ホルストの声掛け
狐人族領ならいざ知らず、獣王戦の会場となれば鳥人族部族長ホルスト・パドグリーやイビ率いる守護十翼【ブルートリッター】をはじめ、ホルストの息が掛かった者達が多々集まることは容易に想像がつく。特に決定的だったのは、鳥人族領でイビが僕に囁いた言葉だ。
『群れからはぐれた小鳥を大切になさってください。人に盗られたり、飛び出して逃げられぬよう篭に入れて、ね』
群れはパドグリー家あるいは鳥人族、小鳥は十中八九アリア達のこと。飛び出してや逃げられぬよう篭に入れて、というのはホルストや鳥人族の豪族に狙われていることの暗示だろう。
悪意に近づけばそれだけ危険が増すし、特にホルスト・パドグリーの考えや実力は未知数だ。
父上にも相談した結果、獣王戦の期間中はアリア達姉妹全員に宿舎で待機を命じることになった。
『……というわけでね。君子危うきに近寄らず、触らぬ神にたたりなし、さ。これもアリア達皆を守るためなんだ。どうかわかってほしい』
『で、でも、お兄ちゃん。私達だって牢宮【ダンジョン】の高負荷修練を積んだんだよ。今ならイビお姉ちゃんにだって負けないもん』
合点がいかないらしいアリアは僕の前に身を乗り出した。
『気持ちはわかるよ。だけど、世の中には僕達よりも強い人は沢山いるんだ。それにアリア達に万が一のことがあれば僕は自分を許せない。大丈夫、すぐに戻ってくるから』
『むぅ。でも、でもぉ……⁉』
頬を膨らませるアリア。
僕はここぞとばかりに『切り札』を口にした。
『それから待機と言っても休暇みたいなものだから、皆にはこれを渡すつもりだよ』
『これ……?』
きょとんとするアリア達に、僕は懐から『とある券』を二枚取り出した。
『待機期間限定のバルディア宿舎および領内での食事とデザート無料券。そして、バルディア邸のお風呂利用許可証だよ。これさえあれば毎日チョコパフェ食べ放題で大きなお風呂にも入り放題さ』
『えぇええええ⁉ チョコパフェ食べ放題でお風呂入り放題⁉』
『……チョコパフェ食べ放題。死ぬまで食べられる』
『チョコパフェを食べてバルディア邸のお風呂に入る。あぁ、夢のようです』
アリアは目をきらきらと輝かせ、エリアは口から涎を垂らし、シリアは夢心地でどこか遠くを見つめていた。
『チョコパフェ』とは、もちろん前世の記憶にあるものをこの世界で再現したものだ。
バルディア宿舎の食堂で販売開始直後から大人気で『原則、注文は一人一日一個まで』という制限を掛けている。
アリア達姉妹は特にこのチョコパフェが大好きで、毎日必ず注文していることを僕は把握していた。
そして、彼女達姉妹はお風呂も大好きで、宿舎よりも大きいバルディア邸のお風呂に入りたいと、いつも周囲に漏らしていたことも小耳に挟んでいたのだ。
『ね、だからここはお兄ちゃんの言うことを聞いて欲しい。大事な妹たちを悪意に近づけて危険に晒したくないんだ』
『お、お兄ちゃんがそこまで言うならしょうがないね。バルディアでお留守番してる』
アリアは視線を泳がせながら頷くも、ハッとして『あ、でも……』と続けた。
『チョコパフェやお風呂に釣られたわけじゃないからね。本当だよ』
『わかってる。獣王戦が終わったらお土産を持ってすぐ戻ってくるからね』
『うん、お土産を楽しみにしているね』
『……パフェに乗せる新たな果物を所望』
『私はお風呂上がりの新たな飲み物でしょうか』
『あはは、わかった。探してみるよ』
こうして、アリア達はバルディアに残してきたというわけだ。
今頃、彼女達は僕が渡した券を使って休暇を楽しんでいることだろう。
アリア達はいつも頑張ってくれているからね。
とはいえ、この話をホルストにそのまま教える必要はない。
彼には『バルディアの治安維持のため、彼女達にはバルディア領内に残っている』という内容で伝えていった。
「……という訳でして。今回、アリア達は同行していないんです」
「そうでしたか。アリア達の顔を一目見たかったのですが残念です」
僕が話を終えると、ホルストはしゅんとして肩を落とした。
「申し訳ありません。バルディアに戻りましたらアリア達にはホルスト殿のことをお伝えしておきます」
「それは有り難い。どうかよろしくお伝えください、リッド殿」
彼はにこりと目を細めるが、僕は周囲を見て「ところで……」と切り出した。
「今日はイビ殿やイリア殿。護衛の方々の姿が見えませんね」
この場にイビをはじめ、守護十翼の面々は誰一人としていない。
ホルストの護衛は鳥人族の一般兵士と思しき二人だけだ。
軽く一般席を見てみたけど、それらしい人物は見当たらない。
「えぇ。彼らには後学のため、王都の雰囲気を学んでほしくて自由行動にしています。獣王戦は数年に一度しか開催されませんからね。リッド殿もそのために若い護衛を率いているのでしょう?」
ホルストはそう言って壁際に控えるオヴェリア達を見やった。
「そうですね。ホルスト殿をはじめ部族長同士の試合は、皆の良い刺激になると思っています。もちろん、私もですけど」
「はは、光栄です。しかし、そうなると下手な試合はできませんね」
「これはご謙遜を。勉強させてもらいます」
目を細めるホルストに笑顔で答えると、彼は「さて……」と呟いた。
「私はそろそろ席に戻ります。リッド殿とお話が出来て良かったですよ」
「こちらこそ」
ホルストから差し出された手を握って握手を交わすと、彼はファラに振り向いて手を差し出した。
「ファラ殿にもご挨拶できて良かった」
「はい、私もホルスト殿にご挨拶できて嬉しく存じます」
彼女と握手を交わしたホルストは「ほう、これは……」と呟いた。
「……? どうかされましたか?」
ファラが小首を傾げて尋ねると、彼は「はは、驚かせて申し訳ありません」と頭を振った。
「ファラ殿はリッド殿と同じく良い手をしていると、そう感じただけです。失礼ですが、魔法を嗜んでおられるのでしょう?」
「え、えぇ。リッド様に習って少しだけですが……」
彼女が困惑した様子でこちらを横目で見やった。
僕はすかさず「えっと……」と切り出した
「手を握るだけで、魔法が扱えるかわかるものなんですか?」
「はい。少々コツというか、慣れが必要ですがね」
彼はそう言ってにこりと微笑み「では、また……」と言い残して席に戻っていった。
一体、僕から何を聞き出したかったんだろう。
本当にアリアのことだけだったのか。
遠ざかっていくホルストの背中を見つめて考えを巡らせていると、背後から「二人で何しているんだ」と明るく元気な声で呼びかけられる。
ハッとして振り向けば、そこに立っていたのはヨハンとシトリーだった。
「……これはこれはヨハン殿。どうかされましたか?」
「はは、そんな怖い目をしなくてもいいだろ。もしかして、ファラはまだ『あのこと』を怒っているのか?」
「いいえ。怒っておりません」
ファラが冷たい笑顔で返すも、ヨハンは動じず明るい笑顔で返した。
「そうか。それなら怖い目もやめてほしいな」
二人の発する雰囲気に心の中でため息を吐くと、ファラとヨハンの出会いが僕の脳裏に蘇る。




