第九章 白鳥の歌 場面四 永遠の都(一)
ティベリウスは馬を下りた。ローマからの随人の一人が玄関大広間でティベリウスを迎え、アウグストゥスにはずっとリウィアが付き添っていると言った。邸は日常と変わらぬ様子で、それもリウィアの命なのだという。アウグストゥスの不例も公けにされてはおらず、よくある体調不良だとして、安静を口実に見舞いも一切断っているのだそうだ。
ティベリウスは寝室に案内された。到着を聞いて出てきたのだろう、リウィアが扉の前で息子を待っていた。
「母上」
リウィアは少しやつれた様子で、ティベリウスを見つめた。
「ずっと、お前を呼んでいたわ。目を覚ますたびに、お前はまだかって」
ティベリウスは母を軽く抱擁する。
「少し休んで下さい」
「そうするわ」
ティベリウスは扉を開け、中へ入った。アウグストゥスは眠っているように眼を閉じていたが、ティベリウスが傍らの椅子に掛けると、気配を感じたのかすぐに目を開けた。
「アウグストゥス?」
アウグストゥスが大きく息を吐き出したのが判る。
「やっと来たか」
「遅くなりました」
「リウィアは下がったか」
「はい」
アウグストゥスは頷く。
「全員下がらせろ。奴隷も一人残らずだ」
ティベリウスは言われたとおりにした。人の気配がなくなると、部屋の中は急に閑散とする。夏とはいえ、邸内は意外に涼しい。馬を駆ってきた汗が引いてゆくようだった。