4話 半年+1か月 アラスカ ②
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ナツメです。
あれから数日、ユイの補佐的な仕事に走り回ってます。
……ええ。あれ持ってこれ運んで、それ持ち上げて、の力仕事ですが何か。
ハロルドもグエンおじいちゃんの所に詰めっぱなし。
日常の作業が減るわけじゃないんで、関係した者皆大忙しだ。
そういえば昨日、疲れた顔をしたハロルドに――
「ナツメ―、お前、走るの好き?」
「私パワー型だから持久力はあまり自信ないよ?」
「そうか、分かった」
って聞かれたけど、何だったんだろ?
直接関係してない皆も通信復旧には協力的で、
日常仕事も、できる範囲で融通してくれることになって、
基地全体が協力体制の中――
無線機本体の修理が完全に終わって、無線小屋も使えるようになったころ。
グエンのおじいちゃんから、発電機の改造が終わったから取りに来てくれって言われた。
「ユイー、できたってー!」
「やったぁ! 今いきます!」
今にも踊りだしそうなユイに、何も言わずについていく。
『取りに来て』ってことだから……ねえ。
行く先は、グエンおじいちゃんのアルコール工場以外の巣――共同作業場になってる倉庫。
「よお、ナツメ―」
疲れた顔をしたハロルドに案内されて、中へ入る。
そこには縦横高さ大体2m四方くらいの金属の塊が鎮座していた。
横から伸びてる、どう見ても装甲板か何かみたいな材質の無茶苦茶がっちりしたでっかいクランク状のハンドル……これ、すっごい見覚えある!
重砲用ジャッキの手動ハンドルじゃん!?
何万回回したか……。
「なに、これ……?」
「でか!?」
ユイが後ろでサイズにびっくりしてる。
元の倍以上になってるもんねえ。
「おお、Gấu con、来たか。おやユイも」
目の下にクマを作ったグエンじいちゃんが手を振る。
やっぱり普通に日本語発音できるじゃないですかー!!
「ええと、これが発電機? 元よりずいぶん大きくなったような」
ユイがいぶかしげに尋ねる。
「発電できりゃいいって話だったからな。
動かないエンジンは取っ払って、弾み車とギアで出力出るようにしてある。
その代わり一般人に回せる代物じゃなくなったが……Gấu conなら回せるだろ。
ハンドルもちっとやそっとでは折れも曲がりもせんのは実証済みだ」
やっぱりぃぃぃ!?
嫌な予感的中だよぉ!
「ほれ、もってけ」
「そういわれても…」
ユイが私の方を見る。
やっぱりそうだよねえ……
「……はーい」
ちゃんと下にタイヤが付いてるのが心遣いなのか何なのか。
台車についた鎖を引いたら何とか動いたけど、トンは越えてるよねこれ……
「ナツメ、俺に感謝しろよ?」
「何を?」
えっちらおっちら牽引中の私に、ハロルドが声をかけてくる。
「じいさん、ハンドルと回し車どっちがいいじゃろ?って本気で聞いてきたんだぞ?」
想像する。金属の輪の中で、ひたすら走る自分。
横でセルゲイさんたちが笑いをこらえ……あ、爆笑してる。
ハロルド、あんたもか。
「はろるどー、ありがとぉぉぉぉ!!!」
「お前に聞いたとき、走るの好きって言われたら俺も賛成したかもしれないけどな」
ナイスだ、あの時の私!
「これで飯一品はチャラな?」
「あ、それとこれは別」
ご飯は全てに優先されるんだい!
***
発電機も動くようになって……なったんだよねえ。
アンテナの断線もぶちぶち言いながらハロルドが線を交換してくれた。
本体も通信の間だけ立ってればいいからって、廃材で簡易的なのを作ったって聞いてたんだけど……
これ10mくらいあるけど、地面に倒れてるのはなんで?
え、風やなんかで倒れないように、無線使うときだけ私が立てるの?
立てたら固定はできるから頑張れ?
……ハロルドのばかー!!!
今度夕飯全部没収してやるんだから!
一人でレーション齧ってればいいんだ!
発電機だって大きくなっちゃったから無線小屋内に入るスペースがなくて、
毎回私が倉庫から引いてくんだよ?
