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第九章 白鳥の歌 場面四 永遠の都(五)

 ふと、アウグストゥスの大きな眸がティベリウスを見た。養父は小さく笑う。

「………何て顔をしている」

「は―――」

 ティベリウスはその言葉に狼狽した。平静なつもりでいた。普段と変わらずに。アウグストゥスは眼を閉じた。

「死にゆく者からの挨拶はこれで終わりだ、ティベリウス。後はそなたの話を聞こう。最後の機会だぞ。恨みつらみでも、何でもよい。舞台を去る役者へ、どうか(はなむけ)の言葉を贈っておくれ」

 そのまま、長い沈黙がある。呼吸の音さえ聞こえそうな静寂が、室内を支配した。遠くで鳥が鳴く。

 アウグストゥス。

 アウグストゥス。

 ティベリウスは口を開こうとした。ローマに捧げられた七十六年の生涯を称え、その奉仕を労わり、責任を引き受ける言葉を口にしようと。それは息子であり後継者であるティベリウスの義務だった。だが、ティベリウスは黙り込んだままだった。

 言葉、が―――

 アウグストゥスは眼を閉じたまま、からかう口調で言った。

「何だ、何もないのか」

 眼を開き、再びティベリウスを見る。特有の大きく澄んだ灰色の眸が、静かに穏やかに光を放っている。

「わたしは野次も賞賛も拍手もなく、一人淋しく生まれたところへ戻るのか」

 養父は小さく笑う。

 言葉が出てこない。こんな筈ではなかった。こんな筈では。正直、今まで(ながら)えたのが不思議なほどなのだ。いつ亡くなってもおかしくはなかったし、アウグストゥスもティベリウスも、口には出さないまでも互いに同じ気持ちで、アウグストゥスの死後のことを一つ一つ整えてきた。ティベリウスがユリウス・カエサルとなって既に十年が過ぎている。むしろ、予想外に時間はあった。なのに―――

 アウグストゥスの手を握ったままだった手がじっとりと汗ばんでくるのが判って、ティベリウスは養父の手を寝台の上に置き、見つめてくる眸から目を逸らした。

 アウグストゥス。

 再び、長い沈黙がある。

「………ティベリウス」

 アウグストゥスが言った。

「わたしを起こしておくれ」

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