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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第四章 ディスカール公爵領
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第一話 夢の中の王

大変お待たせしました、四章スタートします。

更新はゆっくりペースですが、お付き合い頂ける方、読んで頂けると嬉しいです。

 煌めく天界の空を、聖鳥シモルグ・アンカが優雅に飛んで行く。六枚の燃えるような翼を羽ばたかせて、向かう先には巨大な一本の樹木。その巨大樹に()る実を食べると、永遠の命が手に入るという。シモルグは美しい灰色の人間の女の顔で、小さな木の実を一つ口にくわえむしり取った。


 止めろ!


 叫んでもシモルグには届かない。まるで僕が存在していないように、物事が進んで行く。聖鳥は巨大樹の周辺をゆっくり旋回しながら降下し、雲に覆われた地上にいる二人の人物に近付いた。


 セルジン!


 二人とも長い黒い髪をしている。一人は長身の男セルジン・レティアス・ブライデイン、もう一人は華やかな鎧を装着した美しい戦いの女神アースティル。僕の胸は、引き裂かれるようにきりきりと痛んだ。


 止めろ……。


 シモルグが女神の横に舞い降りた。美しい女神は微笑みながら、シモルグの口から巨大樹の木の実を受け取る。虹色に輝く木の実は、神の妙薬の如く魔力に満ちていた。女神は優しい表情で、木の実をセルジン王の口元に押し当てた。


 駄目だ、セルジン!

 食べないで!


 王は一瞬ためらった後、ゆっくり口を開けた。綺麗な指先が唇を撫でるように、木の実を滑り込ませる。


 止めろ――――!


 王の喉が動き、永遠の生命をもたらす木の実を飲み込んだ。光り輝く闇の中で、もがき苦しむ王の姿が遠退いた――――。






「セルジン! セルジン……」

「オリアンナ様!」


 僕の叫びとミアの大きな呼び声が重なり、ようやく目が覚めた。あの日から何度も見る夢に、冷汗と荒い息遣いで飛び起きる。夢と現実が、セルジン王がいない苦しみを見せつける。ミアが優しく僕を抱きしめた。


「大丈夫です。陛下は必ず戻られます!」


 天界の城で起きた事は、王の側近以外誰も知らない。無用な混乱を避けるため、皆には一時的な不在とだけ伝えられている。戻らない可能性が高い事は、宰相エネス・ライアスによって、決して悟らせないように厳命されていた。


「本当に……、戻ってくる?」

「はい! 今までもそうでした。必ずオリアンナ様の元へ戻られますわ」

「そう……だね」


 皆の前で、悲しみ苦しむ姿を見せてはいけないのだ。天幕に出入りする者達の手前、たとえ事情を知るミアの前でも……。


「さ、お着替えください。皆さま、お待ちですよ」

「うん」


 無感動に微笑む。王が代償とした国王軍の貴重な平穏を、僕の苦しみで乱したくはなかった。


 セルジンが望んだ事だ。

 僕は……、それを維持させる。


 着替えるために鎧の下に着る肌着を受け取った時、左上腕にはまる〈抑制の腕輪〉が目に留まる。それは今も天界の女神に支配される証のように、取り除く事も出来ずに存在していた。


 どうして取れなくなった?

 こんな忌々(いまいま)しい物!


 無理を承知で、引っ張ってみる。まるで肌に吸い付いているように、腕輪はビクとも動かない。怒りをぶつけるように、叩いても引っ掻いても外れる気配もない。


 これさえなければ、セルジンが連れ去られる事はなかった……。


 マルシオン王の警告を聞かずに、セルジン王に触れてもらいたいだけで、簡単に天界の罠にかかった自分が許せなかった。何度も繰り返し取り除こうとしたために、腕輪の周りの傷口が再び血を滲ませる。まるで自傷行為のように肌を傷つけ、ミアに止められた。


