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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二十三話 天界の幻都(一)

 僕は怒っていた。国王軍がトレヴダール城に向かって出発した時、セルジン王の横にテオフィルスが並んでいたからだ。まるで彼一人が王の近衛騎士を務めているように。


《馬鹿な、ヘタレ小竜。お前は竜騎士、失格だ!》


 イリがいなくなった悲しみが収まっても、あの一言はどうしても許せない。


 僕はイリと友達になっただけだ。

 もともと竜騎士じゃない!


 彼の態度が僕を馬鹿にしているようで、思い出すだけで頭に血が上る。


 こんな奴、大嫌いだ!


「……オーリン様?」


 ルディーナの呼びかけが聞こえたが、頭に血の上っている僕は周りが見えない。


 大嫌い……。


「おい、ヘタレ小竜!」

「……!」


 テオフィルスの低い大声が、僕の周りにいる人間を凍り付かせた。王太子をヘタレ呼ばわりした不届き者は、今は王の横に並ぶ特別な存在と見なされている。僕は驚きに大きく口を開けたまま、呆然と彼を見た。セルジン王の前で、絶対に呼ばれたくない言葉だ。


 ヘタレ小竜!


「陛下がお呼びだ、早く来い!」


 僕の怒りは、頂点に達した。テオフィルスの横に馬を進め、僕は腰を浮かして彼の横を通りすがりに、甲冑からわずかに覗く膝裏を、甲冑の靴で思いっきり蹴り上げた。


「うっ! ……く……っ……」

「陛下の前で、ヘタレ小竜と呼ぶな! ふんっ!」


 僕は真っ赤になって、ぶりぶり怒りながら勝手に馬を前に進める。僕の近衛になったエランは、馬の上で(うずくま)るテオフィルスを横目で見ながら、悪魔のような笑みを浮かべた。僕の蹴りの痛さを、一番知っているのはエランだ。テオフィルスに同情の視線を投げながらも、セルジン王は無言で笑う。


「オリアンナ、私の横へ」


 王の呼びかけに僕は振り返り、天使のように微笑んだ。


「はい、セルジン」






 断崖絶壁の上に建つトレヴダール城の周りには、大きな城下街が横たわる。そこを抜けなければ、城への道に辿り着けない。枯れた森を抜けて行く先は徐々に傾斜し、大地にしがみ付く朽ち果てた建物が現れる。崩れた壁に焼け落ちた屋根、枯れた枝が道を埋め尽くし、十五年間放置された城下街は、まるで国王軍の到着を拒否しているように見える。死んだ者達の呻き声が聞こえそうに思える。


 嫌だな、こんな大きな街に誰もいないなんて。


 旅の間にも廃墟は何度も目にしてきたが、今回は規模が違い、城下街の道はまるで迷路のように込み合っている。


「先兵隊を送れ! いつもの通り、目的地までの通れる道を見つけ出すんだ!」


 前衛隊を指揮する隊長が、大将アレイン・グレンフィードの指示に礼を取り立ち去った。廃墟に大量の人間が入り込むのは危険だ。いつ建物が崩れるか分からない状況で、魔物と遭遇する危険があるからだ。先発隊が安全を確認しながら、障害物を取り除く。国王軍は少しずつ城下街へ移動する。


「エネス、変だとは思わぬか?」

「……陛下もお気づきですか」


 そう言って二人は街を囲むように建つ、丈高い台座の上の球体を見つめた。


「あんな物、以前はなかった」

「ええ、ここが壊滅した時にもありませんでした。誰か支配者がいる証拠でしょう」

「……女神だな。では好都合だ」


 セルジン王は水晶玉の〈管理者〉になる事と引き換えに、僕を生かす約束を、女神にさせるつもりでいた。僕は〈ありえざる者〉オーリンの、命の光によって生かされている。王が水晶玉から切り離された時、命の光は僕を離れセルジン王に移り、水晶玉の〈管理者〉となる。僕はその段階で死を迎えると、オーリンは言っていた。


