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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二十二話 イリの脅威

 爆風で吹き飛ばされた枯れ木が、波を打つように丈高く横たわっている。竜の葬儀が行われた場所は、夜には暗闇で見えなかったがそんな場所だった。王が野営地を、わずかに残った森にした理由は明白だ。


 ここじゃあ、屍食鬼達から丸見えだ。


 竜の羽ばたきで巻き起こる大きな風を浴びながら、僕は一騎ずつ空へと飛び立つ竜騎士達を見ていた。上空は屍食鬼の群れで覆い尽くされているが、地上との距離は遠い。アルマレーク人達が帰還出来る、絶好のタイミングだ。


「今日は屍食鬼達が遠いですね。陛下のご配慮ですか?」


 セルジン王の横に来た宰相エネス・ライアスが、上空を見上げながら訊ねる。


「私も不思議に思っていた、こんなに空が広いのは初めてだな。まるで竜を帰還させたい意志でも働いているようだ」


 王と宰相は顔を見合わせた。


「女神でしょうか?」

「そうかもしれぬ。水晶玉の魔力がぶつかり合って、アドランは吹き消えたのに、なぜ私にはダメージが無い?」

「マルシオン王が陛下を助けられたのでは?」

「分からぬ。彼が現れたのは、あの爆風の直後だ。瞬時に私を守る事等、出来るのか?」


 王は森の後ろ、断崖絶壁の上にそびえる廃墟を見つめた。トレヴダール城―――、そこに女神が待っている。セルジン王の横にいた僕は、マルシオン王の冷たい琥珀色の瞳を思い出した。


 《愚かな姫君、後悔するぞ》


 僕は左腕にはまる腕輪のある位置の腕甲に触れる。


 《天界の罠に堕ちたくなければ、はめるべきではない》


 すぐにでも、腕輪を取り除きたい衝動に駆られる。テオフィルスを助けた時は制御出来たが、普段の状態で魔法制御出来る自信は、まったくない。焦りにも似た気持ちで、次の竜が飛び立つ様子を見ていた。


 風が巻き起こり、僕の金色の短い髪がなびく。竜が飛び立った場所に、羽ばたきが巻き起こす風に、身を屈めるテオフィルスの姿が現れた。七竜の決めた婚約を、解消したばかりで気まずい気持ちと、彼の姿がまだ心を動揺させる事に僕は苛立ちを覚えた。不意に視界を遮るように、目の前に人が立つ。


「エラン」

「風除け。これも護衛の務め」


 そう言って、にやにや笑う。王に僕の近衛を命じられてからのエランは、時々レント城塞にいる時のような、悪戯っぽい笑顔を僕に向ける。人数の増えた近衛騎士隊に囲まれて、トキとルディーナに挟まれ緊張感が漂う中、彼の笑顔が僕には救いだ。


「オリアンナ、そろそろイリを」

「はい!」


 王の呼びかけで僕は、イリが待つ自分の天幕に行くため騎乗した。この場所へ移動する際、イリについて来るように呼びかけたが、眠ったまま動く事もなかった、まるで声が聞こえてないみたいに。


「護衛は途中まででいいよ、イリが威嚇して暴れても困るから」

「判りました。ではオーリン様が見える範囲で待機致します」


 トキが答えルディーナと共にそれぞれの馬に騎乗し、各隊の騎士達も移動のために用意を始めた。王は黙って彼等の様子を見ている。横にはエネス・ライアスとアレイン・グレンフィードが、王を守り待機していた。


 昨夜まったく対極の行動を取った二人は、その事が(わだかま)りとなったりしないか、僕はどことなく不安を覚えた。セルジン王が微笑みながら近より、騎乗した僕に手を差し伸べる。王と手が重なり、不思議な安心感が生まれた。 


「イリに近寄る時は、竜騎士の鎧を着用する事を忘れるな」

「はい。でもセルジンは?」

「私はテオフィルス殿と話がある。すぐに天幕へ戻るが、出立の準備をしておくように皆に伝えてほしい」

「判りました」


 王は僕の手にくちづけし、微笑みながら別れた。その場を離れる前に僕は、頭数が少なくなった竜と、一人残るテオフィルスを見る。空を見上げる彼は、竜騎士達を見送っている。屍食鬼に覆われた薄暗い空に、竜の吐く薄赤い炎の吐息が、印のように棚引く。竜が一頭、また一頭遠ざかって行く。


 一緒に、帰ればいいのに……。


 婚約を破棄して、もう関係ないはずなのに、なぜか胸が痛んだ。






 イリは相変わらず、僕の天幕の前に居座って眠っている。竜を起こさないようにそっと近づき、横を通り過ぎて天幕に入った。


「オリアンナ様、そろそろあの竜を、どかして頂けませんか?」


 ミアは顔を引き攣らせて入り口を指差した。どうやら竜が怖いらしい。


「分かってるよ、そのために戻ったんだ。竜騎士の鎧の装着を手伝ってくれるかな」

「はい!」


 ホッとしたように急ぎ鎧の用意を始める。何度か身に着けているうちに、ミアも他の侍女達も、異国の鎧の装着に慣れてきた。


「そんなに、竜が怖い?」

「まあ! オリアンナ様は、怖くありませんの?」

「うん。怒ると怖いけど、普段はかわいいよ」

「そ、そうですか……」


 納得いかないように、ミアが首を傾げる。僕は微笑みながら、イリに出会ったからだと思う。あの真ん丸の目を見た時から、可愛いと思い心が通じ合った。突然僕を連れ去ったり、周りを蹴散らして突進したり、厄介な面はあるけど、僕を慕ってくる姿を見ると邪険には出来ない。鎧を装着し篭手(こて)の内側を見て、侍女達が怖がる理由も解る。


