牢宮核の力、リッドの本領発揮
「え……?」
イビの唐突な発言に呆気に取られるも、その眼差しと声に嘘偽りは感じない。
彼女は真剣な表情のまま自身の喉を指さした。
「この声の恐ろしさ、その身で理解したはずだ。考えてみろ、あたしの歌で強化された守護十翼【ブルートリッター】をよ」
「それは……」
思わず言い淀んで俯いてしまった。
彼女の歌声による補助魔法【バフ】で得られた力と、フェイを弱体化させる力は確かに凄かった。
もしも、あれが部族長に勝るとも劣らない力を持つ者達に使われたらどうなるのか。
間違いなく、恐ろしい結果が待ち受けていることだろう。
だけど……。
「言っている意味は理解できるよ。でも、だからといって、君を殺すことなんて僕は望まないし、望みたくもない」
顔を上げて告げると、イビは目を瞬いてからやれやれと肩を竦めた。
「本当に甘ちゃんな奴だぜ。まぁ、あくまで敵対したらの話だ。頭の隅にでも置いておいてくれ」
そう告げると、彼女は床で渦巻く黒渦の前に進んでいった。
「あばよ、リッド。また会う時までには、もっと強くなっておけよ。守りたいモノがあるなら、な」
「イビ……」
彼女は背中を見せたまま、軽く片手を上げて黒渦の中に消えていった。
イビ・パドグリー、君のことはどうしても敵だとは思えない。
別れ際の言葉だって、きっと今の僕じゃホルストに勝てないから忠告してくれたんでしょ。
イビが入った黒渦がすっと消えると、フェイが「さて、リッド」と切り出した。
「次は君の番だけど、地上に帰る前にやってほしいことがあるんだ」
「やってほしいこと?」
「うん、地上に連れていってくれるんでしょ。そのためには、牢宮核の魔力をリッドに適応させておく必要があるんだよ」
「適応、か。それをすると、僕にどんな変化があるのかな」
牢宮核の魔力を術者に適応させる、なんて聞いたことがない。
バルディアで集めた魔法に関する書物にも記されていなかったはずだ。
「えっと、ね。適応すれば牢宮核からいつでも好きなときに魔力供給を受けられるようになるんだ。こうすることで僕はリッドを通じて牢宮核の魔力を地上でも得られるから、実体化を維持できるという訳さ」
「なるほど。それで地上に出るために協力者がいるということだったんだね」
「そういうこと」
合点がいって相槌を打つと、フェイはにこりと微笑んだ。
「それで、適応するためにはどうすればいいの?」
「牢宮核に手をかざして。後は僕がやるから」
フェイに言われるまま、僕は手を差し出そうとするもハッとして彼をじとっと見やった。
「……まさか、ここにきて僕の体を乗っ取る腹づもりじゃないだろうね」
「あぁ~……確かに言われてみればそういう手もあったね」
「フェイ、君って奴は……」
目付きを細めて凄むと、彼は慌てた様子で頭を振った。
「冗談だって、ほんの冗談だよ。僕が裏切った奴等と同じ事するわけないでしょ」
「まぁ、それなら良いけどね。約束は守るから、ちゃんと君も契約を守ってよ」
「わかってる、もちろんだよ」
あどけない満面の笑みを浮かべるフェイ。
無邪気過ぎる故、何か見落としがないかちょっと不安だ。
僕はため息を吐くと、意を決して虹色に輝く雪の結晶体のような牢宮核に手をかざした。
「これでいいのかな」
「うん。じゃあ、いくよ」
フェイが元気いっぱいに声を発したその時、牢宮核が虹色に光り輝き始める。
次いで、かざした手を通じて魔力が流れ込んでくるような感覚に襲われた。
「これは……⁉」
無、火、風、雷、水、氷、土、樹、光、闇。僕が持つ全ての属性素質に牢宮核の魔力が共鳴し、呼応しているのか。
燃え盛る火に手をかざしているような、一瞬とも永遠とも感じられるような熱さが伝わってくる。
程なく『ドクン』と胸の内で強い鼓動が起き、全身に波打つような衝撃と痛みが走った。
「く……⁉」
思わず呻き声が出てしまうも痛みはすぐに収まり、それから間もなく牢宮核の光も落ち着き、手を通じて流れ込んできていた魔力も止まった。
「……終わったのかな」
