13話 戦後一年 北米基地
ナツメです。
ああ、温泉がどんどん遠くなる……
あの温泉から大体一か月、ついに北米ベースへ到着しました。
あれ以降、ご飯は美味しいけど温泉がないのが物足りません。
クローディアさんは除隊したらあそこに住むとか言ってるし……
温泉って依存性の成分入ってないよね? ってみんなに聞いたら、あいまいに笑われました。
怖い。
「見えてきましたよ」
ロバート少佐の案内で、雪上車の窓から乗り出すと、前のほうに明かりが見える。
「あれ?」
北米ベースは、旧時代の大規模地下シェルターを利用した基地だ。
隠蔽のため、地上部は昔の廃墟っぽいままになってたはず。
でも今は、地上部に明かりがついてる。
しかもたくさん。
それだけじゃない。
仮設の建物が並んで、煙突から煙が出てる。
どゆこと?
ロバート少佐の方を見ると、少し考えて笑って答えてくれた。
「もう、地上部を無人の廃墟に見せ続ける必要もありませんから、生活区域として再利用してるんですよ」
地上部の雪はきれいに除けられて、できた道を人が歩いている。
あ、滑って転んだオジサンを笑いながら周りの人が助け起こしてる。
軍服に交じって、私服の人もたくさんいるな。私服はボロい人が多いけど、昔いたときと違ってみんな表情が明るい。
「私服?」
「ええ。退役者や基地関係者です」
「退役したのに基地に住んでるんですか?」
「退役して帰国した人もいますけど、帰る所が残っていなかったりする人が多くて」
少佐は、地上に広がる明かりを見た。
「最初は一時的な居住区の予定だったんですが……」
建設現場で、壁材を一人で抱え上げて配置してる作業員がいた。
どう見てもお仲間だ。
「結局、そのまま住みついてしまいました」
それで基地なのに、こんな風になってるんだ。
なんか、アラスカでの私たちがたくさんいるみたい。
そんな町みたいな場所の端を抜けて、雪上車は基地本体へ。
街の下へ向かう、カモフラージュされたスロープが見えてきた。
偽装されたコンクリートの壁に分厚い防爆扉。
その向こうには照明の少ない、下へ下へと続く通路。
そこは、最後にいた時と何も変わっていなかった。
なんか、帰ってきたって感じがするけど……
帰ってきた、でいいのかな。
雪上車はエンジンの音を響かせながら、広い車両用通路を進んでいく。
前はいつも人が走り回ってて、ひっきりなしに警報が鳴って、誰かの怒鳴り声や作業音が鳴り響いていた。
でも今は、何もない。
空調の音はするし、照明もついている。
遠くで機械が動いている低い音も聞こえるのはかわらないんだけど、前みたいに基地全体が動いてるようには思えない。
「静かですね」
思わずそう言うと、少佐は小さくうなずいた。
「今稼働してるのは地上居住区を支える設備が中心です。戦闘管制区画や兵員区画、クローンプラントなどの多くは閉鎖されています」
「閉鎖? それで大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。武器やクローンワーカーの生産も、もう最低限で十分ですから」
そっか、戦争が終わったんならいらないのか。
だから基地のインフラ設備を、そのまま地上の町に使ってるんだ。
これも再利用っていうのかな?
って、のんきなことを考えていられたのはそこまでだった。
雪上車が止まって、少佐に「降りてください」と促されて、ドアが開いて……
皆で固まった。
車列に向かってびしっと敬礼する作業員の人たちと……
礼服を着た軍人!?
恐る恐る少佐を振り返ると、
「最前線からの復員です。当然だと思いますけど?」
言ってよ!
先に言って!!
私たち、皆ほぼ作業服だよ!?
誰が先に降りるかの激しい攻防戦の末、一番最初に押し出されたのはユイだった。
おまえら覚えてろよ、ってあの目は本気で怖かったよ……
あ、私は一番最後についてきました。えへ。
久しぶりとはいえ、体に叩き込まれた軍隊式で整列。
そして、そのまま偉そうな人たちの前へ。
じゃらりと付いた勲章の上に見える階級章……
司令ぃ!?
隣は……少将!?
なんで!?
なんで、たかだか復員兵の前にこんな人たちが出てくるの!?
あれ、でも、あの少将さんの顔、なんか見たことある?
と思ってじっと見てたら、向こうも同じような顔してたのがびっくりした顔になった。
「少将、何か?」
横にいた補佐官みたいな人が、いぶかしげに聞いている。
「チビ……?」
え。
あの頃の呼び方!?