「お止め下さい! 傷を作るだけですわ」


 両手をがっちり掴まれ、それ以上怒りをぶつける事が出来なくなった。再びミアに抱きしめられる。


「落ち着いて……、信じるんです。陛下は必ずお戻りになる。その時にそんな傷を作っていたら、私が怒られますわ」

「…………うん。ごめん」


 次に王が戻った時は水晶玉の〈管理者〉となり、不死の人間としての帰還だ。


 きっと影の方がマシだ……、《ソムレキアの宝剣》で断ち切れる。


 〈管理者〉は水晶玉が消滅するまで、死を迎える事は出来ない。永遠に時間を彷徨(さまよ)うのだ。ふと、誰かの声が心に浮かんだ。


《真実を知った時に王がどんな風に変わるかを、循環する運命の輪にしがみ付きながら見届けるのが、娘さんの役割のようにわし等には思えるがのぉ》


 メイダール大学図書館に住みつく、ウロボロスの言葉だ。


 セルジンが変わる?

 水晶玉の〈管理者〉として、どんな風に……?


 〈管理者〉としての王の姿を想像してみた。


 見届けるって……、僕にはもうそんな時間は残されてないのに。


 王を水晶玉から解放した段階で、僕の命の光である〈ありえざる者〉オーリンが王に移り、僕は死を迎える。


 …………セルジンはきっと、僕の事を忘れてしまう。


 そう思うと、悲しかった。僕の生きた時間が、王のこれからの長い一生の中で、ほんの一瞬にすぎない事がとても嫌だった。






[やいっ、くそ王太子オーリン! 俺のイリを、勝手に返しただと? どうしてくれるんだよっ!]

[別に……、僕がやった訳じゃない。文句なら、テオフィルスに言え!]


 悲しみに暮れている暇などない。いなくなったセルジン王の代わりを、王の天幕で務めなければならない。今一番の問題が目の前で大騒ぎしているアルマレーク人のルギーを含む、怪我をして同行する事になった竜騎士達と、彼等に反感を覚えている国王軍の一部の者達との対立だ。


[王太子殿下に対して、その口の利き方は何だっ!]


 慌てて駆け付けたマシーナ・ルーザが、ルギーの頭にげんこつを食らわせた。彼は国王軍の傭兵部隊にいつの間にか紛れ込み、テオフィルスについて来ていたのだ。


「大変申し訳ありません、オーリン殿下! 私が忍び込んだ上に、怪我人が元気になると問題ばかり起こして……」

「いいんだ、マシーナさんがいてくれて本当に助かってるよ。僕達だけじゃ、対応しきれないから」


 言葉の壁と習慣の違いから、摩擦は深まるばかりだ。竜騎士達全員がエステラーン語を堪能な訳ではなく、国王軍にアルマレーク語が解る人間も少ない。通訳に駆り出される事は平気だが、竜騎士と国王軍の騎士との溝を埋めるのは、本当に大変だった。


「王の天幕の警備はどうなっているんですか? こんな小僧が入り込むなど……」

「アレインさん、僕が許可したんだ」

[嫌な奴が来た!]

[ルギー!]


 天幕に入ってきた国王軍の大将アレイン・グレンフィールドに、ルギーが顔を(しか)めた。事ある毎に行動の規制を言い渡すアレインに、アルマレーク人達の不満は募る。若い大将は、容赦がない。


「殿下、いくら天界人に守られていると言っても、人間の敵に対しては我等で防衛するしかありません」

「アルマレーク人は敵じゃないよ。陛下が認めている」


 何度も天界の城での出来事を説明しても、アレインは聞き入れる気がない。王配候補の一人でもあった彼は、王がテオフィルスに僕を預けた事を認めたくないのだ。


 気持ちは解るよ。

 僕だって、認めたくない。


 王の意図がまるで解らない。このままではエステラーン王国は、アルマレーク共和国に吸収される。神々に滅ぼされるのは現実感がないが、アルマレークは過去に敵対した国、エステラーン人として当然反感を覚える。


 僕の半分は、アルマレーク人なのに……。


 一番困惑しているのは、僕自身だ。アレインが吐き捨てるように言った。


「奴は陛下に取り入ったのです。王国を乗っ取るために……」

「エステラーン王国等、いらん!」


 突然、低い声が天幕中に響き渡った。出来れば目の前に現れて欲しくない人物……、テオフィルス・ルーザ・アルレイドが無表情に入り口に立っている。


「こんな荒廃した王国を押し付けられても、共和国にとっては迷惑なだけだ!」

[若君、言い過ぎです!]