 素手で竜に触れないなんて、人間とはまったく違う生き物なんだ。

 あんなに可愛いのに……。






 天幕を出て、イリから少し離れた所で立ち止まる。トキと近衛騎士隊は竜を刺激しないように、立ち枯れた森の木の陰に待機していた。ルディーナが指揮するモラスの騎士は、魔力の届く範囲で僕を囲む円陣を組む。エランもその中にいた。


 早くこの状況にも慣れなきゃ。


 大勢の人間に護衛される事に戸惑い、彼等の視線に自由を奪われる。溜息を吐きながらイリを振り返ると、竜は緩やかに首を上げ、何かを探して辺りを見回していた。


「イリ!」


 僕が近づこうとしたその時、イリが鎌首をもたげ、身体を膨らませ翼を大きく広げて、口を開けて威嚇する。暗い口の中から、赤い炎が揺らめく。


「え?」

「オーリン様、危ない!」


 ルディーナの悲鳴にも似た警告は、イリの大音量の咆哮で消えた。僕は耳を押えてうずくまり、意識を失いそうになり地面に倒れる。それはモラスの騎士達も同様で、唯一影響を受けなかったルディーナが、僕の側に駆け寄り障壁を作る。


「大丈夫ですか、オーリン様?」


 抱き起こされた僕は、耳が完全に聞こえなかった。朦朧(もうろう)とする意識の中で、何が起ったのか必死に思い出そうとする。身体に大きな振動が伝わり、それが竜の近付く地を揺るがす振動だと気付いた時、僕は恐怖のあまり目を見開く。


 イリは怒りに棘状鱗を逆立て、大きな口を開けながら僕に向けて突進してくる。ルディーナの作り出す障壁に触れ、金属的な悲鳴を上げながらも、その障壁を突き破る勢いで、何度もぶつかった。僕の耳が、<生命の水>の魔力で、徐々に回復する。


「ダメだ、イリ! 暴れるな!」


 イリの鱗は障壁に触れて傷つき、端から割れ始めていた。


「イリ!」


 僕がイリに駆け寄ろうとするのを、ルディーナが必死に押さえつける。


「いけません! イリはオーリン様を攻撃するつもりです」

「どうして? そんな事はしないよ!」

「オーリン様の声が、聞こえていない、分かりませんか?」


 言われて僕は、呆然とイリを見つめた。怒りで鱗は黒く変色し、目は興奮して尖り、大きな口の中から今にも炎を吹き出しそうになっている。炎を吐かれたら、大勢の人間が焼け死ぬだろう。


「ゆっくり、後退しましょう。刺激しては、ダメです」


 僕達は後退を始めた。モラスの騎士達の中には、まだ意識を失って倒れている者達もいる。エランが逸早く回復し、意識のある者達に障壁を作るよう呼びかけた。トキと近衛騎士隊も意識のある者達は仲間を助け起こし、イリを刺激しない場所まで移動を始める。


 イリはその動きに反応し、翼をバタつかせ大きな風を巻き起こす。少し空中に浮きあがったイリは、上体を大きく反らし口の中の炎を周りに吐き出そうとした。


「火を吐くぞ!」


 トキの警告に意識のある者達は、木立の陰に隠れ身を低くする。

 イリが炎を吐き出した!


「イリ! 止めろ―――!」


 僕が叫んだその時、上空に大きな羽ばたき音と、不思議な鳴き声が聞こえた。イリは炎を吐くのを止め、その声に答えるように鳴き始める。イリの鳴き声は、どこか物悲しく聞こえた。羽ばたきが近付く、そしてイリより大きな竜が、地上に舞い降りた。


[リンクル、火を消せ!]


 竜の背から命令が聞こえると同時に、周りを焼き尽くそうとした炎が消えた。声の主は竜から飛び降り、イリの目の前に立つ。テオフィルスは同情するように、イリに呼びかけた。


[お前の竜騎士は、いなくなった訳じゃない。今はお前に、心を開く事が出来ないだけだ。イリ、〈七竜の王〉として命じる、レクーマオピオンへ帰れ!]


 イリは抗議して鳴いたが、七竜リンクルが一喝する唸りを発した事から、項垂れ従う素振りを見せた。テオフィルスはアルマレークの方向を指差し、イリに飛び立つ命令を出す。イリはまだ自分の竜騎士である僕を待っていた。目の前にいる事に気付かず、僕が呼びかけるのを待っている。


[イリ! 帰れ!]


 イリは僕を呼び、可愛い声を上げる。だが、答えは返ってこない。悲しい叫びを残しながら、イリは飛び立った。風が巻き起こる中、僕はイリに向かって必死に呼びかけた。


「イリ、イリ! 僕はここにいるんだ、どうして分からないんだよ! イリ―――!」

「無駄だ! お前は七竜の加護を捨てた。ただの領主家の血縁の扱いになったんだ」

「どういう事だよ? イリは、僕の竜だ」


 僕は怒りから、テオフィルスに掴みかかる。彼は溜息を吐きながら、冷ややかな目で僕を見下ろした。


「お前、七竜レクーマの声が聞こえないだろう?」

「あ……」


 言われてみれば、そうだ。レクーマの声も、身近にあった存在感もなくなっている。


「〈七竜の王〉との婚約を破棄したお前がイリに乗るには、何年もかけて一から竜騎士の修行に励むか、レクーマの指輪を嵌めるしかない」


 僕は呆然と、彼を見つめた。


「馬鹿な、ヘタレ小竜。お前は竜騎士、失格だ!」


 冷たく僕の手を振り払い、テオフィルスは元婚約者に背を向け立ち去った。僕はただ、その姿を見送るしかなかった。イリに失った悲しみに、一筋の涙を流しながら……。

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