16話 戦後一年 北米基地 ④+α
えー、ナツメです。
一週間悩んで、ようやく決めました。というわけで、さっそくユイに報告に来ました。
場所は基地内の訓練室。ユイはルームランナーで走ってます。
「そう、決めたの。どっちにする?」
「解除するよ!」
「そっか」
ユイは走りながら頷いた。
「ナツメの歳だと、まだ成長期かな。ちょっと身長とか伸びちゃうかもね」
「え゛?」
思わずユイの横まで寄った。
「身長、伸びるの?」
「多分ね。固定って言っても、成長を無理やり押さえ込んでるようなもんだから、反動で一気に来るんじゃないかな? 前になんかそんな話聞いたような気がする」
「聞いてないよ!?」
「あれ、知らなかった?」
「知らないよ! 早く言ってよー!! それならこんなに悩まなかったのに!!」
そんな大事なこと、もっと早く教えてほしかった。
「ジョンにも、解除したらどうなるのかとか聞かなかった?」
「……そこまで頭回らないよぉ」
「ほんとは自分で一番に聞かなきゃダメでしょ」
「う……」
何も言い返せない。
ユイはそんな私を横目で見て、ルームランナーの速度を少し落とした。
「まあ、未来は未知数だしね」
「楽しみ!」
「切り替え早っ」
だって伸びるかもしれないんだよ?
「ひょっとしたらユイに勝っちゃうかも!」
ちらっと胸元を見る。
「調子乗んな」
「まだ何も言ってないよ!?」
「目が言ってる」
む。今に見てろ。
そして、解除処置当日。
医務室へ入った私は、入口で足を止めた。
おかしい。どう考えてもおかしい。
解除を選んだみんなは椅子やベッドに座って、注射を打たれたり点滴を受けたりしている。なのに、私の前に用意されていたのは――。
「なんでカプセル!?」
治療用カプセルだった。
ちらっと向こうを見ると、クローディアさんも普通に服を脱いでいた。その隣には、もう一台カプセルが用意されている。
「強化兵の場合、成長に必要な栄養の補給が間に合わなくなる可能性がある」
ジョンは手元の記録票に何かを書き込みながら答えた。
「そんなに伸びるの!?」
「分からん」
「分からないの!?」
「個人差があるからな。念のためだ」
「念のためにカプセルに入れられるの?」
「何かあってからじゃ遅いだろう」
「それはそうだけどぉ……」
まあ、点滴よりはマシか。
私の場合、皮下組織がダイラ……なんとかになってて、素早く動くものは通さない。だから注射や点滴の針も、普通の人みたいにぷすっと刺せないのだ。
ゆっくり、じわじわ押し込まれる。あれが嫌なんだよ。痛いんだよ、あれ!
そう考えるとカプセルでよかった気もしてきた。
中を覗き込む。……いや、やっぱりこれも嫌い。
入ったことは何度もあるけど、どうしても入るときと出るときの、肺の中まで液体が入ってくるあの感じがダメ。なんか気持ち悪い。
「ほら、入れ」
「はあい」
諦めて服を脱ぎ、中へ入った。背中に触れた内壁がひやっと冷たかった。
「そういえばジョン」
「なんだ?」
「なんで普通にお医者さんしてるの?」
「人手不足で駆り出されたんだよ」
「ああ……そっか」
考えてみれば、お医者さんだって足りないんだよね。
「よし」
「あ、待って」
「なんだ?」
「これ、出たとき身長2メートルとかになってないよね?」
「ないといいな」
「あるの!?」
反射的に起き上がろうとした肩を、ジョンに押し戻された。
「冗談だ」
「ジョンが冗談とか初めて聞いたけど、この場ではいらないよー!」
「悪い悪い。じゃ、閉めるぞ」
「はあい」
透明な蓋がゆっくりと降りてくる。
うう。一気に不安になってきた。まあ、ここまで来たらお任せするしかないか。
「じゃあ、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
小さな作動音とともに、蓋が閉じた。
◇ ◇ ◇
「チクショウ! 全滅した!」
何本もの触手が一斉に操作卓を叩いた。
「なんでマザーは一機しか置けないんだよ! 予備が一機あればまだどうにかなっただろ!」
「そりゃお前、複数置けたら圧倒しちゃって競技にならんだろ」
隣にいた昆虫のような生物が、前脚で画面を操作しながら答えた。硬い外骨格に覆われた六本脚の身体に、大きな複眼。
「おのれぇ……!」
「今さら言うなよ」
「分かってるよ。言ってみただけだよ」
「はいはい。マザー喪失。残存兵力ゼロ」
「あーあ」
「ポイント安いからって、マザーからのフルコントロールにするから」
「しょうがないだろ。結構反撃厳しかったんだから。その分、兵力に回したかったんだよ」
「それでマザー落とされて全部停止、と」
「結果論だろ!」
「まあな」
何本かの触手が、ぐったりと操作卓に垂れた。
「本当に一体も動いてないな」
「だから全滅したって言っただろ」
「確認するのが仕事なんだよ」
「分かってるけどさあ……」
昆虫の方が前脚を動かし、戦況記録を遡っていく。やがて、ひとつの数字が画面の中央に表示された。
最高制圧率――八十三パーセント。
「しかし、八十三パーセントか」
「そこまで行ったんだよ。そこまで」
触手の先が数字をぺちぺち叩く。
「普通は七十超えたあたりでヤケになって諦めるんだけどな」
「そこから戻したのか」
「戻したんだよ」
「しかも半導体文明だろ? どうやって穴埋めしたんだ?」
「化学に全振りしやがった」
「マヂか」
「おう」
昆虫の方が別の記録を開く。しばらく画面を眺めたあと、顎が小さく鳴った。
「……マヂだ」
「だから言っただろ」
「どういう文明なんだよ……」
昆虫の方が記録を戻し、前脚を操作卓の上に置いた。
「これで終了判定でいいか?」
「まだ」
「まだ?」
ぐったり垂れていた触手が、何本か持ち上がった。
「再侵攻のタネ、仕込んである」
昆虫の触角がぴたりと止まった。大きな複眼が一斉にそちらを向く。
「いつの間に?」
「残ポイント全部突っ込んだ」
「無茶するなあ」
触角が呆れたように左右へ揺れる。
「残しててもしょうがないだろ」
「で、それが再侵攻につながるのか?」
「半導体文明を知ってる層がまだ残ってるだろ?」
一本の触手が画面を指した。そこには、地上に残された人類の記録が流れている。
「ああ」
「一度あれだけ便利な技術を知ってるんだ。平和になったら、今のままじゃ我慢できなくなる」
「なるほどね」
昆虫の触角が、今度はゆっくり前へ傾いた。
「あいつらは必ずやらかすよ」
「じゃあ、それまでは?」
イソギンチャクのような身体が、操作卓からずるりと離れる。
「待つ。観察しながらな」
「長くなりそうだな」
「いいよ。最初は手を出さないで育てた方がいい」
昆虫の方はしばらく相手を見ていたが、やがて触角を下げた。
「好きにしろ」
前脚が操作卓を滑り、記録が閉じられた。