顔と記憶が重なる。
「フレディ中佐のおっちゃん!?」
間違いない。北米ベースのトップエース、フレディ中佐のおっちゃんだ!
「その言い方! 礼儀正しいんだか無礼なんだか、よくわからんやつ! おまえ、やっぱりチビかぁ!?」
「え、なんで少将の階級章つけてんの!? 階級詐称は軍法会にゃぁぁぁぁ!?」
びっくりして思わず声が出ちゃったけど、全部言う前にあっちがすっ飛んできて、そのまま抱え上げられた。
あの頃のままだ。
周囲では礼服の士官たちが固まってるけど、私とおっちゃんにはそれどころじゃない!
「この重さ間違いない! お前、生きてたのか!? なんで!?」
「なんではないよぉ?! おっちゃんだって、あの時直掩隊だったじゃん! なんで生きてんの!?」
「何で生きてんのはひでえぞおい!!」
言いながら、わしゃわしゃと頭を撫で回される。
あの最後のはほぼ特攻作戦、参加者はだれも生還できるなんて思ってなかった。
でも、あれから生還できたのか。
さすがトップエース。
「ナツメ、少将殿と知り合いなの?」
いつの間にか近くまで来ていたユイが、困惑した顔で聞いてきた。
「うん。前にここにいた時、落ちてきたおっちゃんを機体から引っ張り出して以来のお友達!」
「落ちてきたんじゃない! 不時着だ!」
「機体燃えてたけど」
「それでも不時着!」
フレディのおっちゃんが、私を抱えたままユイを見る。
「まあ、こいつは俺の命の恩人だよ。なー?」
「ねー?」
「……なんか、話の重さと二人の温度が合ってないんだけど」
ユイが微妙な顔をした。
セルゲイさんたちも、何事かと整列を崩してこっちを見ている。
あ。そういえば。
「じゃなくて、なんで少将!?」
「今さらそこに戻るのかよ!」
「前は中佐だったじゃない!」
「お前だって昇進してるはずだろ!」
「なにそれ?」
「トロイに参加したんだから、してるに決まってるだろ!」
「聞いてないよ」
「マジで?」
「うん」
おっちゃんの顔から笑いが消えた。
「……いや、そんなはずは」
「あー、少将」
基地司令が、苦笑いしながら声をかけた。
周りを見る。
基地の人たちは静まり返っていた。
ヤバイ。
おっちゃんが私を下ろす。
ユイたちも慌てて元の位置へ戻った。
全員そろって直立敬礼。
「「「失礼しました!」」」
「楽にしたまえ。それで少将、その兵とはどういう関係なのかね?」
「は。元当ベース所属強化兵で、ポイントマン隊の帰還兵であります!」
へ?
最終作戦ってなに!?
私とおっちゃんが一緒に参加した最後の作戦って、アイソレーション・プランってコードだったはずなんだけど!?
さっきまで生暖かく見てた基地の人たちの動きが止まった。
基地司令が真顔で補佐官に何か告げると、補佐官さんがものすごい勢いで奥へ走って行って、分厚いファイルを持って帰ってきた。
「貴官の識別番号は?」
基地司令が真剣な目で訪ねてきた。
「はっ、J20070927であります!」
基地司令は、分厚いファイルをめくっていく。
「……記録と違うな。アイソレーション・プラン参加の強化兵名簿にはない」
私にそう言われても困る。
どうしたらいいの、とフレディちゅ……少将のおっちゃんを見上げる。
おっちゃんも「そう言われてもなあ……」みたいな顔をしていたけど、急に何かを思い出した顔で司令官に進言した。
「司令! 作戦中、移動中のトラブルで急遽兵員交代がありました! そのせいかと!」
「なぜ報告がなかった?」
「作戦中でしたし、終了後は報告できる帰還者がいなかったのではないかと」
あの時は、あっちこっち大混乱だったからなあ。
それはわかる。
でも、あれ?
