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第九章 白鳥の歌 場面四 永遠の都(三)

「まだ九歳のそなたを引き取ったとき、こんなに無口な子供がいてもいいものかと思った。常に礼儀正しく、決してハメをはずすこともなく、ほとんど笑うこともなく、遊びの輪にも加わらずにいつも淡々と勉学や読書に励んでいた。まるで小さな大人で、手がかからないのはいいが、どうしたら喜ぶのか、どうしたいのか、さっぱり見当がつかなかった。

 ドゥルーススは、わたしの小さな助言者だったのだよ。ことそなたに関する限り、リウィアよりも頼りになった。あれは幼い頃からまるで主人に懐く大きな犬とでもいった様子で、そなたを慕い、またそなたに従っていた。尻にふさふさとした立派な尻尾でもついているように思えたものだ。あれの心は手に取るように判った。嬉しければはちきれんばかりに尻尾を振って跳ね回り、落ち込めばシュンとなる。怒れば吼える。長じてからも、わたしにはあれの尻に尻尾が見えた」

「ええ―――」

 ティベリウスは同意した。アウグストゥスは微笑を浮かべる。

「見えたか、そなたにも」

「はい」

 ドゥルースス。わたしの幸福。誇り高く心優しい、わたしの半身―――

「アグリッパが死に、ドゥルーススが死んでからは、そなたがこの国の唯一の守護者となった。わたしは当たり前のようにそれをそなたに求めた。そなたも愚痴一つ言わずに務めを果たした。そなたは一度たりともわたしに逆らったことはなかったな、ティベリウス。ただの一度もだ。そなたがロードス島に引っ込んだ、あのときまでは」

 ふっと言葉が途切れる。だがアウグストゥスは再び言葉を継いだ。

「そなたが東方での任務を拒否したとき、わたしは怒りの余り気も狂わんばかりだった。育ててやった恩も忘れ、わたしの信頼を踏みにじり、総司令官として、元老院議員としての義務を放棄し、母も妻も子も捨ててローマを去るなど、この男は一体何を考えているのかと―――あれほどなりふり構わず怒ったことは、後にも先にもあの時きりだ。いくら考えても判らなかった。しばらくの間、わたしはそなたの名前さえ耳にしたくなかった。皆、腫れ物に触るようだったよ。

 七年の空白を経てそなたが戻ってきてからも、わたしはまだそなたを赦してはいなかった。ルキウスとガイウスが死に、そなたを後継者に迎えたときでさえ、わたしはそれをローマのために果たすべき義務だと思ってそうした。そなたとて同様だったろう。そなたは国のためにクラウディウスを捨てた」

 そこで、アウグストゥスはしばらく黙り込んだ。薄い(しとね)が呼吸に合わせてゆっくりと上下するほかは、時間が止まったかのように何一つ動かない。静かだった。

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