勝者と敗者
「グゥオオオオオオオ⁉」
牛鬼は僕の魔衝一蹴撃【ましょういっしゅうげき】を両手で受けるも、衝撃に耐えきることができず、その場で背中から勢いよく花畑の中に倒れ込んだ。
地響きが轟き、土煙が立ち上がって花弁が舞い散る中、僕はにやりと笑った。
魔衝一蹴撃は、第二騎士団所属兎人族オヴェリア、馬人族マリスの足技から着想を得て、僕なりに研究、開発した技だ。
仕組みは簡単で、オヴェリアやマリスの持つ獣人族特有の高い身体能力で繰り出す速度を、身体強化と風の属性魔法で補い、魔障壁を展開したまま一撃を放つことで威力を再現している。
とはいえ、仕組みは簡単でも、それを実際に行うとなれば相当な創意工夫と練習が必要だったのは言うまでもない。
特に緻密な魔力調整が必要としたのが、体の一部分だけに強力な魔障壁を纏わせることに慣れるのは相当な鍛錬を要している。
その分、僕が使う技の中でもかなりの威力を誇るけどね。
「おぉ、すげぇな。やっぱ、リッドは木偶坊じゃなくて悪役主人公【ダークヒーロー】だったってことか」
空で一部始終を見ていたイビの勝ち気で楽しげな声が響くも、僕は「まだ、終わりじゃないよ」と叫び、手の中に溜め込んでいた魔力を解放して頭上に巨大な水の球体を作り出す。
ここまでの大きさで水の球体を操るのは、獣人族の皆と鉢巻戦をした以来だ。
「さぁ、土にまみれたその体。綺麗にしてあげるよ」
僕が腕を振りかざすと、牛鬼に向かって水の球体が落ちていく。
球体の大きさは、牛鬼を包み込んでも余りあるほど巨大だ。
水の中に飲み込まれた相手には、為す術はない。
「グゥゥウウ、グァアアアアアア⁉」
牛鬼は落ちてくる水球を目の当たりにするも、たじろぐことはなく怒気の籠もった雄叫びを上げて立ち上がる。
次いで、腰に刺していた二本の剣を抜いて肩に構え、落ちてくる水球に向けて横一閃を繰り出した。
空を切る音が牢宮に響きわたり、水球は牛鬼の斬撃で真っ二つとなる。
僕の制御を失い、勢いを失った大量の水が力なく牛鬼の体にぶつかって辺り一面、滝のように降り注ぐ。
「な……⁉」
「グガァアアアアア」
想像以上の鋭い斬撃に僕は驚きの表情を浮かべると、牛鬼は目をにやりと細めて勝ち誇ったように雄叫びを上げた。
「ふ、ふふ……」
僕はその様子に口元を緩めると、再び魔力を込めていた右手を牛鬼に向けてかざした。
「残念だけど、それは最低の悪手なんだよね。その顔を凍り付かせてあげよう、氷槍【ヒョウソウ】」
水色で冷気を纏った極太の氷の槍を放つと、牛鬼は両手に持つ剣を重ねて防御態勢を取った。
ただ、その防御は何の意味も成さない。
「ガァ、ガァアアアアア⁉」
悲痛な牛鬼の叫び声が轟く。
それもそのはず、僕が放った氷槍は剣に命中するだけに留まらず、先程の水球でずぶ濡れになった牛鬼の体を氷で覆い始めたからだ。
牛鬼は必死に体を動かし、氷から逃れようとするも、辺り一面は水浸しだ。
その全てが氷槍によって凍てつき、間もなく牛鬼の体全体に霜がつき、足は氷に覆われて完全に動きが止まった。
「今が好機だよ。奴の胸元にある丸玉に、皆で一斉攻撃するんだ」
「貴様に言わるまでもない」
僕が叫ぶとほぼ同時に、薙刀戦士は薙刀にゆらりと揺らめく焔を纏わせて勢いよく跳躍した。
「はは、良いねぇ。凍てつかせて止めを刺せってのは良い考えだぜ」
空を見上げると、両腕を組んで空で仁王立ちをしていたイビが笑みを浮かべていた。
彼女は組んでいた腕を解き放って空中でバク中すると、全身に雷を迸らせて蹴りの体勢を繰り出し、凄まじい速度で雷鳴を轟かせながら牛鬼目掛けて急降下していく。
二人に負けじと、僕は身体強化・烈火と魔法を併用し、爆発的な勢いで跳躍する。
そして、牢宮で拾った剣を手に持ち魔力付与を施した。
「狐火一閃【きつねびいっせん】」
「轟雷脚【ごうらいきゃく】」
「魔突翔一点集中【まとつしょういってんしゅうちゅう】」
薙刀戦士が焔を纏った斬撃。
はるか上空から雷を纏って急降下してきたイビの蹴り。