なんでこの基地最先端の無線機が物理仕様なのさ。
絶対何かおかしい。
科学とはと悩みながらアンテナを立ててロックする私を後目に、
発電機と無線機がケーブルで繋がれた。
いつものメンバーの他にもグエンおじいちゃんを始め手すきな人たちが集まってきてる。
やっぱり気になるんだね。
私が発電機のハンドルの前で待ってると合図が来たから発電開始。
まずは軽く……って重いなこのハンドル!?
経験則からだと1トン以上あるよこれ!!
ふんぬっ!と力を入れて回すと何とか動いて、5回転目くらいから弾みがついたのか楽になった。
なんか楽しくなってきたのでぐんぐんと回しちゃう。
「いいよナツメ、そのまま安定させて!」
室内からユイの声が飛んでくる。
「はー・・・安定ってどうやるのぉぉ!?」
「今の回転ペースをキープ!」
「うえええ!? どのくらいー!?」
ちょっと調子に乗ってたからそこそこきついんですけど!?
「……最低20分!」
「むーりぃぃーーー!!!」
「無理でもやる!」
「ユイの鬼ーー!! 悪魔――!! あいあんびっちー!!」
持久力は自信ないんだってば―!!
自業自得でひーこら言いながらハンドルを回し続ける私をそっちのけで、通信室内は真剣そのものだった。
「どうだ? 動いたか?」
「まって、まだ温まってないから……」
ユイが真剣な顔で無線機を操作する。
真空管が温まるまで数分は要る。
「これがダメなら……」と、ハロルドが神妙な顔でつぶやいた、その直後。
ザーーーーーー
――スピーカーが鳴った。
「動いた!!」
叫ぶセルゲイを制してユイの手がダイヤルを回す。軍用周波数から民間まで、目盛りを1つづつ戻しては進める。
インジケーターの針がフラフラと揺れては戻る。
「捕まえた!」
ユイの宣言と共に針が跳ね上がり、一度止まった。
……が、すぐにわずかに震え出す。
ユイはつまみを数ミリ戻すと、
そこで、ようやく針が落ち着いた。
「ジッ、ジッ、ジジッ、ジ――」
皆の期待の中、スピーカーからはノイズだけが流れ始めた。
「ノイズ?」
「強度は十分、同調も中央、受信はできてるはずだ。何でノイズなんだ?」
ハロルドが力なくつぶやいた。
ユイは真剣な顔で受信機を調整しているが、
ノイズは相変わらずノイズのまま。
「動くのはわかったんだ、一旦ここまでにして機材の見直しをしたほうがいいんじゃないか?」
グエンおじいちゃんの声に皆が同調する。
「ナツメ、一旦発電中止―!」
「はぁぁ~~いぃぃ」
よかった、ほんとに限界だった。
ハンドルを放して発電機に寄りかかって座り込む。
私がぐでーっとしてる間に通信室の中ではユイを中心に、皆が一斉にできる範囲で機械のチェックを始めた。
グエンおじいちゃんも手伝ってみても異常なし。
ならばアンテナ線はとチェックしたハロルドも断線ナシの判断。
アース線もセルゲイさんたちがちゃんと地面まで掘って繋いでる。
結論としては機械は完全に動いてるハズ。
「なんで、なんでノイズだけなの……」
ユイが指を組んで親指の爪を噛みながらぶつぶつと零す。
「まあ、落ち着けよ。受信はできたんだ。次の方法もあるって。」
「そうそう。焦るなよ。」
「繋がってないと繋がっただけでも雲泥の差だからさ。」
「そうそう、ここは機械が無事だっただけマシってもんだ」
ハロルドが壁にもたれて言った。
ユイが弾かれたように顔を上げる。
「機械が無事だっただけマシ…… そうよ! 機械が無事じゃないところにも届くようになってるんだ!
ナツメー!」
ユイの声。真剣みが違う。
「はーい?」
「発電再開!すぐ!」
「うえぇぇ!? もう少し休ませてよー!!」
でも上官からの命令あれば即実行。
強化兵ってそういうもんだもん……
重い腕を高カロリー錠剤で無理やり動かして再発電開始。
……軽く言ってくれるけどさ。
ハンドル重いよー!
