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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第六話 反乱者の望み

 剣と剣のぶつかり合う音が、荒廃した森に響き渡る。味方同士の戦いに怒号が飛び交う中、最初の犠牲者が出たのは、アレイン率いる前衛部隊の年若い兵士だった。


「うあああああぁ……」


 魂の抜け出る悲鳴に、突き殺した本隊の兵士は我に返り、茫然と血の付いた剣を下す。同じ国王軍兵士を殺してしまった事に戦意を無くした兵士を、戦闘中の仲間が庇い自然と隙が生じる。そこへ前衛部隊が突き込んでくる。


「油断するな、奴等は本気だ。殿下を奪いに来るぞ! 本気で戦え!」


 トキが士気を鼓舞する。近衛騎士隊に囲まれ馬に乗る僕は、すぐ側にいるエランに向けて叫ぶ。


「エラン、こんな争いは止めてくれ! 味方同士で殺し合って、どうするんだよ!」


 彼は微笑みを向ける。


「君が僕の元へ来れば、争いは止むよ」

「陛下の命令に背く者が、どうなるか分かっているのか、エラン!」


 トキが彼に剣を向ける。エランはまったく意に介していないように、僕を見つめ手を差し伸べてくる。


「こっちへ来るんだよ、オリアンナ」   


 僕は首を横に振る。セルジン王が命がけで僕をテオフィルスに託した。それはエステラーン王国の存続を、アルマレーク共和国に託したという事だ。滅びではない、生存をかけた選択。


「僕はエステラーン王国を滅ぼす気は無いんだ、エラン。今ならまだ、君達を罰する事はしない。だから、お願いだから、こんな事は止めてくれ!」


 エランの顔が暗く沈む。


「君をあいつに渡すくらいなら、僕は……、君に殺される方を選ぶ」

「エラン!」


 僕は苦しみに押し潰されそうになるのを、必死に堪える。彼をここまで追い込んだのは僕自身だ。一度は彼の心を受け入れたのに、僕はセルジン王を選んでしまった。そして今度は国の存続のために、テオフィルスを選ばなければならない。


 エランの心を傷付けているのは、僕という存在自体だ。俯いた目線の先に、腰に吊り下げた短剣が見えた。僕は無意識に、それを手にする。


「殿下、なりません!」


 短剣を鞘から抜いた事に気付いた近衛騎士の一人が、大声で制止する。それを無視して、切っ先を自分の喉元に当てる。


「オーリン様!」


 トキの制止も、僕の耳には届かない。


「剣を退け。陛下を助けられなくなってもいいのか?」


 僕がいなければセルジン王と魔王を、水晶玉から解放する事が出来ない。《聖なる泉の精》の魔力で守られている僕は、死ぬ事が出来ないが、しばらくはダメージを受け、その間行軍が止まる。側近達の中でも分裂を画策するアレインとエランには、僕を奪い取ったとしても不利になる。僕の意図を汲み取り、トキがすかさず大声で休戦を呼び掛ける。


「剣を退け! 殿下が傷付いても良いのか? アレイン!」


 反乱の指揮を取るアレインは、様子を窺いながら無表情に休戦の指示を出した。戦いの喧騒が止み、僕はエランに向き直る。


「エラン、君の望むオリアンナは、陛下と一緒にいなくなった。今の僕は王太子としての務めを果たすためだけにここにいる、ただの抜け殻だ」

「…………」

「君には抜け殻の僕が必要なの? せっかくモラスの騎士の総隊長になったのに、君にはもっとやるべき事があるんじゃないの?」

「君を守る以外の務めはない!」


 僕の目から、涙がこぼれ落ちる。


「だったら、なぜこんな事をするんだよ? 僕は国王軍の分裂なんて、望んでないよ!」


 エランは不自然な物でも見る表情で、手を差し伸べるのを止めた。なんとか説得出来ないか、僕は必死に彼を見つめる。


「陛下とルディーナは、君が呪いを解く事を望んでいた。僕だってそうだよ! 君が呪いを解いて戻ってきてくれれば、きっと僕も自分を保つ事が出来る気がするんだ。どんな状況に陥ったとしても……」


 考えの浅い言葉だと、解ってはいる。見えない未来に、今以上にエランを巻き込む、それが余計に彼を傷付けるかもしれない事も承知している。


「僕には、君が必要なんだ」


 掛け値なしにそう思う。エランが微笑む。


「それなら、一緒に来ればいいよ。最期の時まで」


 彼の朱色のマントが、誘うように風に揺れる。彼が再び僕に手を差し伸べてくる。「最期」という言葉に、エランへの違和感が沸き起こる。


「君はエステラーン王国を滅ぼす事に賛成なのか? 天界の意志に従うって、そういう事だろ? 僕が同意すると思うの?」

「……」

「セルジンを連れ去ったあの女神の意志に、僕が同意すると思うのか! そんな事になるくらいなら、今ここで死んだ方がましだ!」


 セルジン王を失ったショックで、心の中に隠れていた女神に対する憤りが、まるでエランへの八つ当たりのように噴き出す。首筋に当てた短剣の切っ先が微妙に首を擦り、僕の首筋から血が滲み、痛みに顔が歪む。それを見たエランが顔をしかめる。


