薙刀戦士とリッドの推察
「友達ねぇ。手駒の間違いじゃねぇのか」
「手駒じゃない、友達だよ」
イビが肩を竦めると、フェイがむっと頬を膨らませた。
彼にとっては友達かもしれないけど、牢宮に取り込まれた挙げ句、翡翠の丸玉を埋め込まれた門番にされては手駒と言われてもしょうがない所業だ。
でも、フェイは本気で気分を害したらしくてイビに近寄っていく。
「だって友達っていうのは……」
「おい、ちょっと待て」
フェイの言葉に被せてきたのは薙刀戦士だ。
彼は僕とイビを見るような仕草を見せ、フェイに詰め寄った。
「いくらお前の申し出でも、この二人と攻略しろというのはまっぴらだ。他の奴を寄越せ」
「……いやだ」
「なんだと……⁉」
フェイがつんとそっぽを向いてしまい、薙刀戦士が声を荒らげた。
「僕の話を遮ったからね。これはもう決定事項だ」
彼はそう告げると、さっと僕達の頭上に舞い上がった。
「さて、君達は上手くやったつもりだろうね。でも、牢宮【ダンジョン】は奪うか、奪われるかだ。たまたま戦い方が通用したからって、いい気になっちゃ駄目だよ。一階層は最弱の門番なんだからね。さぁ、僕は下の階層で待ってるよ」
「お、おい……⁉」
薙刀戦士の制止も聞かず、フェイは底抜けに明るい笑い声を発しながら光となって霧散してしまう。
「おのれ……⁉」
薙刀戦士が舌打ちをしてわなわなと怒りに震えていると、「まぁまぁ、そう熱くならずに」と僕は宥めるように切り出した。
「門番は僕達が協力したから倒せたことは間違いありません。僕と彼女だって地上では立場があります。でも、ここを切り抜けるために互いのことに言及しないという条件下、協力しています。貴方も力を貸してくれませんか」
戦闘中、ちょっと良い感じになったのにな。
薙刀戦士は深いため息を吐いて頭を振ると、イビを横目で一瞥してから僕を見据えた。
「……まだ気付かないとは本当に愚かな。鶏頭の言った『木偶【でく】』というのはあながち間違っていないようだ」
「どういう意味ですか。いい加減、僕も怒りますよ」
さすがの物言いにかちんときて睨みを利かすと、彼は自らの顔を隠す兜に手を掛けた。
「これでも、貴様は同じ事が言えるかな」
「え……?」
ゆっくり兜が外されていき、薙刀戦士の素顔が露わになっていく。
長方形の形をしたシャープな眼鏡を掛け、理知的な目尻の上がった鋭い目付きに黒い瞳が浮かび、頭の黄色い髪の合間からは二つの黄色い狐耳が立っている。
でも、僕はその顔を見た瞬間「あ……⁉」と驚き、思わず飛び退がった。
「お、お前はマルバス・グランドーク⁉」
「ここまでしてようやく気付くとはな。だから木偶だというのだ」
彼は肩を竦め、僕をじろりと睨んできた。
マルバス・グランドーク。
彼は狐人族グランドーク家の次男であり、アモンの兄だ。
そして、狭間砦の戦いを起こした元凶『エルバ・グランドーク』を裏から支えていた右腕的存在であり、帝国とズベーラが大陸全土に指名手配をしている人物に他ならない。
声質や魔力にどこか覚えがあったのは、これのせいだったのか。
「ひゅ~、誰かと思ったらエルバの腰巾着だったのか」
イビがわざとらしく口笛を吹くと、マルバスは眼鏡の山をくいっと上げた。
「ご無沙汰です、ホルストの提灯持ちイビ・パドグリー」
「はは、言ってくれるじゃねぇか。世間知らずのぼんぼん眼鏡が。故郷を追い出されて、少しは世間を知れたかよ」
「えぇ、もちろんです。今だ親の庇護下で提灯持ちの貴女にも、世間の厳しさを教えてあげましょうか」
二人は互いに鋭い眼光を飛ばし、睨み合っている。
マルバスは旧グランドーク家で政務を任されていた身だ。
部族長会議に参列していたという話も聞いているから、その時に二人は顔を何度か合わせているんだろう。
僕が二人のやり取りを見ながら腰にあった短弓を手に取って矢をつがえると、マルバスは薙刀の切っ先をこちらに向けてきた。
