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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二十三話 天界の幻都(二)

 美しい音色が聞こえた。竪琴かと思えたが少し違う、まるでシモルグ・アンカの声を聞いているような、頭に直接響く音。それは人々の緊張を和らげた。街を囲む円柱が消え、空に屍食鬼の姿はなく、一面柔らかな光に満ちた天空に、一本の巨大樹が爽やかに立つ。煌めく風にさやめく枝葉の奏でる音色は、巨大な木から出る梢の葉擦れの音だ。


 あの木の根元で眠れたら、気持ちいいだろうな。

 セルジンが横にいて、シモルグが優雅に空を飛んで。


 僕はそんな想像をしながら、共に馬を進めるセルジン王を見る。王は前を歩くマルシオン王を、警戒しながら見つめていた。得体の知れない(いにしえ)のエステラーン王マルシオンは、振り返る事なく颯爽と皆を導く。


 まるで守護者のようだ。

 でも……、彼の本当の目的は、ロレアーヌ妃の救出なんじゃないか?


 先程の彼の素振りは、どう見ても天界人に見えて、僕の心に疑念が渦巻く。


《彼女は嫉妬深い、気を付けた方がいい》


 メイダール大学図書館で出会ったウロボロスの、地から響くような(しゃが)れ声を思い出す。


 女神……。

 今から会いに行くのは、どの女神だろう?

 数が多すぎて分からないよ。


 この世には地に住まう神と、天に住まう神がいる。地に住まう神は直接人々に影響を与え、天に住まう神は地上には無関心。必然的に地に住まう神々が、多く人々に崇められている。


 天に住まう神は、遠い(いにしえ)の神話の中に存在する。主神ラーディスを中心に様々な神々が、竜神イルシューと戦い勝利する。負けた竜神は八つに切り裂かれ、七つは地上に一つは魔界へ落とされたという。


 僕は子供の頃に神話を面白い読み物として読んだが、女神の名前をそんなには記憶してはいない。


 一番好きだったのは……、知恵の女神エイアだったかな?

 怖かったのが戦いの女神……、あれ?

 名前覚えてない、なんだっけ?


 ふと視線を感じて横を向くと、王の横にいるテオフィルスがじっと僕を見ている。目が合った瞬間、お互いそっぽを向く。


 なぜ彼を、側に置くんだろう?


 王が何を考えているのか、僕には推測する事も出来ない。婚約を解消して以来、テオフィルスに対するイライラが募った。それがどうしてなのか、考える気にもなれない。






 一行は急な坂道を、歩兵の速度に合わせてゆっくり馬で上る。急坂の割に、息が乱れる事はない。不思議な浮遊感が国王軍の警戒心を解き、皆の気分が高揚し自然と微笑みがこぼれた。天馬に乗った美しい天界の兵士達が、楽しげに並走する。


 道の両側には頂点の宮殿を囲むように、丈高い白亜の建物が建ち並ぶ。不思議な材質で出来ているその建物は、広い雲の敷地に建ちそれぞれが独立した領土を占めているように見えた。こんな綺麗な場所は見た事がない。


「この辺で良いだろう」


 突然、前を歩いていたマルシオンが立ち止まり振り返る。セルジン王は手を上げ大将アレインが指示を出し、伝令達が国王軍に止まるように大声で指示を伝えた。国王軍の長い列が乱れる事なく、急坂の途中で止まる。


「マルシオン王、まだ目的地は先に見えるが?」

「いや、ここで良い。前衛部隊をここに置いて行け」


 マルシオンの言葉と同時に、まるで雲が広がるように道が変化し広場が現れた。国王軍の気分の高揚は、一気に吹き飛ぶ。先程後衛部隊と引き裂かれ、離れ離れになったばかりである。前衛部隊とこの未知の天界で別れ、本隊のみで女神と対する事になる。


「それは出来ぬ! 前衛部隊の身の安全の保障が無い限り……」

「それは貴殿次第だ、セルジン王。いずれにせよ宮殿に入れるのは、一握りの人間のみ。貴殿はせいぜい女神の機嫌を取るのだな」


 マルシオンは歪んだ笑いを王に向ける。


「私は、誰の機嫌も取らぬ!」

「強がっていられるのも、今のうちだ。行くぞ」


 マルシオンは一人背を向け、先へと進んだ。セルジン王は憤りを感じながらも、冷静に指示を出す。


「アレイン、そなたは前衛部隊を守れ」

「しかし、陛下……」

「国王軍を統率出来る人間は限られている。私に何があった時には、兵を退け。天界の兵士と戦うのは無意味だ」

「判りました。陛下、どうぞご無事で……」


 アレインは王に一礼し、前衛部隊の元へ行き待機を命じた。


「セルジン……」


 僕は不安から、王の腕に触れた。王は微笑みながら、その手を取りくちづける。


「大丈夫だ。何があっても、そなただけは守り通す」

「僕は……、あなたの方が心配です!」


 王がまるで死を覚悟しているように見えたからだ。僕の手を取る王の手に、力が込められた。ここでは魔力が使えないと言っていた王の手から、安心感が伝わり、僕の心に沁み渡る。


「陛下……、魔力が?」

「そうではない。だが、これは別の魔法だな」


 そう言って王は優しく微笑みながら、馬上で僕を抱き寄せくちづけた。






 急坂を上る国王軍本隊の足取りは、前衛部隊と別れた辺りから次第に重くなる。まるで頂上にある宮殿が意志を持ち、僕達の来訪を拒否しているように感じた。周りを囲む天界の兵士達は、先程とは打って変わって冷たく敵意に満ちている。


