第65話 其ノ気配ニ、目覚メル
本日はやや曇りでうっすらと太陽の光が差し込む。
こんな天気の下、昨夜の出来事に思考を巡らせながら足を進める。
(メロースは怖かったけど、結局あの子は誰だったんだろう)
自分と無関係な人というところに疑問が浮かぶ。
夢であっても、どこか見覚えがあったりするものだ。対象を騙して誘い込むにしても同じで、家族や友人など、関係性の深いもののほうがいいだろう。
(確かに外出するような格好じゃなかったし、なんでとは思ったけど……)
考えるほどに謎が深まる。それにとても印象に残る少年だった。
「単なる気まぐれ? うーん」
1人でうなっていた時、隣からやんわりと声が掛かる。
「考え事もいいですが、警戒を怠らないようにお願いします」
(それもそうか)
「すみません。今は切り替えますね」
俺は考えていたことを中断し目の前のことに集中した。
険しかった道はやや緩やかになり、崖が減って傾斜が続く。かなり奥まで来たと思う。番人の像がある地点が近づくにつれ、全身がそわそわと落ち着かなくて仕方ない。
徐々に緑が増えてきて、傾斜の先に大きな段差がある。
とっかかりに足をかけよじ登った。一段を超えた所で、進路を塞ぐように堆い土砂が目に入る。人の手が入らぬまま放置されたのか。
「まっすぐ登っちゃいますか?」
「途中で崩れないか心配ですね。他に道があればいいですけど……」
「じゃあ少し探ってから決めましょう」
安全に通り抜けられる場所を探すべく歩き出す。
まず右から見てみるが傾斜がきつく、踏むと靴底が滑る感触がした。
(これもう少し体重を乗せたら雪崩落ちそう)
「こっちは危険そうですね。反対側に行ってみましょう」
「はい」
試験官は短く答え、引き返して一緒に左側へと足を運ぶ。
数十分と歩いてきた左の道は土砂の量が少なかった。なんとか通れそうだと安堵する。
直後、土くれの数ヶ所がぼこぼこと動く。俺は反射的に身構えた。数秒後に見覚えのある虫が顔を出す。
「まさか土の中に潜んでたなんて」
「食性を考えれば不思議じゃないですけどね」
奴らが鳴きだす前に対処しないと危険だ。
剣を引き抜き、一気に踏み込む。風の魔法を刃に付与する。
「コロ、コ――ッ」
その声が発せられる前に剣を振り払う。魔法の力で伸びた刃が敵を一掃。
「お見事です」
「ありがとう。なんか照れちゃいますね」
武器を収めた後、後ろ頭を掻きながら俺はこう返した。
別の群れが現れる前に道を通り抜けていく。無事に土砂区画を踏破して、ついに俺達は石像のある奥地へとたどり着いた。
離れていても、大きいのが伝わってくる人型の石像。
ただし女神や英雄を模したものじゃない。顔は獣や魔物に近く、角と獅子みたいな尾をもつ。下半身に比べて腕や胸が太く逞しかった。
「お城とかの装飾にある獣に似てるかも」
「ガーゴイルですね。多くは魔除けの意味を持ちます」
「なんで魔除けの像が何もない谷の奥地にあるんだろ」
呟きながら像を見上げる。近くで見れば、それはかなりの迫力だった。
思わずあんぐりと口を開けてしまう。
「あ、いけない。目的の石を探さないと」
視線を落として足元を注意深く見まわす。
めぼしい物は草の合間に転がっている白い石だ。像と同じ色をしている。一度視線を外して辺りを確かめた。やっぱり他に当てはまる物はない。
もう一度白い石に目をやり、拾おうと姿勢を低くした時――。
「待ってください! 今、像が微かに……」
試験官の警告と、低い駆動音が聞こえたのはほぼ同時だった。
恐る恐る顔を上げる。影を落とす物体の頭で、青緑の瞳が光を灯す。
「グ、ググゴゴオォォォ」
独特な声音で雄たけびをあげた。作り物じみていながら生き物みたいに動く。