僕の身体強化と魔法を併用して魔力付与を施した剣の刺突。
僕達が繰り出した斬撃、打撃、刺突が、凍てつき動きのとれなくなった牛鬼の胸元で光る翡翠色の丸玉にほぼ同時に直撃した。
その瞬間、硝子がぶつかり合ったような甲高い音が響きわたり、魔波による突風が竜巻の如く渦を巻くように吹き荒れた。
「ウガァアアアアアアア⁉」
牛鬼が断末魔の如く大声を発した次の瞬間、翡翠の丸玉が『ピシリ』と罅が深くなったと思いきや、硝子が割れたような音を発して砕け散った。
ただし、僕の持っていた剣も剣身が粉々に砕け散ってしまう。
咄嗟に剣による刺突を繰り出したのは、衝撃の種類を増やすためだ。
斬撃、打撃が効かなくても、刺突が効くということもあるからね。
砕け散るのを承知で繰り出したから、この結果はしょうがない。
「よし、これで僕らの勝ちだ」
「良い見せ場だったぜ。悪役主人公【ダークヒーロー】」
「……私を貴様らの頭数に入れるな」
イビは口元を歪めてけらけら笑い、薙刀戦士は冷淡に吐き捨てた。
勝利を確信して各々で飛び退くと、牛鬼の体は魔力と思われる光の粒となって霧散していく。
念のため身構えていると、光の中から人影が現れて地面に力なく倒れ込んだ。
「な……⁉」
呆気に取られつつも、僕は二人と目配せして倒れた人物のもとに歩み寄っていく。
近くで見ると、その人物は冒険者らしい格好をした牛人族で妙齢の女性だった。
牛人族らしく、包容力が凄まじいというか、とても母性的な体つきをしている。
「えっと、大丈夫ですか?」
「う、ううん。お腹いっぱいご飯が食べたいよぉ……」
僕が声を掛けると、寝言が返ってきた。
何やら悪夢でも見ているらしい。
魘されてはいるけど、ちゃんと生きているようだ。
「いやぁ、君達。素晴らしい戦いぶりだったよ」
背後から突然、拍手とわざとらしい程に可愛らしい声が聞こえてきた。
僕達は一斉に振り向き、息が揃ったように妖精のような『彼』を睨みながら身構え、凄んだ。
「出やがったな、クソ蝶が」
「……」
イビは悪態を突くも、薙刀戦士は何も言わずに睨みを利かせている。
「フェイ。君が出てきたと言うことは、この慈愛とかいう第一階層は攻略したということで良いんだね」
「もちろんだよ、リッド」
彼は僕達から殺気を込めた眼差しを向けられても、たじろぐ気配はまったくない。
「でも、ちょっと君達は強すぎだね。慈愛の門番が、ここまで一方的に倒されるなんて予想もしてなかったよ」
「はは、さぞ、ご自慢の門番だったろうに。ざまねぇな」
「……無意味に挑発をするな。こいつは見た目こそふざけているが、実力は計り知れんのだぞ」
イビが煽るように告げると、薙刀戦士がすっと薙刀の柄を前に出して制止した。
「ふふ、だけどイビちゃんの言うとおりだよ。だから、ちょっと約束を変更させてもらおうと思ってね」
「約束を変更……?」
僕達が訝しむ中で彼が指を鳴らしたその時、背後で意識を失ったままの牛人族の女性が牢宮の地面へ沈み始めた。
「な……⁉」
僕は目を見開くと、フェイを睨んだ。
「彼女をどうするつもりだ」
「どうもしないよ。彼女は君達と同じでね、僕と遊戯をして負けた子なんだ。本当は門番を倒したご褒美に、君達と同行させようと思っていたんだけどね。リッド達が強すぎて一方になりそうだから、彼女は退場だ」
「そんなことはさせない」
咄嗟に助けようとするも、唐突に太い幹で高さのある花が咲き乱れて行く手を阻まれた。
「く……⁉ 君、目を覚ませ。手を掴むんだ」
必死に花の隙間から手を伸ばすも、「ご飯食べたい……」と言い残し、彼女は牢宮に飲み込まれて消えてしまった。
「安心して、リッド。彼女は僕とここでずっと過ごすことになった友達なんだ。決して死ぬことはないから」
「……それはつまり、僕達も遊戯に敗北すれば、彼女と同じ末路を辿るということだね」
眉を顰めて聞き返すと、フェイはにこりと目を細めて口元を歪めた。
「だから言ったでしょ。僕の友達になってもらうよってね」




