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第九章 白鳥の歌 場面二 孫との対面(三)

「母上」

 ティベリウスは言った。

「もしもアウグストゥスがポストゥムスに直接会った上で彼を呼び戻すというなら、わたしは養父の願いに従うつもりです。ですが、それによって国の危機を招くつもりもなければ、ゲルマニクスやドゥルーススの立場を危うくするつもりも毛頭ありません。アウグストゥスとて、それは同じ気持ちだとわたしは確信しています。どうか、あなたの夫と息子とを信じて下さいませんか」

 リウィアはティベリウスを睨みつけた。

「お前をアウグストゥスの後継者とすることに、わたしがどれだけ苦労したと思っているの? ロードス島から戻れたのは一体誰のおかげ? わたしはいつだってお前のためを思って言っているのよ。それをお前は少しも理解しようとしない。

 はっきり言って欲しい? アウグストゥスはお前を嫌っているわ。お前はわがままで高慢で、少しも人と打ち解けようとしない、何を考えているのかさっぱり理解できないって、アウグストゥスはわたしにこぼしたわ。証拠が欲しければいくらでも出してあげる。あの人の手紙を、元老院で朗読させましょうか? そうして欲しい? ドゥルーススさえ生きていれば、お前はアウグストゥスの後継者になんて絶対になれなかった。わたしの口添えがなければ、お前はあのまま流罪人のように島で朽ち果てていたのよ。それを―――」

 ティベリウスは黙っていた。怒りの余り言葉が止まらなくなってしまった女を前に、大抵の男がそうするように。他にどうしようがあったろう? だが、女の言葉というのは、感情的で直感的であるがゆえに、時折人を深く傷つける。この母には、そのことが判っているのだろうか。一体幾度、この母はティベリウスの性格や振る舞いを面前で悪し様に罵ったことだろう。そして一言も反論することのなかった息子が、それにどれだけ傷つけられてきたことか。

 確かにティベリウスとアウグストゥスとの関係は、ドゥルーススとアウグストゥスほどにうまくいってはいなかった。それでも今こうしてアウグストゥスの息子となっているのはティベリウスであり、そしてティベリウスは、養父に信頼されるだけの働きをしてきたつもりでいる。だが、好悪の情というのは(ことわり)の問題ではない。それは、確かに痛いところを突いていた。いかに無能であろうと、アウグストゥスが愛したのは孫のガイウスやルキウスであり、明るく開放的なドゥルーススであった、と認めざるを得ない。リウィアは意識してはいなくても、ティベリウスにその事実を思い出させるのだ。

 ティベリウスは養父に必要とされ、信頼され、賞賛された。だが愛されているか、と問われれば、正直なところそれは判らなかった。リウィアの言うとおり、アウグストゥスは、内心ではこの養子を嫌っているのかもしれない。元々水と油といってもいいほど性格が違うのだ。

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