「止めろ! それはただの脅しだ。君が陛下を解放するまで死ねない事ぐらい、僕も知っているさ。傷を受けても、すぐに回復するだろう? 泣き落としも、僕には通用しないな」


 僕の事を知り尽くしている幼馴染みのエランを、説得するのは難しい。僕は表情を曇らせながら、それでも首に当てた短剣は離さない。浅い首筋の傷は、あっという間にふさがった。


「僕は天界の意志には従わない!」


 僕の言葉に反応して、彼が一歩近付こうとしたが近衛騎士達に阻まれる。


「これは君が望んだ事だよ、なぜいまさら否定する?」

「え?」


 エランが何を言っているのか、理解できない。天界の意志に従う事を、僕が望んでいると思っているのだ。


「何の事だよ?」


 エランの周りから目に見えない何かが出現し、騎士達が弾き飛ばされてゆく。馬に乗り僕を護衛している近衛騎士達も、エランを恐れる馬を制御出来ずに落馬し、同ように弾き飛ばされる。トキが一人僕の前で踏み止まっていたが、魔力に屈したのか、膝を折り意識を失った。


 ある範囲を境に、兵達は僕に近付く事も出来ない。今やエランと僕を隔てるのは、恐怖に震え足踏みする僕の馬だけ、エランはその手綱を取った。不思議な事に馬は、恐怖が去ったように震えが止まり、彼に従う素振りを見せる。


「君が言ったんだよ、天界の意志に従うって。陛下を助け出した後、君は天界人になるって。その時、《王族》の血を引く者達も、共に天界人になるって」


 僕は驚愕した。


「そんな事は言ってないし、考えた事も……」


 何かの記憶が僕の頭の隅に甦る。

 清らかな、若い男の声。



《君は僕を運ぶ役割を終えたら、可哀そうだから仲間に頼んで天界の一員にしてもらうよ。地上にいるより、幸せだと思うよ》 



 〈ありえざる者〉オーリンの声!



 メイダールの大学図書館の四階、秘密の部屋で初めて姿を現したオーリンが、僕の役割を伝えた後に言った言葉だ。僕を天界人にするなんて、オーリン以外に誰も言わない。


 まさか……、オーリンが僕の知らないところで、僕の身体を乗っ取っているのか?


 あまりの衝撃に茫然となる。〈ありえざる者〉が僕の命を(にな)っている限り、これは抵抗出来ない事態だ。非難したくても、オーリンは特殊な状況下でないと姿を現さない。話したくても、その機会がめったにないのだ。


「それは……、僕じゃない。エラン、天界の罠だ。君は(だま)されているよ!」


 必死に訴えても、エランは聞く気がない。僕の馬の手綱を引いて、アレインの元へ向かおうとしている。


「君が僕を騙しているのか? あの日……、総隊長になるまで君に会わないって誓った日、君がこのマントを持って、また会いに来てくれたじゃないか。あれは嘘だって言うのか?」


 エランは嬉しそうに振り向いた。


「天界人になるのも、悪くないと思えるよ。君と一緒なら」


 僕は激しく首を横に振る。


「僕は君に会いに行ったりしていない。僕じゃないんだ! そのマントの事も……」


 彼を包む朱色のマントは、僕の言葉を跳ね返すように、彼の心と全身を掴んで見えた。〈ありえざる者〉が彼に与えた、モラスの騎士総隊長のマント。


「エラン、そのマントは……」


 その時、何かが空を切る音が聞こえ、僕の馬の手綱が断ち切れた。馬は突然エランの魔力から解放され、恐怖に棹立ちになる。僕はバランスを何とか保ち、馬の(たてがみ)を掴みながら制御しようと試みる。裸馬の訓練を共に(こな)してきた馬は、すぐに僕の指示に従い、落ち着きを取り戻す。


 地面に突き刺さる、レント騎士隊の矢。僕は後衛部隊のいる方へ振り向き、そこにいる人物を見て軽い衝撃を受けた。


「エラン・クリスベイン! お前はいつから王命に逆らう事を覚えた?」


 レント領騎士隊ロイ・ベルン指揮長官、エランの元主君が怒りを漲らせながら、馬上で弓を構えている。その矢は確実に、エランへと向けられていた。

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