第九章 白鳥の歌 場面三 最後の旅(一)
アウグストゥスがリウィアやティベリウスを伴ってローマを発ったのは、七月に入ってからのことだった。ティベリウスが親衛隊長官に抜擢したアエリウス・セイヤヌスも同行している。セイヤヌスは、父親とともにその地位についていた。
旅の目的は一応八月一日にネアポリスで行われる総合体育祭を観戦することとなっていたが、その前後を海辺の町を回りながらのんびりと過ごす予定だった。
アッピア街道を南下し、途中の港から船でティレニア海に出た。アウグストゥスは終始上機嫌で、真っ青な海と空を眺め、潮風を感じ、日差しが身体に障るからとリウィアが中へ入るよう促しても中々聞き入れなかった。甲板に簡素な寝椅子を置き、リウィアと寄り添って夕日を眺めた。あるいは波に揺れる甲板で、おどけた声を上げながらサイコロ遊びに興じた。
ティベリウスはローマ本土の大地を遠く眺めながら、この場にアントニアやドゥルーススがいないことを少し残念に思った。アウグストゥスとティベリウス、そしてドゥルーススが三人そろってローマを留守にすることはまず考えられなかったし、加えてドゥルーススは「予定執政官」―――すなわち、来年度の執政官でもある。基本的には首都に在住する義務がある。
アントニアはドゥルーススの息子の体調が優れないこともあり、リウィッラと共に首都に残ると言った。リウィッラは五年前に女児ユリアを、そして昨年長男ガイウスを産んだ。あの息子も、二児の父になったのだ。