「動いた!?」
「冗談でしょう。こんなの聞いてない」
試練を課した張本人までもが驚き、慄いているようだ。
それだけで危険さが伝わってきた。予期せぬ事態が今、目の前で起きている。
(はっ、石! 石を拾ってこの場を離れる)
再訪する手間を惜しんで手を伸ばす。
「グギガガガァ」
こっちの動きに連動しているのか。腕が持ち上がるのを影に見る。
次いで実体の腕が視界に飛び込んだ。至近距離、避けられないと直感が警鐘を鳴らす。咄嗟に尾を前に回した。直後に重い衝撃が身体を突き抜ける。
浮遊感がして、背後から誰かに受け止められた。
「ゴホゴホッ」
「立てますか。ここは出直しましょう」
「はい」
短く答え、腕を振り乱して迫るソイツに背を向ける。
接近する足音と咆哮。俺は追われる恐怖を感じながら走った。先導者がちらりと背後を振り向く。
「そのまま走って」
俺は頷いて、足を緩めた試験官を追い抜いた。
後ろで破裂音が響く。その後、煙の尾がちらついて見える。
(煙幕だ。今のうちに逃げる)
石像と煙、両方に追われる形で俺達は一時撤退した。
⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔ ⚔
土砂の山から外れた地点に身を隠す。ちょうど茂みになっている所だ。
そっと周囲を顧みて、脅威が遠ざかったのを確かめ安堵の息を吐く。意識を傍らの人に向け、まだ強張っている唇で言う。
「ここまでは追って来ないですね」
「ええ、よかったです」
心なしか相手の表情が硬い。本当に予想外だったんだ。
「あの石像は罠だったんでしょうか」
「可能性は低いと思います。守るものがないですから」
「設置する意味がないってことですね」
だとしたら何だろうと考える。でも理由が思いつかない。
「そういえば町で全然話を聞きませんでした」
「私もです。一度として石像が動いたと聞いてません」
「じゃあ、なんで動いたのかな」
つい思ったことを零してしまう。
石像が動いた謎を考察したい気持ちはある。でも今は番人の石が優先だ。
あいつはまだ動いているんだろうか。もしそうなら危険な採集になる。どうにかして奴を搔い潜る必要があった。
「どうにか動きを見切って石を採れれば……」
「さすがに危険です。私の想像通りのものなら、我々だけでは厳しいでしょう」
誰も「戦う」とは言っていない。きっと考えてもいないだろう。
「何か知ってるんですか?」
「あくまで似ているだけですが、ゴレムではないかと思います」
(ゴーレム、確か講義で習ったぞ)
遺跡や宝の近くなど、重要な場所にいるという人形だ。
防衛が主になるから強い個体が多いとか。場合によっては倒す選択肢がある。けれど魔物ではないし、目的さえ果たせれば倒す必要がない。
「相手がゴーレムでも石を諦められない。なんとか方法を探しましょう」
「わかりました。ひとまず任せます」
「はい」
力強く答えてから茂みを出て、再び番人の石がある場所を目指す。
雲の切れ目から覗く太陽が西に傾く頃、さっきの場所まで戻ってきた。
断崖の下にちょうどいい隠れ場所を見つける。そこに身を潜め、ゴーレムの様子を伺う。心の中で「石像に戻ってないかな」と期待を込める。
「あれ、最初の位置に戻ってるみたい」
最初の時とポーズが違うっぽいけど、静かに静止したままだ。
「機能停止したのかも。今なら取りに行けそうです」
「そうでしょうか? 危険が去ったようには見えません」
「でもずっと隠れてる訳にもいかないし。俺、行ってきます!」
「くれぐれも気をつけて下さい」
「もちろんです」
試験官をこの場に残して歩き出す。
素早く隠れながら接近していく。相手の動向に注意を払う。
