第八章 テウトブルクの森 場面一 ウァルスの悲劇(四)
「ティベリウス………!」
私室に入ると、アウグストゥスはすぐに歩み寄ってきた。ティベリウスの両手を取り、すがる眸で背の高い息子を見つめる。
「ティベリウス、ああ―――」
ティベリウスは養父を抱いた。養父はまるで言うべき言葉を失ったかのように、ただティベリウス、ティベリウス、と繰り返した。
「アウグストゥス」
「わたしが悪かった、ティベリウス………。わたしの間違いだ………」
アウグストゥスが言った。ティベリウスは養父の背を撫でる。
「わたしがついています、養父上」
ティベリウスは養父を抱いたまま、ドゥルーススとゲルマニクスに退室するように言った。二人は黙って部屋を後にした。
『アウグストゥス、ゲルマニアは戦場です。まだシュリアやエジプトのように属州ではありません』
この第一人者と対立した挙句、ロードス島に引きこもる際に、ティベリウスはそう言ったのだ。
『ゲルマニアの森が、わたしの兵たちの血で染まるのを、わたしは彼らの総司令官として断じて見過ごせない』
十五年前、ティベリウスはアウグストゥスに言った。そして九年を経てローマに戻り、二年間をゲルマニアの再制圧に費やした。ティベリウスは、それでゲルマニア制圧が完了したと思っていたわけではない。本来ならば、ティベリウスはこの三年間を、イリュリクムではなくゲルマニアに費やしていたはずだったのだ。制圧した人間が、その地の戦後処理を担当するのがローマの伝統だ。現地を知り、現地の人々から認められている者こそが、その役割に最も適していると考えられているからだ。マルコマンニ族を討ち、ゲルマニアを属州化を前提に再編成する。そこまでして初めて、ゲルマニアの制圧を完了させられたはずだった。イリュリクムの反乱の勃発は、ゲルマニアの戦後処理―――正直「戦後」と言えたかどうかも定かではなかったのだが―――を、中途半端なままで終わらせることになってしまった。