 それは異常なまでの緊張感を生み出し、国王軍の足取りはさらに重く苦しくなる。どんなに歩いてもあの宮殿には辿り着けない、そんな錯覚が宮殿をさらに遠く見せていた。どれだけ進んだのか分からなくなった頃、マルシオンが立ち止まり振り返る。


「人間の割に根性のある軍だ、普通は途中で挫折するぞ。褒めてつかわす!」


 まるでこの世の支配者のような口振りに、疲れ果てた国王軍は憤りを覚えた。


「我等を試してでもいるのか、何のために?」


 セルジン王はあからさまに不快感を示す。マルシオンは嘲り声で笑った。


「ここは天界。本来、人間の立ち入りは許されぬ。貴殿は女神が招いているが、他はどうでもいい」

「我が軍には、指一本たりとも触れさせぬ! 女神にそう伝えよ」

「そんな事は、自分で伝えろ」


 マルシオンがそう言った瞬間に、目の前に宮殿が現れた。光り輝くその神々の宮殿は、確かに人間を拒否している。あまりの荘厳さに人々は後退り、中には跪く者もいた。


「本隊はここで待機しろ。中に入る者は、生きて帰れると思うな!」


 マルシオンの非情な言葉に、一同は騒然となる。招かれているのはセルジン国王唯一人、他の人間が宮殿内に入れば死んでしまうかもしれないのだ。国王は一人、前へ進んだ。


「本隊はここで待機! マルシオン王、案内を願おう」

「待って下さい、僕も行きます!」


 僕は王に抱き付いた。


「危険だ、そなたはここで待機していなさい」

「嫌です! 僕はオーリンの命の光で生かされている、だからきっと平気です」

「そなたが行けば、近衛騎士達も行く事になる」

「あ……」


 僕は自分を守る者達を振り返った。トキもルディーナもエランも、僕を守るために付き従ってくるだろう。彼等を死なせる訳にはいかない。


「僕は……」

「私は元より、一度死んだ身ですわ。お供します」


 昨夜ルディーナは自分の死を予言した。僕は首を横に振る。涙が出そうになった。


「僕もそうだよ、君に助けられた。だから、付いて行く」


 エランの発言に、僕は顔を下に向け、涙を見られないようにする。


「私は死等、怖くはない!」


 トキは一人憮然と言う。そして、意外な人物が名乗り出た。


「ふん、神の宮殿か。覗いてみるのも、悪くない」


 テオフィルスが平然と言ってのける。僕は顔を上げ抗議しようとした時、ルディーナとトキに従う者達が続々と前へ進んだ。


「どうやら止めても、無駄なようだな」


 セルジン王は溜息を吐きながら、マルシオンに顔を向けた。


「案内願おうか?」

「竜の眷属と何時から仲良しになった? 女神がかつての敵を、許すと思うか!」


 マルシオンはテオフィルスを睨みつけながら、王に問質す。


「彼は我が国に必要な人間と判断した。それだけの事だ」

「……知らぬぞ!」


 古の王は顔を歪ませながら、皆に背を向け宮殿の扉に近付く。すると大きな扉は、音もなく開いた。外から中を窺う事は出来ない。それはまるで《聖なる泉》の門に似て、不思議な空間へとつながっている。


「エネス・ライアス。後を頼んだぞ」

「承知致しました! 陛下のご帰還を、お待ち申し上げております」


 宰相エネスは厳しい顔付きで、セルジン王に付き従う者達を見送った。






 宮殿の扉の中は、まったくの異空間だ。宮殿内の建物は存在せず、有るのは蒼穹。そして雲の道の先に存在する、巨大樹のみ。その大きさに皆は圧倒され、言葉も出ない。太い幹の下の根元は雲に隠れ、いったいどこから木が生えているのか想像も出来ない。


 空に浮かぶ巨大樹の周りに、シモルグ・アンカが優雅に飛び、歌うように鳴いている。四枚の燃えるような翼は蒼穹に映え、長い孔雀の尾羽は流れる風の如く空になびく。やがてシモルグの灰色の女人の顏は、国王セルジンを捉えた。優雅な聖鳥は、国王の元に舞い降りる。


『会いたい?』


 不思議な頭に響く声で、王に訊ねる。


「そのために、ここまで来た」


 聖鳥は微笑み再び飛び立ち、巨大樹の根元に降り立つ。そして虹色に輝く息を吹き出す。息は虹色の霧が固まったように次第に大きくなり、一人の人間を作り出した。王は聖鳥が飛び立つと同時に後を追い、雲の道を巨大樹に向けて進んだが、途中で立ち止まる。


「セルジン?」


 僕は王に追いつき、呆然と正面を見ている彼の顔を覗き込んだ。彼はシモルグが吐き出した、人物を見つめている。その女性は長い真っ直ぐな黒髪に、真っ白な美しく長いドレスを着ていた。美女と呼ぶに相応しい目鼻立ち、そして珍しい紫色の瞳。微笑み頷くしぐさに、上品な色気が漂う。


 なんて、綺麗な(ひと)


 僕は素直にそう思った。そして、王の呟いた一言に愕然となる。


「アミール・エスペンダ……」


 セルジン王の最愛の女性が、そこにいた。

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