だれかー!……って無理だよねえ、コンチクショー!!
「電気来ました!」
「落ち着いて、ここで壊したらすべてご破算。焦らないで確実に……」
しばらくするとさっきと同じようにスピーカーからノイズが流れ出す。
「やっぱり変わらねえな」
「ちがう、これ、ノイズが送信されてるの!
……規則性がある! モールス!」
「モールス?」
「え?」
ユイがメモ帳を開き、
軍用符号を一文字ずつ追っていく。
みんな、息をひそめて見守った。
やがて、解読された一文が読み上げられる。
『UNION SECTOR7 FROM NORAD
ANY SURVIVORS REPLY』
外からの「ユイー、まだー? もう限界―!」という悲痛な声を背景に
風の音が、急に大きく聞こえた。
そして――誰かが、小さく言った。
「“ANY SURVIVORS REPLY”……返信を求めてる。 本部は、生きてる!!」
その言葉で、皆が息を止めた。
歓声は、上がらなかった。
誰もが、信じきれずに立ち尽くしていた。
「『ヤツラ』の仕込みじゃないだろうな?」
セルゲイが、ゆっくりと帽子を脱ぐ。
「可能性はゼロじゃない。でも、電波強度が揺れてる。 人間、だと思う」
ヘッドフォンを耳にあてたままのユイが、受電盤から目を離さずに答えた。
ハロルドが壁に手をつく。
「生きてる……?」
誰かが小さく、笑った。
泣きそうな顔で。
でも、まだ。
まだ、確定じゃない。
ユイが叫んだ。
「ナツメー!!」
「あ、やっと終わりー? 本当に限界なんだけどー!」
「あと三分頑張って!!」
「にゃぁぁぁ!? 無理無理無理だってば―――!!限界だよー!!」
「三分!」
「うぅぅぅ……!」
私は半泣きでハンドルを回し続ける。
ぐるぐると回すたび、鉄がうなり、空気が震えた。
ユイはキーに指をかける。
カチ、カチ、カチ――
短く、確実に長短の組み合わせを打ち込んでいく。
『ALASKA BASE. SURVIVORS CONFIRMED.
COFFEE COLD.』
返事は、すぐには来なかった。
スピーカーは、風のようなノイズを吐き続ける。
皆が息を止める。
「ナツメ、絶対止めないで!お願い!!」
「わかってるよぉ!!」
静寂。
ノイズだけが流れる。
長い。
「……ダメか?」
誰かが呟いた、そのとき。
ジ――……ジ、ジ、ジ――
ユイの目が跳ね上がる。
「来た!」
紙に走る鉛筆。
短い。
ユイの手が止まる。
ジ――……ジ、ジ、ジ――
再度ノイズが入る。
今度は少し長い。
全部書き上げたユイがゆっくり、顔を上げた。
眼鏡の下から涙が流れた。
「……WE……
…… WON」
一拍。
ユイはもう一度、紙に視線を落とす。
そして――ほんの少しだけ、口元がゆるんだ。
「……DELIVER HOT COFFEE NOW」
その声は、泣き声みたいに小さかった。
「……人間だよ。間違いない」
誰も動かなかった。
意味が、すぐには飲み込めなかった。
勝った?
我々が?
それから、誰かが小さく言った。
「……終わったってことか?」
ユイが、うなずく。
「……終わった。私たち、勝ったって」
誰も動かなかった。
次の瞬間――
歓声が爆発した。
笑いと泣き声と叫びが入り混じる。
でもその時、そんなのは外で必死に発電機回してる私にはわからなかった。
「なに!? なに!? もういい!? 止めていいの!?」
――そして。
扉が蹴飛ばされたように開いて、中から飛び出してきた歩兵隊に捕まれてそのまま空に放り上げられた。
「にゃぁぁぁ!! だからなに?! 発電は?! 電気!! だれか、だれか説明ぃぃぃい!!」
何だかわからないまま放りあげられ続けて悲鳴を上げる私。
周りで大はしゃぎの歩兵隊。
通信小屋ではしゃぐ皆。
そして――泣いてるユイ。
これが、アラスカ基地が正式に終戦を迎えた瞬間だった。