「おっちゃんは気づかなかったの?」
「だから少将だぞ。少しは気を使え。まあ、そこがお前のいいところだけどな」
直前まで私を抱え上げて、頭を撫で回してた人に言われても。
「交代を手配した側から、正式な変更報告が上がってると思ってたんだよ」
「報告書を見てもわからなかったの?」
「強化兵の識別番号なんて、覚えてるわけないだろ。お前のことはチビとしてしか認識してねえし、生きてるとも思ってなかったからな。」
それはそう。
私ら強化兵には、本来、認識番号以外の個体名がない。
アラスカ基地で私はナツメになったし、クローディアさんもレン伍長も現地名。
いちいちJ20070927なんて呼んでられないしね。
「少将の証言だけでも十分といいたいが、事がことだ。記録を訂正するには裏付けが欲しい。何か残ってはいないかね」
基地司令に聞かれたけど、そんなこと言われても……あ。
いや、一つだけある。
本当は正式な窓口に返すつもりだったけど、みんなを復員させるなら基地司令が一番いいのかな。
「少し待ってください」
雪上車へ戻って自分の荷物を引っ張り出す。
あれだけは、防寒服と一緒に持ってきたはず。
荷物の底……あった。
「これを」
細い鎖に吊るされた、いくつかの認識票。
焦げて黒くなったもの。
端が溶けて、番号の半分しか残っていないもの。
途中から欠けているもの。
それでも、読み取れる番号は残っている。
「これは……?」
「ポイントマン隊の皆のものです。回収できた分だけですが」
基地司令が、受け取ろうと伸ばしかけた手を止めた。
補佐官さんがファイルを開き、認識票の番号を一つずつ確認していく。
その顔から、だんだん表情が消えていった。
「……全員、突入隊の名簿にあります」
補佐官さんは、もう一度認識票へ目を落とした。
「記録上は全員、作戦行動中行方不明です」
部屋が、さっきより静かになった。
アイソレーション・プラン。私が最後に参加した作戦だ。
……今さらだけど、いくら相手がアイアンビッチだからって、アイソレーションってネーミングはどうなんだろ。名付けた人、あとで誰かに怒られなかったのかな。
半年に一回、アイアンビッチは北極海の海水を吸い上げる。私たちは、その海水に紛れて中へ入り込み、中心部を破壊するか、無理なら情報を持ち帰る。
……今考えても無茶だ。特に持ち帰るなんて、どうやるんだろ。でも、その頃の私たちには、やる以外の選択肢なんてなかった。
作戦自体は単純だった。フレディのおっちゃんはウイングマン隊、私はポイントマン隊の補充兵。フレディのおっちゃんたちが周りのヤツラや円盤を引きつける。その隙に、私たちポイントマン隊が中へ入る。それだけ。
北極海でカプセルに詰め込まれて待機してた私たちは、作戦どおりに水と一緒に吸い上げられて、潜入は成功した。
でも、アイアンビッチの中もヤツラがいっぱい。戦って、逃げて、分断されて、最終的に私たちは5人になった。どこを目指していいのかもわからなかったから、中心方向に向かって駆け回った。
隔壁を支えてた私を、全員が通り抜けるまで守ってくれたミサワさん。
ボロボロになった文庫本をいつも持ってて、「続きが読みたいなあ」が口癖だった。
追いかけられた時、二人で囮になったアビーとジャック。
アビーはハーモニカが上手だったし、ジャックはアビー用にってよく新しい曲を書いてた。あの頃はわかんなかったけどきっといい曲だったんだろう。
偶然たどり着いたコアルームで、ほかに手がないからって私を外へ放り出し、そのまま爆破したフェルナンド。
いつも私のことチビチビって馬鹿にしてたけど、『ちっこいから放り出すのが楽だぜ!』って言った時の顔は、絶対忘れてあげない!
でも、皆帰ってこれなかった。だから、認識票だけは返したかった。
「申し訳ないが、帰還式典は明日に延期する」
基地司令が、私たちを見渡した。
「こちらでも、いったん状況を整理する必要がある。今日は宿舎でゆっくり休んでくれ。食事と必要な物資はこちらで用意する」
私たちは敬礼し、案内役に連れられて部屋を出ていった。
* * *
扉が閉じてから、基地司令は長く息を吐いた。
「……また、大変な爆弾が残っていたものだな」
補佐官が、机に広げた書類へ目を落とした。
「先ほどの強化兵だけではありません」
「まだあるのか」
「はい。帰還者の中に、照合できた範囲だけでもほかに六名、最終作戦への直接参加者が確認されています」
基地司令は、しばらく黙って書類を見た。
「……生還してくれたのか」
「あの混乱の中、アラスカ基地を維持していた残存兵たちのお手柄ですな」
フレディ少将が、腕を組んだまま言った。
「彼らが基地の維持を諦めていたら、誰一人ここまで帰ってこられなかったでしょう」
補佐官もうなずいた。
「生存者たちは一縷の望みにかけてアラスカ基地をめざしたのでしょう」
机の上には、別々の部隊名と、別々の消息不明記録が並んでいた。
本来なら、そのまま消えていたはずの名前ばかりだった。
今日、そのうちの七名が消息不明記録から消えた。
基地司令は、帰還者たちが出ていった扉へ目を向けた。
しばらくして、机の上の書類へ視線を戻す。
「明日の式典は、予定を変える必要があるな」