 僕はセルジンを助けるためなら、死んでもいい。

 でも……。


 そう思って王を見ると、彼は微笑みながら僕に手を差し伸べている。馬上で王と手を繋いだ。


「さあ、参ろう」


 王の笑顔が、僕の不安をかき消し、心に明るさが舞い戻る。王の側にいると、心は満たされる。僕は微笑み、頷いた。


 生きたい、あなたの側で……。


 (はかな)い願いを女神は聞き届けてくれるのか、それを確かめるために二人は進んだ。






 国王軍はゆっくりと進む。前衛部隊が先発隊の連絡を待って、城下街に広がって行く。先発隊が切り開いた道を、障害物をさらに取り除き、道幅を新たに大きくし、前衛部隊が完全に城下街に入り、セルジン王を囲む本隊が、廃墟の街へと入り始めた。


「……ここは、変だ」


 テオフィルスが何かを感じ取り、ぼそりと呟いた。廃墟独特の打ち捨てられた埃っぽい風が吹き付ける中、何かが存在している気配がしてならない。それは僕も同じで、王と手を取り合っていなければ、何もかも捨てて逃げ出したい程の、恐ろしい気配を感じ取っていた。本隊の半分が入りかけた頃、誰かが異変に気付く。


「光っているぞ!」


 その声に僕は振り返る。廃墟を囲む球体の石像が、光を帯び透明に見え、中に何かが(うごめ)いていた。車軸の無い歯車が幾重にも連なり機械じみたそれは、球体の殻を割り、廃墟の乾燥した空気を貫く強烈な閃光を放った。人々は一斉に目を覆い、しゃがみ込む。何が起ったのか判らないまま、僕は馬上で王に守られ抱きしめられた。


「大丈夫か?」

「は、はい。いったい、何が……?」


 光はいつの間にか消え、石像の球体は消えていた。台座のある上空に(ゆる)やかな光を放ちながら、機械のような球体が浮かび、その周りから透明な光の幕が広がり始める。機械は一機ではなく、確認するだけでも八機の物体から、廃墟の街を囲むように光の幕が伸びていた。


 国王軍の本隊は、王に従う者達が幕の中に大急ぎで駆け込み、後衛部隊の大部分が幕の外に取り残される。光の幕に身体が触れた人間は、瞬時に一切の原形を留めず消滅した。国王軍に、恐怖と混乱が広がる。


「陛下をお守りしろ! 前衛部隊、第三隊から第五隊は後衛へ」


 大将アレインの冷静な大声が、混乱を鎮める。大勢の兵士達が後衛に回り、王を守り光の壁から本隊を遠ざける。外に残された後衛部隊は光の幕を打ち破ろうと、投石器で破壊を試みたが、打ち付けられた石は幕に触れた瞬間に消失し、何の役にも立たない。


「弓兵、あの機械を撃ち落とせ!」


 後衛部隊の指揮官が、上空の機械を指差した。弩弓の射手は光の幕に近寄り、上空の機械に矢を放つ。投石器でも同じく機械に狙いを定め、石を放ったが当たる事は無く、逆に国王軍に跳ね返った。後衛部隊に死傷者が出た事で、攻撃は一旦取り止めとなる。得体の知れない機械は、まるで嘲笑うように空中で上下に漂っている。


「おい、幕が伸びているぞ」

「え?」


 その異変に気が付いた者は、自分達が丈高い円柱の中と外にいる事に呆然とした。円柱の先は間もなく、屍食鬼達へ達する。屍食鬼が降りてくるかもしれない、誰もがそう思った時、円柱の内側に入った屍食鬼が徐々に消滅し、日の光が差し込んでくる。屍食鬼の覆い尽くす暗黒の天空に、一か所だけ穴が開き青空が覗いた。