 慌てて止めるマシーナを尻目に、テオフィルスは挑発するようにアレインを見て笑った。アレインが怒りの目を向け、今にも剣を抜きそうになる。


「もう、いいっ! 皆、天幕を出て出立の準備をしろ、時間だ!」


 執務のための椅子から立ち上がり、入り口を指差した。年下の女子が、年上の男達相手に命令を下す……、自分でも意味の解らない光景だと思う。天幕にいる者達は慣れた様子で、移動の準備に取り掛かる。


「決闘は厳禁! 協力しあえない者達は、行軍から去ってもらう。これは命令だ!」


 どう見ても子供が真っ赤になって、ただ喚いているようにしか見えない命令の仕方。それでも気力を振り絞って、この場を収めなければならない。アレインは渋々命令に従う素振りを見せたが、テオフィルスは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「ふんっ、ヘタレ小竜のくせに、俺に命令をするな!」

[若君っ!]


 思いっきり蔑んだ目で睨んだ後、さっさと天幕から出て行った。マシーナが平謝りしながら、ルギーを連れて後を追う。アレインも憤りを隠せない様子で、天幕を後にした。


 一番の問題は、テオフィルスのあの態度だ。僕を預かる事を承諾した彼は、極端な程冷たくなった。僕を預かりたくないんじゃないのか、そう思うとどう対応して良いのか全然分からず、彼を避け続けた。






 暗い屍食鬼の空が、エステラーン王国に届く光を奪っている。王の天幕から外に出た僕は、朝でも常にうす暗い王国の空を見つめて重い吐息を漏らした。セルジン王が身を犠牲にした戦いで、女神アースティルとの契約が国王軍を守っている。上空には天界の兵士達が守りを固め、その上にいる屍食鬼が襲ってくる気配はない。


 セルジン、戻ってきて……。


 古のエステラーン王国の王マルシオンは姿を消し、ありえざる者オーリンも僕の中で眠ったまま、天界に関わる者の姿は、星のように輝く天界の兵士のみ。セルジン王の行方の手がかりは、手を伸ばしても届かず知る事が出来ない。


「出立の準備が整いました」


 近衛騎士隊長トキ・メリマンの低い声に、物思いから否応なく現実に引き戻される。ディスカール領の南西にあたる今の夜営地は、近くにイルーの大河が流れるかつての大都市サージ近くに設営されていた。


 薄明りに浮かび上がる堅牢なサージ城塞は、そのままレント城塞を思い出させる。見張りの塔が少ない違いはあるが、城塞内に温かい宿屋があるように見える。何もかも投げ出して帰りたくなった。


「城塞に入ればいいのに……」


 廃墟の都市に入らないのは、屍食鬼を警戒しての国王軍の規則だ。解ってはいるが、しっかりした建物での日常が恋しかった。


「在るのは人のいない廃墟だけです。何が潜んでいるか分かりませんし、建物が倒壊する危険もあります。広い場所での夜営の方が安全ですよ」


 待ちわびていた宰相エネス・ライアスが、迎え答えた。


「うん……」


 がっかりしながらサージ城塞を眺めた。そこはレント城塞ではないのだ。セルジン王の隣にいる間は幸せで見えなかった現実が、今は冷ややかに幾度となく訪れる。まるで屍食鬼に覆われた空が、そのまま僕の心に入り込んだように、気力を萎えさせていた。

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