3-11 水晶の中で凍る未来
さてさて、玉樹が倒れたからと言って、勝手に学校を抜け出して授業をサボった私と志佐には、放課後に補習が課せられた。ただ授業を一回休んだだけなのに、ペナルティ重くない?多分、見せしめだろう。放課後になる前に、教頭先生の制止も振り切って学校から抜け出すと、こういう目に遭うんだと。
まあ補習と言っても、サボった授業に関連するプリントを数枚解くだけである。先生だってもう一度授業はやりたくないんだろう。さっさと終わらせちゃおーっと。玉樹を待たせているし。
「普通に分かんない……」
隣の机で志佐が頭を抱えていた。さらにその隣に立っている玉樹が、最大限配慮した呆れ顔を見せている。そして教える、のではなく答えをそのまま口添えしていた。
「おい沓掛、なに答え教えてんだ。自分でやらせなきゃ意味ないだろ」
「えっ、ちょっと」
「が、頑張れー」
「そんな、たまっちゃんんーっ」
たまたま様子を見に来た担任に不正が露呈し、自力でやる羽目になっていた。これは長くなりそうだな……。玉樹は志佐が終わるまで待つだろうから、必然的に待つことになる。席から立ち上がって伸びでもする。教室の後ろの方では、淑乃が紫色の布に覆われた妖しい何かを持って、志佐が解放されるのを待っていた。
「それ何ー?」
「あぁ、これは水晶玉。と言っても、ただのプラスチック製の安物だけどね」
淑乃が紫色の布を取り払うと、透明な球が姿を現した。傷一つなくばっちり透明で、本物の水晶との区別はつかない。ただ重さは違うようで、結構大きいけど片手でも難なく持ち上げられるようだった。
「オカルトな趣味でもあるの?」
「去年の文化祭で占いをしたから、その時に使った小道具。ここに置いてあった」
この空き教室の後ろの方には、机が二つ逆向きに重ねられて敷き詰められていて、淑乃はその中の一つを指さした。
「学校の金で買ったから、私の私物ではないんだけど」
「占いできるの?いがーい」
「何をもって占いができるとするのか知らないけど、少なくとも占術を体系的に学んだことはない」
「つまり……当てずっぽう?」
「一応、根拠は持って予言したわよ」
「実際、評判はどうだったのさ」
「一時期は数人の行列ができるぐらいには繁盛したわ」
「おぉ、それは凄い。というか、なんで占いをやることになったの?」
「自分で出し物を持っていたら、クラスの出し物にはほとんど関わらなくて済むし、当日も戌亥と行動を共にする必要がない。とても合理的でしょ?」
「んー、いかにも洲鎌さんらしいというかなんというか……」
しかし、そんな合理的で真顔な易占家、普通に怖くて人生相談みたいなプライベートな話はしにくそうだけどなぁ。まあ、怖いもの見たさで占ってと試しに頼んでみたら、あっさり承諾してくれた。淑乃は表情を全く崩さず、その紫色の布を被った。やけに大きいし模様が色々入っているかと思えば、ローブだったのか。蝋燭の灯りしかない空間にいたら、雰囲気に気圧されてしまいそうだ。
たまたま二つ、重ねられていない机が並んでいたのでそこに浅く座り、淑乃が手にしている水晶玉を見つめてみる。
「なんか見える?」
「あなたの顔が見えるわ」
「そりゃそうだろうねっ」
「じゃあ占うけど」
「え、私の顔しか見えてないんじゃないの?」
「あなたたちのことは、戌亥から多少聞いているので。特に質問する必要はない」
「えっ、えぇ」
「で、何が聞きたい?」
「シーサーづての情報とか信頼できないけど……。えーっと、じゃあ、幸せになれるかどうかでお願いします」
「結論を言うと、幸せにはなれない」
淑乃は顔色を変えず、特に間を置くこともなくそう言った。たぶん私も、眉一つ動かさなかった。まあ、そうだろうなと思っていたから。知っていることを宣告されるのは、もはや占いなのかは怪しいけど。
「理由は二つ。あなたが目指している幸せは、事後にしか自覚できない。だから、その前に死ぬに決まってる。加えて、渡辺さんは人に流されやすい。そんな人はいっぱいいるけど、その人たちと違うのは、今のあなたはとても狭い世界に生きてる。故に、平均の力で止めることができない」
返す言葉があるはずもなく。特段、人に流されやすいなーと自認して生きてきたわけではないけど、流行りや周囲の人間の好きなものに合わせに行く人間なのは確かだし。死ぬことを止める人もいない。玉樹との約束だって裏を返せば、幸せになれなければ絶対心中するという意味なわけで。玉樹は絶対になあなあにしないだろう。確かに詰んでいる。それにしても、これを玉樹に聞かれてたらまずいな。聞かれてなかったとしても、何を話してたことにしようか……。
「どう?占いに満足していただけた?」
「まあ、概ね」
「それは良かった」
淑乃はさっさとローブを脱ぎ捨てて、プラスチック玉と一緒にその辺の机に置いた。
「ただ、皆にこんなことやってるの?救いの言葉が欲しい人だっていると思うんだけど。占い師って、一種のエンターテイナーじゃん?」
「いや、あなたは事実を突きたてられたそうにしてたから。甘やかしてほしがってる人は、存分に無責任に甘やかしたし、ありもしない全員ハッピーな解決策を求める人には、ありもしない全員ハッピーな解決策を適当に言ってあげた」
「あ、そうなの?」
大丈夫かな、自認と相手からの印象が乖離しているパターンだったりしない?私には、その美しい仏頂面のまま、少し低くて深みがあって、ナレーションのように聞き取りやすい声で、事実を捲し立ててくる淑乃しか想像できないんだけど。
「相手の求めてることをするのには慣れてるから」
「ほんとに合理性のために、文化祭で占いをやったってこと?」
「そう言ってるでしょ」
「そんなこと言ってー。ほんとは楽しんでるんじゃないのー?」
「何を楽しむっていうの?」
「え?んー、なんか人の本性とか、愚かさとか、ままならなさが垣間見えて楽しい、みたいな。馬鹿にするまでは行かないけど、愛しいって思ったりしない?」
「自分の愚かさを語る人間には、笑ってほしいのだろうと推測して、笑ってあげることはあるけど。それが楽しいかと言われると……」
どれだけ目を合わせてみても、淑乃の顔は仮面のように変わらない。例えば私が、本気で笑ってほしいと求めたら、笑ってくれるんだろうか。不思議な人だ。楽しくないけど人を占って、志佐や私たちと一緒に遊びに行って。推測、しているのかな。疲れないのかな。
そうこうしていたら志佐の課題が終わったので、淑乃のことはいったん頭の片隅にしまっておくとして、弾みを付けて机から立ち上がった。そう言えば、淑乃って玉樹と似ている部分あるよね。……全然頭の片隅にしまえてなかった。




