第九章 白鳥の歌 場面四 永遠の都(七)
無様だったと思う。こんな筈ではなかったのに。いくつもの死を見送ってきた。心の準備も、十分に出来ていたはずだったのに。
ティベリウスとの対面を終えてから、アウグストゥスの不例はようやく公にされた。それからアウグストゥスが永眠するまで、二日しかなかった。それでも多くの人々がノラの町へと駆けつけた。アウグストゥスは執政官格の人々とは一人ずつ短い挨拶を交わし、それ以外の人々には、寝台を広い客間に移した上で、一度に対面した。泰然自若として迎えたその穏やかな死は、長く人々の間で語り継がれることになった。
「わたしはこの人生という喜劇で、与えられた役を中々見事に演じきったとは思わないか。されば、ここにお集まり下さった心優しき人々よ、どうか拍手喝采をもってわたしを送っていただきたい」
室内は拍手と、すすり泣きの声に満ちた。
そして皆が退室してから間もなく、ごく僅かな近しい人々が見守る中、アウグストゥスは静かに息を引き取った。五十二年間連れ添った最愛の妻、リウィアの腕に抱かれ、眠りに落ちるように安らかに眼を閉じた。
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建国暦七六六年(紀元十四年)八月十九日、イムペラトル・ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス、ノラの地にて永眠。七十六年と十一か月の、波乱に満ちた生涯だった。