奴は膝をついた姿勢で沈黙を続けていた。次第に隠れる場所がなくなってくる。俺は意を決し、最後の物陰から飛び出す。
(よし、あと少しで届く)
逸る気持ちの中、駆け寄りつつ手を伸ばした。
だが再びあの駆動音が響く。
「グオォォゴゴッ」
「ぐっ、また動き出した」
振り下ろされる剛腕が見え、即座に回避する。
(あと少しだったのにっ)
急いで物陰まで下がり、身を隠しながら退いた。
足音が聞こえる間はじっと待つ。音が完全に消えるのを待ってから再度近づく。しかし結果は変わらなかった。仕方なく仲間のいる場所まで戻る。
「ご無事でよかったです」
「ダメでした。近づくとまた動き出しちゃって」
現状を報告すると彼女は励ますように言う。
「残念でしたね」
「はい、でも諦めません」
「その意気です。しかし今日はもう暗くなりますよ」
彼女のひと言に俺は閃く。
「あっ、暗闇に紛れて行くのはどうですか」
「うーん。ゴレムの性能次第ですね」
「つまり試す価値があるってことだ」
もう動き出すのは仕方ないとして、感知されなければイケる筈だ。
煙幕で逃げ切れたのだから可能性はゼロじゃない。試験官は表情を曇らせつつも頷いてくれた。早速日が落ちるのを待って行動を起こす。
(いい感じに暗くなってきたな)
視界は悪いけど、俺の視力ならちゃんと見える。
完全な夜闇ではなく微かに夕日が残っていた。短い間の絶妙な塩梅だ。
(気づかないでくれよ)
色濃い影の中を慎重に進む。忍び足でそっと、ゆっくり足を前へ。
「ゴ、ゴォ」
薄闇の奥で身じろいだのを感じ硬直した。
唇を引き結んで今の体勢を維持して待つ。その間、嫌な汗が溢れ続ける。
(俺は木だ、岩でもいい。とにかく気づかないで)
祈り、混乱、恐怖などが脳裏をぐるぐると駆け巡った。
これもダメなのか。のっそりとした風に足音が迫る。偶然なのか判断に困り、すぐには動けない。
「グフォォォッ」
「ひぃ! 見つかってるぅ」
割と近くで雄叫びを聞き、我慢の限界に達した。
絶対に見つかっていると思い、脱兎の如く逃げ出す。幸いにも追ってくる音はすぐ遠のく。何度目かの避難をし、物陰で呼吸を整えた。
(くそ、これも失敗か。手強いな)
さすがにこれ以上は暗すぎて俺も動きにくい。
成果を得られず、肩を落として落ち合い場所に向かう。
奥地から少し離れ、指定地では既に野営の準備が整っていた。
労いの言葉と共に出迎えられる。布で汗や汚れを拭い、食事を摂りながら結果を伝えた。自然と話題はゴーレムのことになっていく。
「なんで動いちゃうかなぁ。今まではなかったんでしょ~」
誰に言うでもなく愚痴を零してしまう。
向かいに座る試験官が苦笑いを浮かべた。
「きっかけは何だったんでしょうね」
「石を拾おうとしただけで特に何もしてないよ」
まさかそれで、と思ったがあり得ない。石は他の人も拾っている。
「しかし理由は必ずある筈。手強い相手ですし、困りましたね」
「本来は何かを守ってるんだよね。でも今回の奴は違う?」
口の中で言葉を転がしながらふと思った。
本当にそうなのか。守っているものさえ、こっちは知らない。考えて、たどり着いた答えを、問いかけるように言う。
「あの、場所ってことはありますか」
「考えられますね。遺跡のゴレムの中には、確かにそういうのもいますよ」
「じゃあ、守ってる範囲から出れば安全かも」
「過信は禁物です。断定せずに対処しましょう」
「そうですね」
明日また挑戦するぞ、と意気込んで英気を養うのだった。
ここまで読んで下さっている方々、本当にありがとうございます!
2章はもう終盤で幕間も控えていたり。いろいろとあり、執筆が遅くなりがちですけど、今後も頑張っていきますのでよろしくお願いします!