「……お前がここにいるということはエルバもいるのか」
「兄上がこのようなところに来るわけがないだろう。これは私用だ」
「私用だって?」
「答える義理はない」
僕が訝しむと、マルバスは冷たく吐き捨てた。
「本当なら貴様の首を今すぐ跳ねてやりたいところだが、貴様は兄上の獲物だ。この場では見過ごしやる。感謝するんだな」
「ふざけるな。こっちだってお前をずっと探していたんだ。ここで会ったが百年目、いつまでも逃げられると思うなよ」
睨みを利かせると、マルバスは鼻を鳴らした。
「顔を見せるまで私の正体に気づきもしなかった木偶のわりに、舌がよく回るじゃないか」
「ぐ……⁉」
痛いところを突かれて言い淀むと、「はは」とイビが笑い出して間に割って入ってくる。
マルバスは興が削がれたのか、薙刀の刃先を逸らしてそっぽを向いてしまった。
「これは一本取られたな、リッド。てめぇの愛称は悪役主人公【ダークヒーロー】から木偶に変更だぜ」
「イビ、ふざけないでくれるかな?」
怒りの感情を抑えながら笑顔で答えると、彼女は僕に近寄って耳打ちをしてきた。
「お前が最初に言っただろ。あたし達が門番を倒せたのは三人が協力したからだぜ。さっきのクソ蝶の口ぶりからして、もう戦力増は望み薄だ。感情にまかせてこの状況が客観的に見れねぇってんなら、本当に木偶だってことだよ」
「それは……」
イビの言っていることは正論だ。
マルバスとエルバ達がバルディアにしたことは絶対に許せない。
ただ、この場を乗り切って牢宮を脱出するためには、客観的に見て彼の力が必要だ。
感情を殺してでも。
冷静になるんだ、リッド・バルディア。
僕が最優先ですべきことはなんだ。
この場で出会ったマルバス・グランドークを倒すことなのか。
いや、違う。
僕が最優先しなければならないことは、牢宮の最下層に辿り着いて家族の待つ地上、バルディアに帰ることだ。
そのためにマルバスの力は……必要だ。
昂ぶった感情を押さえ込むために考えを巡らせると、僕は深呼吸をしながら構えを解いた。
「……そうだね、わかったよ」
「さすが悪役主人公だ。リッドが頭のかてぇ勧善懲悪主人公【ヒーロー】じゃなくて良かったぜ」
イビが不敵に笑って離れると、僕は顔を背けているマルバスに向かって歩き出す。
こちらの動きに気付くと、彼は薙刀の刃先を突きつけてくる。
僕は動じることなく、彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「木偶が、何の真似だ」
「矢をつがえたことを謝罪するよ。だから、改めて牢宮攻略に協力してほしい」
「同じ事を言わせるな。私はお前達と手を組むつもりは……」
「君がさっき言った私用だけど、多分誰かを助けにきたんじゃないのかな」
僕が目を細めて言葉を被せると、マルバスは眉をぴくりとさせて顔を顰めた。
「……なんのことだ」
「簡単な推察だよ。マルバス、君が本気を出したならあの門番は一人でも倒せたはずだ。でも、それをしなかった……ということは君は知っていたんだよ。門番の存在が牢宮に迷い込んだ何者かであると、ね」
彼は何も返事をしてこないけど、この反応こそが答えだ。
僕はにこりとしたまま続けた。
「下手な倒し方をすれば、門番にされた人物が死んでしまう可能性を考えていたんじゃないかな。多分、フェイと友達になった時にこう言われたんじゃない。『君の求めているものは門番になっている』とか、何とか」
「おい、悪役主人公。どうしてそんなことがわかるんだよ」
質問をしてきたのは、首を捻っているイビだ。
「倒せるはずなのに倒さない。マルバスの実力なら牛鬼の腕や足に傷があってもおかしくなかったのに、ほぼ無傷だったでしょ。攻撃することをためらっていたんだよ。でも、一方で僕達の攻撃手段には協力してくれた。つまり、彼は探していたのさ、門番を人に戻す方法をね」
僕がそう告げると、どこからともなく可愛らしい笑い声が聞こえてきた。




