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第八章 テウトブルクの森 場面二 アルミニウス(二)

 ウァルスは、女子供から奴隷まで引きつれ、あたかも物見遊山をするかのようにゲルマニアを見て回った。それ自体、既に責められてしかるべき振る舞いだ。ウァルスは、アルミニウスとセゲステスという二人の首謀者の姦計を全く見抜けなかった。彼らの部族の動きがおかしいと、忠告した者は何名もいたのだ。だが、ウァルスはアルミニウスを信頼しきっており、彼を疑うなど考えもしなかった。

 ティベリウスは惨劇をもたらしたこの男を知っている。アルミニウスはケルスキ族の王族の出身で、ローマ軍に参加して頭角を現した人物だった。年齢は、まだ二十代半ばといったところだ。最初は補助部隊に入っていたが、有能だったために間もなくローマ市民権を与えられ、軍団兵となった。パンノニアの反乱の初期には騎兵隊を指揮している。

 父の死によってゲルマニアへ戻り、紀元七年にゲルマニアの総督となったウァルスの取り巻きの一人になった。二年ほど前のことだ。彼の弟フラウスは、今もローマ軍団の一員だ。

 アルミニウスは、慎重に狡猾に作戦を練った。まず夏季陣営にいたウァルスに、レーヌス河近くで小規模な反乱が起こっていると嘘の情報を与え、更に自分たちが案内と警護を務めるからと安心させてから、道なき道へ誘い込んだのだ。大量の物資と非戦闘員を連れた三万五千の人々が、昼なお暗く深い森に、細く長い列を作った。これだけでも、ひょっとすると全滅作戦を実行に移せたかもしれない。だが、アルミニウスは更に待った。

 何を待ったか。この季節に特有の長雨を待ったのだ。そしてその日は来た。激しい雨と風、耳をつんざく雷の音がローマ兵を襲い、深い森は更に暗さを増した。足元はぬかるみ、車は進めることが出来なくなり、長い列はあちこちで分断された。視界もきかない中、人々の怒号が飛び交う隊列に、地勢を知り尽くしたゲルマン人の兵士たちが襲い掛かった。

 軍団兵たちは、絶望的な状況の中、それでもすぐには諦めなかった。彼らは三日間、敵の猛攻に耐え、前進を続けた。一日目の夜が来る前には、雨に打たれながらも陣地を築いた。翌朝には戦闘に必要なもの以外の物資を焼き、戦闘態勢をとって進軍した。その日もどうにか持ちこたえ、陣を築いた。だが、もはや陣を囲む堡塁さえ形成する力はなかったという。

 そして三日目、罠にはまった獲物の臭いを嗅ぎつけたゲルマン人が、戦利品目当てで各地から群がってきた。森に響く不気味な歌に、彼らの絶望も頂点に達しただろう。決死の覚悟で包囲網突破を試みた騎兵隊。敵の手に渡すよりはと、沼地に身を投じた旗手。長剣を握り、単身彼らの中へ突っ込んでいった者。互いに刺し違えて死を選んだ者、我が身に剣を突き立てた者………。男は恋人を殺し、母親は子供を殺し、奴隷は主人を殺した。ウァルスは剣による自死を選び、これを知った兵たちは次々に我が手で首や喉を突いた。生きて敵の手に捕らえられた者は、ある者はその場で生きたまま樹に打ち付けられ、ある者は後に彼らが築いた祭壇で犠牲に供された。

 数人の将校たちはそれでもウァルスの死体を辱めから守るため、混乱のさなか、彼の死体を焼こうとした。だが、もはや敵はそんな余裕を与えはしなかった。ウァルスの死体はまるで罪人同様の半焼きのまま、アルミニウスの前に引きずりだされた。彼はその首を切り離し、胴はめった切りにして血塗れの剣を誇らしげに掲げた。そしてその首を、マロブドゥスへ共闘の呼びかけと共に送ったのだ。



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