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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二十四話 戦いの女神(二)

『竜の眷属がエステラーン王国の存続を求める? 邪竜イルシューの分身は我等とまた戦いたくなったか!』


 戦いの女神アースティルはその美しい容貌のまま、まるで鋭利な刃物のように戦意を浮かべ微笑んだ。対する七竜リンクルはその翼を動かすことなく、冷静に昔の敵と対峙した。天界の宮殿に入り込んだ人間達は、女神と竜との戦いの兆しに身を寄せ合って警戒する。巻き込まれては、一溜まりもない。


『七竜は地上に降りた神、いまさら天界の神と争う気はない』


 七竜リンクルの女神への呼びかけが、僕とセルジン王の耳には届いていた。戦う意志をむき出しにして、女神は手にした槍を竜に突き出す。


『ならばなぜ、ここまで舞い戻ったの?』

『さて、私も我が眷属に聞きたいのだが、まだ満足に会話が出来ぬのだ』

『情けない神だわ!』


 リンクルを睨み付けながら、その槍はテオフィルスに向けられた。


『この宮殿へ、何をしに来たの? 要件によっては、この槍がお前を貫くわ。覚悟なさい!』


 テオフィルスはその真青な瞳で、平然と女神を見ながら答える。


「俺の婚約者を返してもらいに来た! 〈ありえざる者〉の勝手で、オリアンナ姫を死なせるなんて許さない!」


 彼の堂々とした口調に、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。婚約は解消したはずだ。もう関係ない人間に、命懸けでついて来たという事になる。


 馬鹿じゃないのか?

 女神相手に、何血迷った事を!

 だいたい僕はセルジンの婚約者だぞ、忘れたのか?


 女神の高笑いが聞こえた。


『その娘は死人なのよ。天界の命の光で生かされているだけの、唯の入れ物よ』

「俺は、そうは思わない!」


 テオフィルスはそう言って、僕に視線を向ける。その瞳は真剣そのもの、僕を守る意志に満ち溢れている。僕は狼狽えながら真っ赤になって、セルジン王の後ろへ隠れた。王はその様子に、〈ありえざる者〉オーリンが外に出た状態の、ただの一人の少女を見た気がした。


「それが、そなたか……、オリアンナ姫」

「え?」


 振り向いたセルジン王の顔を、僕は首を傾げながら覗き込んだ。王は悲しげな顔で見つめ返す。僕の取った行動が王を傷つけたように思えて、ますます狼狽える。


「僕は……」

『あいつのせいだ! オリアンナに近付かないって約束をしたのに、ここまでついて来た。あいつは母上を怒らせる!』

「……約束? テオフィルスと?」

「いつの話だ、オーリン?」


 僕の後ろにいたオーリンは、いらぬ事を口走った事に気付き顔を背けた。


「オーリン、答えよ!」


 父王の命令に大きな翼で身を隠しながら、オッドアイの片側―――紫色の左目でチラと僕を見た。無感動に見せながら、本当は父の怒りを買う事に怯え、助けを求めているように見える。


『レント領でオリアンナが、初めて竜に乗った時だよ。父上の指示で《ソムレキアの宝剣》を輝かせた時、竜が制御不能になったんだ』

「……そんな事、覚えてない」

『天界の光が現れてオリアンナ姫が眠り、僕が表に出たんだ。あいつはその事に気が付いた。だから二人と竜を助ける代わりに警告したんだ』

「オリアンナ姫に近付くなと? 女だと教えたのか?」

『違う! 光が現れる前にあいつが呟いたんだよ。彼女を見ながら「オリアンナ・ルーネ・フィンゼル」って』


 セルジン王と僕は顔を見合わせる。


「……出会った時から、薄々気付いていたとは申していたな」


 テオフィルスに気付かれているのは解ってはいたが、オーリンがそれを知っている事に、僕は驚き狼狽えた。僕の心のすべてを、彼は知っているのではないのか。王は僕の動揺は気にせず、テオフィルスを注視していた。


「彼は〈七竜の王〉だ。国を救うために、そなたを救う」

「え?」


 女神に立ち向かおうとするテオフィルスの後姿を、王は考えを新たに見直していた。初めて彼と会った時の、謁見の場を思い出す。


《私は〈七竜の王〉と呼ばれる者です。アルマレークに危機が訪れる時に現れる、七竜の魔力を扱い、国を救う宿命を持って生まれた者……》


 国を救う宿命……、それは私も同じだ。


《竜の指輪は領主となるフィンゼル家の人間を引き寄せる。私が欠けた指輪に引き寄せられ、エステラーン王国まで来たように!》


 ……私が彼の立場だったら、単独でここまで来ただろうか?


 天界という危険な場所で女神と対峙している彼の姿は、ただの青年にしか見えない。


「オーリン、オリアンナを守れるか?」

『当然だよ。僕達は運命共同体なんだから』


 王は彼に笑いかけた。


「良い子だ、オーリン」


 オーリンは驚き、呆然と父王の後姿を見送った。そんな事を言われた経験がない。天界人の彼にくすぐったい感情が湧き起こり、頬を赤らめた。王はテオフィルスの側に立ち、女神を振り返る。


