡となった者が代々受け継ぐ矜持であった。

 


 現れた時と同じ様にニ人はふわっと神殿から消えて、西院七条家の庭に戻って行った。

 

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