僕が首を傾げたその時、「すごい、さすが僕が見込んだリッドだ」とフェイがご機嫌な様子で周囲を飛び回った。
「今までの中で一番親和性があって適応力があるとは思ってたけど、まさか完全同調を果たすなんて夢にも思わなかったよ。おめでとう、リッド」
「えっと、ごめん。親和性とか完全同調ってどういうこと?」
「よくぞ聞いてくれました。説明しよう」
フェイは何やら得意げに腕を組み、にやりと笑って語り始めた。
曰く、牢宮核が溜め込む魔力には全ての属性が含まれているそうだ。
フェイが協力すれば牢宮核の魔力を誰でも扱うことはできるが、対象者の持つ属性素質、親和性、適応力によって魔力の力率【りきりつ】が大きく左右される。
つまり、変換効率が大幅に変わってくるらしい。
属性素質は十種類あるので、親和性、適応力も良ければ一属性ごとに力率は約一割ずつ改善していく感じだそうだ。
「……というわけでね。そして、リッドは完全同調を果たした。つまり、牢宮核の魔力を九~十割の力で使いこなすことが可能になったというわけさ」
「へぇ、牢宮核の魔力がねぇ」
相槌を打つと、僕は自分の胸に手を充てて牢宮核の魔力とやらを探してみた。
すると、胸元の中心深くに魔力核というか、僕の魔力とは明らかに違う不思議な力を感じる。
これが牢宮核の魔力か。
どれ、試しに引き出してみるかな。
僕は目を瞑って深呼吸すると、胸元にある魔力核から力を得るべく集中していく。
核から溢れる魔力を辿っていけば、おそらく引き出すことができるようになるはずだ。
心を落ち着かせ、自分の中にある力の源を探っていく。
それにしても、この感覚は以前に体験したことがあるような気がするな。
あ、そうだ。生魔神道【せいましんどう】の教えを元にメモリーと出会った時の感覚に近いんだ。
「でもね、リッド。完全同調を果たしたと言っても、無闇に引き出したら駄目だよ。牢宮核の魔力は膨大だからね。下手に引き出したら器のリッドが耐えきれずに体が爆散する可能性だってあるんだから」
フェイが何か言っているけど、集中しているからよくわからない。
それよりも『これだ……⁉』と直感し、僕は目を見開いた。
次の瞬間、胸元から凄まじい魔力が溢れ出て僕の体を覆い、衝撃波が吹き荒れる。
「な……⁉」
フェイが目を丸くして絶句するも、僕は際限なく溢れ出てくる魔力にわくわくして目を輝かせていた。
「凄い、僕と牢宮核の魔力が一対九で混ざり合っているような感じかな」
「ば、馬鹿リッド。僕の説明を聞いてなかったのか。下手に引き出したら……」
「でも、ちょっと牢宮核の魔力が暴れている感じがして動きづらいな。もうちょっと調整が必要か」
僕は両手を開いて閉じ、軽くその場で跳ねたりしながら体の中に流れる僕と牢宮核の魔力量を調整していく。
一対九だと、牢宮核の力が強く出すぎて体の反応が悪いから、とりあえずは六対四で慣らしてみるか。
体に流れる魔力を調整していくと、僕の全身を覆っていた魔力が徐々にしぼんでいく。
うーん。
僕が六で牢宮核が四でも違和感が強いな。
七対三ならどうかな。
「あ、これならいけそうだ」
大体の感覚が掴めたから、僕は試しに広間の壁に向けて手をかざし、火槍を何発か放ってみた。
間もなく壁に火槍が衝突して爆音が轟き、突風が吹き荒れる。
「これ、凄くいいね。今までと比べて魔力消費が格段に抑えられているのに威力はそのままだ。上手く扱えばもっと大がかりな魔法ができそうだよ」
「え、え……?」
それにしても、イビが『人知を越えた力』と言っていたのはこういうことか。
確かにこの力を使いこなした暁には、人知を超えた存在にもなれそうな気がする。
まぁ、僕はそんなモノに興味はないけどね。
ふとフェイを見やれば、彼は目を丸くしてきょとんとしていた。
「ん……? どうしたの、フェイ」
「……リッド。君って何者なの?」
「え、僕はただの子供さ。バルディア家の嫡男ではあるけどね」
にこりと目を細めて白い歯を見せると、フェイは何故か「えぇ……?」と困惑顔で若干引いてしまう。
その意図がわからず、僕は「なんだい、その顔は」と首を捻った。




