第八章 テウトブルクの森 場面三 ゲルマニア(四)
更にティベリウスは、アウグストゥスも、神君さえも知らなかったものを知っている。すなわち、アルビス河だ。レーヌス河、ダーウィヌス河、そしてアルビス河の三つの流れを、ティベリウスはこの目で見て知っているのだ。アルビス河は、防衛線としてレーヌス河に代わり得るだろうか?
アウグストゥスにとって、レーヌス河もアルビス河も、地図上の一本の線に過ぎない。だが、ティベリウスにとってはそれぞれが戦役の中で活用すべき、個性を持つ生きた流れであったのだ。
アルビス河は、レーヌス河に代わり得るか。
その答えは、明確に「否」だった。アルビス河は、ダーウィヌス河やレーヌス河のように、悠々たる大河ではない。これを防衛線とするなら、それを守ることは今以上に困難になる。アルビス河の向こうには、スエビ族の母族セムノーネス族を始め、多数のゲルマンの部族が住んでいる。
また、ガリア統治の問題もある。いかに現在は平穏であるとはいえ、アルビス河からでは遠すぎて、ガリアの諸属州のコントロールがきかない。ゲルマニアが現在のガリアのレベルにまでローマ化されたと仮定したとしても、レーヌス河から軍団を撤退させるわけにはいかないのだ。
すなわち―――
どこか遠くで、狼の遠吠えが聴こえた。時刻は既に夜二時(午後八時頃)を回っている。ティベリウスは従者に灯りを持たせ、護衛の兵を一人だけ連れて司令官宿舎を出た。ローマではようやく秋に入ったばかりだが、ここ北の国境の空気は既に季節も深まった頃のものだった。少し肌寒い中、ティベリウスは基地内を見て回った。