「攻撃は止めてもらおう、女神アースティル!」

『私に命令出来るとお思い?』

「思う! 私を〈管理者〉にしたいのだろう? アミール・エスペンダ」

『…………(ずる)い男だわ!』


 女神は槍を退いた。それを確認した後、セルジン王はテオフィルスに向き直る。


「オリアンナ姫を救う方法があると言ったな。どういう事か、聞かせてもらおう」


 テオフィルスは少し視線を逸らし口籠る。


「それは…………」

「私には聞かせたくない事か?」


 〈七竜の王〉は溜息を吐き、ばつが悪そうに答えた。


「さっきまで彼女は守られていた、七竜レクーマと他の七竜達に。でも俺と婚約解消して、その加護が消えた……」

「つまり貴殿と婚約すれば、死は免れるという事か?」

「指輪を嵌めて俺の側にいれば……、完全に守られる。エステラーンで守れないのなら、アルマレークが守る!」


 テオフィルスの青い目が、毅然と王の瞳を見据えた。セルジン王の心には、希望と絶望が綯交(ないま)ぜに訪れていた。


「……七竜リンクルが同じ事を言っていた」


《《王族》と王国を、我等と国が女神から隠し通す》


 それを聞いた時のような衝撃は訪れなかった。心の片隅で覚悟を決めていたのかもしれない。


「オリアンナ姫が、承諾すると思うか?」

「思いません!」


 憮然とテオフィルスは答え、セルジン王を睨んだ。まるで他人事のように、王は笑う。


「ふふ、貴殿も大変だな」

「と……、ともかくあの女神に聞いても答えはない。早くここを出た方がいい。俺が囮になります!」


 話を逸らすようにそう言って、リンクルを呼び寄せる。


「何を言っている! 今の話では、貴殿に死なれて困るのは我等ではないか」

「死にはしません!」


 テオフィルスは微笑み、リンクルに飛び乗り飛び立った。竜が飛び立った事に女神は警戒し、再び槍をテオフィルスに向ける。


 戦いが始まる!


 セルジン王は急いで皆の待つ場所へと戻った。


「陛下、ご無事で何よりです」


 トキを始め王の元近衛騎士達は、王の単独行動を内心不安気に見守っていた。その彼等に頷きながら前を通り過ぎ、王は真っ直ぐ僕の元へ足を進め、その勢いで僕を抱きしめた。


「セ……、セルジン?」


 突然の王の抱擁に僕は驚き、いつも以上に狼狽える。


「あ……、あの……」

「そなたは生き残るのだ。何があっても」


 王がテオフィルスと何を話したのか分からないが、まるで別れの言葉のような口振りに不安を覚える。苦しい程の抱擁に、僕はただしがみ付くしか出来ない。やがて力が加減された時、今度は僕が抱き付いた。


「行かないで下さい! 僕の側にいて!」


 女神の元へ行ってしまう予感に、涙が溢れ子供のように駄々をこねる。王は僕を引き剥がし、頬にくちづけた。


「私はいつも、そなたと共にいる」


 王が優しく微笑んだのに、僕には彼の顔が涙でぼやけてはっきりと見えない。彼は再び僕を抱きしめたが、その顔はトキに向けられ目で命令を伝えた。トキは頷き、無表情に二人に近付く。


「私の愛する、オリアンナ姫」


 そう言いながら、王はトキに僕を渡す。


「生き延びよ! 必ず!」


 王が踵を返し、皆に命じた。


「守りを固めよ! 戦いに巻き込まれる前に、ここから出るのだ」


 僕はトキに腕を掴まれ、王の元へ行く事が出来ない。


「セルジン……、セルジン!」


 天界の宮殿内に、強烈な閃光が溢れた。女神アースティルが七竜リンクルに乗るテオフィルスに向け、光の槍を放ったのだ。光の渦が、凶器のように人々を襲い、触れた者は一瞬でその命を奪われる。先程三人の騎士を殺されてから、モラスの騎士による移動しながらの障壁が張り巡らされていた。


「ルディーナ、障壁はどのくらい持つ?」

「分かりません! ここは魔力が強すぎて、あまり持たないと思います」


 セルジン王は天界に入ってから、魔力を使えないでいた。その王に魔力を鍛え上げられたモラスの騎士達も、同様に魔力を使えない者が現れる。ルディーナを含む数人のみが辛うじて障壁を張る事が出来、その中にはエランも含まれていた。


「ルディーナ、無理にそなたをこの世に繋ぎ止めた事を、今も後悔している」

「あら、陛下らしくないですわ。私はセルジン様の側にいる事が、楽しかったのに」


 二人は微笑んだ。


「感謝する! 迷わず、本当の君主の元へ辿り着け」


 ルディーナは愛らしい笑顔で、嬉しそうに頷いた。その笑顔を見届けてから、セルジン王は障壁の外へ出る。僕の呼び止める声に振り返る事もなく、真っ直ぐに女神アースティルの元へ、雲の道を進む。皆は王の命令に従い、出口に向かって移動を始めた。僕はますますセルジン王と引き離される事に怒り、トキの手を剥がそうともがく。


「オーリン様、陛下の命令に従うんだ!」

「嫌だ、離せ!」


 突然、僕の身体から炎が現れ、トキは咄嗟に手を離す。


『駄目だよ、父上の命令に逆らっちゃ!』


 オーリンが僕を制止するが、その声は届かない。周りから溢れ出る炎を恐れ、近衛騎士達も手が出せず、僕は障壁の淵まで来た。


「ルディーナさん、空けて下さい!」

「だったら、皆で行けば良いわ。ご覧なさい、出入り口を」


 ルディーナが指差した出入り口には、天界の兵士達がいつの間にか現れ、行く手を阻む隊列が組まれていた。皆が息を呑む。


「逃げ場は無いみたいだから、陛下の後を追いましょう」


 ルディーナの可愛い声が、場違いに響いた。

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