第七章 イムペラトル 場面七 イムペラトル(五)
天幕内には、一人だけ入ることを許した。武器は当然預ったが、使者としては丁重に遇した。ティベリウスは椅子に掛け、傍らに副官のアプロニウスと数名の護衛兵を置き、使者と向き合った。まだ若い男はスケウアスという名で、バトの息子だという。三十歳そこそこだろう。体格はよく、豪華ではないがこざっぱりとした服を身につけた若者は、気圧されまいとするかのように精一杯胸を張っていた。きれいに整えられた髪と髭、意志の強そうな真っ直ぐなまなざしには品位が感じられる。だが、長い戦いから来る疲労は隠しようもなかった。
総司令官の前に立った若者は、天幕に集まった面々が固唾を呑んで見守る中、真っ青な眸でティベリウスを見つめて言った。
「あなたがユリウス・カエサル将軍か」
多少の訛りはあったが、滑らかなラテン語だ。
「そうだ」
「わたしはスケウアス・バト。父の命で来た」
そこで青年はちょっと唇を結ぶ。それから深く息を吸い込み、静かな口調で言った。
「我々一族の降伏を、どうかお許しいただけまいか」
ついにその言葉が発せられた。天幕内に何とも形容しがたい、緊張とも昂揚ともつかぬ空気が満ちる。三年半に及ぶ戦いの果ての言葉だった。
ティベリウスは痛いほどの視線を感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「父君に伝えよ。降伏は認める。まずは父君が一人でここへ来ること、砦の者全員が武器を捨てることが条件だ。期限は日没とする」
「父は一族の者さえ助けてくれるなら、即座に自分の首を差し出すと言っている」
青年の言葉に、ティベリウスは軽い口調で返した。
「首は胴についたままでよい」
天幕内に笑いが起こる。アプロニウスがからかうように言った。
「首だけでは一人では来れまいが」
ティベリウスがちょっと左手を上げると、すぐに静寂が戻る。
「父君にカエサルの言葉を伝えてもらいたい。ローマは血に飢えた殺戮者ではない。我々は多くの同胞を失った。だが、復讐に目がくらみ、武器を捨て恭順を誓った者を無差別に殺すような野蛮人ではない。あなたも我が軍をその目で見たならばすぐに判るはずだ」
ティベリウスは青年を見つめた。
「だが、これだけははっきり言っておく。あなたがたは武器を取ってこの地の秩序を乱し、我が国の一部であるこの属州イリュリクムを荒廃させ、属州マケドニアに侵攻し、我々の友好国トラキア王国を攻撃した。更に再三の降伏勧告を無視し、三年半にも及ぶ無益な抵抗を続け、多くの我々の同胞を殺害した。降伏は認める。だが、無条件での降伏のみ受諾する。一切の留保は認めない」
青年は唇を強く結ぶ。アプロニウスと目線を交わし、ティベリウスはちょっと頷く。アプロニウスは親衛隊兵に向けて言った。
「使者を正門までお送りしろ」
スケウアスは三人の親衛隊兵と共に天幕を出て行った。
「アプロニウス」
「はい」
「すぐに司令官と軍団長を集めてくれ。それから、全軍に待機命令を」
「了解しました」
※