 僕は王の腕の中で、それがとても美しいと思えた。だが……。


「何だ、あれは?」


 最初、それは青空に光る一つの星と思えた。それはやがて線となり、円柱に螺旋を描きながら降りてくる。近づいて来たそれは、美しい天馬に乗った光り輝く兵士達……、天界の軍勢だった。


 しかも人も馬も、通常の人間の倍くらいに大きい。国王軍はその迫力と美しさに、度肝を抜かれ戦意を喪失した。今まで戦ってきたのは知性の無い醜い屍食鬼ばかりだったが、この軍勢は神々しいばかりの叡智を携えている。天馬は廃墟を踏み潰しながら、国王軍を囲む。


「セルジン……?」


 王が抱きしめる腕に力を込めた事で、緊張が僕に伝わる。


「……天界の領域だ。私の魔力が効かない」

「え?」


 僕は青ざめた。王は厳しい顔付きで僕を離し、辺りを見回しながら叫んだ。


「マルシオン王! 私を迎える準備は出来たのであろう。姿を見せたらどうだ!」


 天界の軍勢は身動き一つせず、ただ黙ってセルジン王を見つめていた。廃墟の空気は、痛いほど張りつめている。


 笑い声が聞こえた。廃墟の丈高い鐘楼から、その声は響き渡る。


「天界の兵士達、貴殿達は大き過ぎるようだ。人間の大きさに合わせてはくれないか? 私の姿が、目立たないだろう?」


 その傲慢な命令に、天界の軍勢は従った。みるみる彼等の大きさが縮み、人間とほぼ同じ大きさに変わったが、神々しさは消える事はない。視界を遮る兵達が縮んだ後、王は声の方向を見る。すると鐘楼から輝く翼を持った人間が飛び降り、滑空して兵達の頭上を飛び、王の前で羽ばたきながら、金色の髪をなびかせ降り立った。


「遅かったな、セルジン・レティアス・ブライデイン。臆したのかと思ったぞ」


 挑発的に微笑むマルシオン王に、かつてセルジン王の薬師として仕えていたマール・サイレスの姿はない。昨日出会った時の黒い服装は、煌びやかな金糸の刺繍が施された白い、まるで戴冠式にでも出るような服装に変わっていた。


「ふ、女神に会うための正装か? 時間の放浪者が、そんな服装をどこで手に入れた?」

「あいにく私は、貴殿を上回る魔力の持ち主でね。服装等どうにでもなる。それより、彼女は美しいものを好む。気を付けた方がいい」


 王は呆れたように、周りを見渡す。


「美しいもの、こんな廃墟で?」


 マルシオンは馬鹿にしたように笑った。


「まだ、廃墟に見えているのか?」


 その一言で、辺りの景色は一変する。廃墟は消え去り、壮麗な白亜の都が姿を現した。それは王都ブライデインにも似て、斜面に巨大な建造物が十分な広さと間隔を持って建ち並んだ大都市だ。斜面の頂上には、優美な宮殿が聳え立つ。


「ようこそ、天界の都へ」


 マルシオンがそう言って微笑んだ時、聞き慣れた鳴き声が聞こえ、僕は驚き振り返る。光の幕の向こうに、煌めく夕陽色の炎が見えた。それは凄いスピードで、光の幕に突っ込んでくる。


「来ちゃ、駄目だ。危ないっ、シモルグ・アンカ!」


 四枚の燃える炎のような翼は勢いを失わず、そのまま光の幕に飛び込んだ。


「シモルグ!」


 僕の心配をよそに、聖鳥は光の幕を突き破り無事に円柱の中に侵入した。僕はホッとし、聖鳥が降り立つのを待った。だがシモルグは真っ直ぐ、天界の宮殿へと向かう。夕陽色の聖鳥が宮殿の中へと消えた。セルジン王は顔を(しか)め、警戒してマルシオンを睨む。


「さあ、役者は揃った。ご案内しよう」


 (いにしえ)のエステラーン王は、大きな翼を長い豪華なマントに変えて、行く手を指し示した。宮殿へと続く大きな一本道が、僕達を迎えていた。

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