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第八章 テウトブルクの森 場面一 ウァルスの悲劇(五)

 ウァルスがゲルマニア総督に選ばれたことは、ティベリウスとて当然知っていた。ウァルスはアウグストゥスのお気に入りで、親戚でもある。オクタウィアが最初の結婚でもうけたマルケッラ姉妹のうち、姉はアグリッパ将軍と、妹はメッサラという貴族と結婚し、それぞれ娘をもうけた。最初アグリッパの娘と結婚し、彼女が死んだ後はメッサラの娘、クラウディア・プルクラと結婚したのがウァルスだ。アグリッパの死の際には弔辞も読んでいる。無能とまでは言わないし、属州統治の経験も長い。だが持っているのは実力というよりも洗練された社交術であるウァルスは、文明国であるシュリアやアフリカの総督には適役でも、ゲルマニアの総督は務まらない。農耕よりも狩猟を、通商よりはむしろ略奪を生業とするとさえいっていい彼らを従わせるには、その気になれば彼らを叩き潰せるだけの実力を持っていると認めさせ、一目置かれる存在であることが絶対に必要なのだ。

 だが、ティベリウスもそれを直言することを憚ってしまったのだ。十五年前のように、ゲルマニアはまだ戦場であるとあくまで主張することも、アウグストゥスお気に入りのウァルスには、ゲルマニアの総督は務まらないと主張することも。パンノニアの戦役に忙殺されていたことを、言い訳にすることは出来ない。アウグストゥスが現地を知らないがゆえに誤りを犯したのならば、ゲルマニアを知り、レーヌス軍団を指揮していたティベリウスこそ、何をおいてもそれを諫止しなければならなかった。それはティベリウスの責務であったはずだ。それを怠ったために、三万五千人が犠牲になったのだ。

「アウグストゥス」

 ティベリウスは養父を抱いたまま言った。

「わたしをレーヌス軍団へ派遣して下さい。あなたの許しさえあれば、明日にでも出発します」

「………」

「レーヌス軍団は、我がローマの軍団の中でも精鋭中の精鋭です。逆境にあっても、易々とガリアや本国へ敵の侵入を許すようなことはありえない。わたしに指揮を執らせて下さい」

 長い沈黙の末、アウグストゥスはようやく顔を上げる。

「お任せ下さいますね」

「行ってくれ、ティベリウス。イリュリクムを平定したばかりのそなたに頼むのは心苦しい。だが、そなたしかおらぬ。どうか彼らのもとへ行き、彼らに力と誇りとを取り戻してくれ」

「はい」

 ティベリウスはきっぱりと言った。彼らに力と誇りとを取り戻してくれ―――それ以外に、一切指示はなかった。ティベリウスは翌朝、ごく僅かな親衛隊兵たちのみを率いてゲルマニアへと発った。

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