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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第三話 親密さの距離

「何を食べさせた?」


 聞き慣れた声が、七竜リンクルの下方から聞こえた。竜の鞍に横向きに座り、テオフィルスの側で涙に(むせ)ぶ僕は、その声に冷静さを取り戻した。


「エラン?」


 リンクルのすぐ横に、朱色の長いマントを着たエランが立っていた。つい最近までルディーナ・モラスが、同じ様相のマントをまとっていたのだ。モラスの騎士全員が総隊長と認めた者以外、羽織る事が許されないマント。


 ルディーナ・モラスの死と同時に、彼女の魔力を全て収めた魔剣と、その地位を譲り受けた彼は、モラスの騎士全員に認められるまで、僕に会わない誓いを立て去った。成人年齢に達したばかりのエランに、大人の魔法使い達を取りまとめる事が出来るのか、彼の状況は僕と似ていた。


 あれから、ひと月あまり。


「認められたんだね、エラン」

「ああ。君に早く会いたくて、頑張ったんだ」


 彼の体型に合わせて作られた長い幅広のマントは、モラスの騎士全体のイメージを力強く見せ、ルディーナとは一線を画す。新しいモラスの騎士隊が、彼を総隊長とした新体制で出来上がったのだ。久しぶりに見るエランは、また背が伸び男らしさが増していた。


「降りなよ、受け止めるからさ」


 エランが両手を差し伸べてくる。嬉しくなって彼に抱き付くように竜から飛び降り、首に腕を回してしばらく抱き合った。幼い頃から兄弟のように育った僕達は、無意識にお互いを必要としている。足が地面に着かず、宙に浮いたまま抱きしめられ、今までとは違う感覚とほんの少し抗議も交えて、彼の顔をまじまじと見入った。


「久しぶりだ、オリアンナ」

「……背が、凄く伸びた?」


 にやにや笑いながら(うなず)き、ゆっくり僕を地面に下ろす。抱きしめる腕の力はそのままに、彼はテオフィルスを睨み付けた。


「言え、アルマレーク人、何を食べさせた?」

「ナツの実の干した物だ。元気が出るし、栄養がある。文句があるなら、そいつにもっと食わせろ! それから、俺の名はアルマレーク人じゃない、テオフィルスだ」


 面白くなさそうに二人を見下ろす彼は、殴り合いの喧嘩をして以来、エランに対して心の(わだかま)りを消す事が出来ずにいる。エランは安心したように頷く。


「嘘はついてないようだな、ありがとう。言われなくても、今後は僕が食事に付き合うさ、毎回ね」


 そう言って僕にいきなり顔を近付け、くちづけを浴びせてくる。王がいなくなって、彼が一番身近な存在になった。戻ってくれた安心感から抵抗せず受け入れ、人の温もりに飢えている自分を見つけ出す。


[リンクル、馬に戻れ!]


 テオフィルスが不機嫌そうに、わざと大声で言った。


「尻軽なまぬけ小竜、早く馬に乗れ、置いて行くぞ! エラン、今のそいつを甘やかすのは止めろ!」


 怒ったように言い捨て、マシーナに指示を出す。マシーナは困って溜息を吐きながら、申し訳なさそうにエランと僕を引き離す。


「甘やかすって何の事さ? 君の言葉にオリアンナがどれだけ傷付いているか、解っているのか! 無礼にも程があるぞ!」

「……そりゃ、失礼した。でも本当の事だ。そいつは女王として、一人で立たなきゃならない、今のお前は、邪魔なだけだ」

「支える事ぐらい出来る!」

「呪われた身で、偉そうにほざくな!」

「…………」


 テオフィルスは以前、メイダール大学街でエランを殺そうとした。〈契約者〉ハラルドが掛けた呪いによって、エランはいずれ屍食鬼になる。そうなる前に、殺そうと判断したのだ。セルジン王から賜った銀の額飾りの効果と、ルディーナと出会い魔力を高めた事で、ある程度先延ばし出来たとしても、いずれそれはやって来る。避ける事は出来ない。


「なぜ、君が知っている?」


 エランの身体から今にも黒い渦が吹き出そうで、僕は思わず彼の手を取った。


「セルジン王から王太子に関する事は、すべて聞いている。呪いが解ければ、お前は王配候補に戻れる事も知っているさ」


 触れられたくない事を指摘され、エランの表情は暗く沈んだ。 


「ハラルドを殺し、呪いを解く、必ず! 彼女を君には渡さない!」


 対立が激化していくようで、僕は思わず二人の間にわざと立ち、テオフィルスを見上げた。


「そんな事まで、セルジンが君に教えたのか? ……どうして?」

「……」


 余計な事を言ってしまったのだろう、彼は口を押え、目を瞑った。しばらくの沈黙の後、いつもの無表情さが戻ってくる。


「王国の未来はお前に掛っているが、共和国は王制を受け入れない」

「え?」

「お前が退位して、レクーマオピオンの領主となれば話は別だ。エステラーン人はアルマレーク人に受け入れられるだろう」

「……《王族》を、捨てるという事か?」

「そうだ。その判断を下すために、まずお前自身が女王として立たねばならない」


 共和国――――全てを議会で決定し、国王のように一人が国を支配する事を拒む国。アルマレークは七竜の意志を聞ける七領主家の者が、共和国政府の高官となる貴族制共和国だ。エステラーン王国とは全く違う政治体制。セルジン王はなぜ彼に《王族》を預ける気になったのか、いつもの疑問が湧き起こる。


「僕は……、セルジンを水晶玉から解放したら、死ぬんだよ。女王には、なれない」

「……それは、お前次第だろう」


 そう言って何かを求めるように、彼の青い瞳が僕を見つめてくる。僕の心の片隅で、何かが「思い出せ!」と訴えていた。それをセルジン王への思いが、完全に否定する。苦しみの中に浸って、目の前の現実を拒否し続けている。


 僕はセルジンを解放して終わる、それが役割だ。


「お前の生存を望んだのは、王だ。お前を助けたいのは、セルジン王だよ!」


 その言葉に、涙が頬を伝った。先程泣いてから、涙腺が壊れたように簡単に涙が出る。


 どうかしている……。


 止めようとして涙を拭っても、次から次へと溢れ出て止まらない。王が生きる事を望んでいる。それは天界の意志に反する事であり、堕ちた神である七竜のいるアルマレークへ託した理由は、そういう事なのだと解った。


 僕は……、生きる事を望めない。


 王が戻って来ない限り、苦しみが大きすぎて希望を見出せないでいる。エランが近付こうとしてマシーナに止められた。


 解っているんだ、これは僕自身の問題。

 誰にも僕を助けられない。


 テオフィルスの横に、鞍を置かれた僕の馬が()かれて来た。


「早く乗れ、もうすぐ道が開通する」

「……」


 涙を振り払い、重い足取りでテオフィルスの側に近付く。ふと疑問が湧き起こった。


 テオフィルスはなぜ、セルジンの提案を呑んだのだろう?

 婚約を解消して、僕には関心が無いはずだ。

 レクーマオピオンを助けるためか?


 じっと彼を見つめた。青い綺麗な瞳が、今はとても冷たく感じ、投げかける酷い言葉も、心に憤りすら覚えない。


 関心が無いのに、なぜ構う?

 なぜ、王の言いなりになる?


「僕の事……、構わないでほしい」

「ふん、まぬけ小竜。お前は、抜け殻にでもなるつもりか?」


 テオフィルスはリンクルの化けた裸馬を降りた。目の前に来た彼の背は高く、まるで壁に阻まれた気分になる。


「お前自身の問題で、国王軍を危険に陥れるなよ。王が望んだのは、お前の生存だけじゃない!」

「それは……、解っているよ。ただ、君に関わるのは嫌だ」

「なぜ? セルジン王を、心から追い出されそうだからか?」


 蔑んだ目で見下ろす彼は、心の奥底の感情を引きずり出す。恐怖に首を横に振りながら後退り、見たくない感情を必死に抑え込もうとする。


「セルジンを追い出すなんて、君に出来るものか! そんな事、僕は許さない!」

「だったら、馬に乗れ! 俺に関わる以外の選択肢が、お前にあると思うな!」

「……どういう事だ?」


 テオフィルスは顔をしかめた。本当は言いたくない事なのだろう。自然に気が付く事を、待ちたかったのかもしれない。


「まだ解らないのか? お前は〈七竜の王〉の婚約者に返り咲くんだ。それ以外、お前を救う方法は無い!」


 僕の周りの全てが、消滅したように思えた。親密さの距離を測れない相手に、どう向き合えと言うのだ?

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