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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二十一話 解放

 しばらくして僕はようやく冷静さを取り戻し、心配するミアをおいて再び天幕から出て王の元へ向かう。泣き顏を見られないようにマントのフードを深く被って顔を隠し、少し不貞腐れ気味にセルジン王の前に立った。


「気に入らない事をしたようだな。怒りは当然だろう、私が突然、勝手に考えを変えたのだから」

「……どうぞ、陛下のお心のままに」


 テオフィルスが王の側にいる限り、気安く王の名を呼ぶ事も出来ない。彼に正体を見破られた事を、王に悟られてはいけないのだ。王の前で男子を装うのが辛く思えていた矢先に、逆戻りを強いられる。


 僕は……、誰を守っているんだろう?


 フードの陰から、テオフィルスを睨みつける。彼は無表情を装いながら、真青な瞳を僕に向けていた。その瞳に心を奪われそうになる自分を、心の中で叱責(しっせき)する。


 七竜に操られているだけだ、彼を好きな訳じゃない!

 しっかりしろ!


 王は僕の言葉を汲取り、次の指示を出す。


「そうか。では、そうさせてもらう。トキ・メリマン!」


 僕の心が凍り付きそうになった。トキが王を裏切る行動を起こした制裁が、今行われるのではないのか。僕はフードの影から緊張しながら、事態の成り行きを見つめていた。


「御前に、国王陛下」


 近衛騎士隊長トキは元より裁きを受ける覚悟で、王の前に(ひざまず)いた。


「ルディーナ・モラス」

「はい、セルジン様」


 王の後ろからちょこんと、モラスの騎士の総隊長が姿を現し跪いた。緊張したその場にまったく不釣合いな彼女は、人形のように華やかで、愛らしく微笑む。


「そなた達の私への、警護の任を解く」


 二人は静かに王の裁きを受け止めたが、僕は衝撃を受け王に詰め寄った。


「待って下さい! 二人は僕を助けてくれただけです。陛下に逆らった訳ではありません!」


 マントから(のぞ)く僕の顏は、目が少し赤くなっている。驚いた王は、僕のマントのフードを外し、顔に手を添え上向かせた。


「そなた、泣いていたのか?」


 僕は怯み王の手を逃れようとしたが、王は屈み込んで僕を抱き上げ、自分の腕に座らせた。


「わぁっ……! 陛下?」


 突然の視界の高さと、バランスの悪さに恐怖を感じ、僕は思わず王の首に抱き付く。


「陛下! 降ろして下さい!」


 僕は真っ赤になって抗議した。王はそれを無視して、次の指示を出す。


「エラン・クリスベイン、ここへ!」


 モラスの騎士隊の後方にいたエランは、突然の呼び出しに狼狽える。昨夜の行動を王は全て見抜いている、関わった誰もがそう思った。


「セルジン様、詳細は先程お伝えした通りですわ」


 エランの呼び出しに、ルディーナも黙っていられない。斜め後ろに控えるエランを庇うように立ち、王から隠す。王が怒りを継続させていると誰もが考え、辺りに緊張が漂う。


「陛下、彼等は関係ありません! お願いです、降ろして下さい」


 こんな時に他の誰より高い位置にいる事に、僕は困り果て助けを求めるように周りを見渡した。王の隣にいるテオフィルスと目が合う。昨夜のエランとの喧嘩(けんか)のせいで、彼の頬と唇は赤黒く腫れ上がり痛々しい。それはエランも同じで、明らかに彼等が殴り合った事を証明していた。


 テオフィルスは呆れ顔で僕を見上げている。呆れているのは王の大らかな行動に対してか、困ってあたふたしている僕に対してか。僕はあからさまに視線を逸らしたが、そんな様子を気にもせず、王は声を張り上げた。


「そなた達三人とその部下は、今からこの王太子専任の近衛とする。私に何があろうと、必ず王太子を支え守り抜く事を私に誓え!」


 王を取り巻く者達から、安堵(あんど)の息遣いが聞こえた。僕は驚き、降ろそうとしない王を見下ろした。


「陛下?」

「トキ・メリマン、ルディーナ・モラス、エラン・クリスベイン、私に誓いを!」


 王は真剣な眼差しで、三人を見つめていた。


「もとより、オーリン王太子殿下をこの命に代えてもお守りする所存で御座います。陛下に誓います」

「私も、当然ですわ。誓います」

「陛下の御意志に従います。微力ですが、必ずお守りする事を誓います!」


 三人はそれぞれの意思を王に告げ、セルジン王は頷き、微笑みながら僕を見上げる。


「そなたは国のために命を懸ける者達を守るのだ、それが《王族》の務め。出来るか?」

「はい、僕は彼等を……、国王軍を守ります。陛下に誓います! ……でも、陛下は誰がお守りするのですか?」


 僕は王の顏を、心配そうに上から覗き込む。王は僕を支えながら、優しく唇にくちづけた。アルマレーク人が大勢いる中での王の大胆な行為に、僕は思い知った。


 テオフィルスに完全に気付かれた事を、セルジンは知っているんだ。

 だから、彼を手元に置いた!


 その事に戸惑いながらも、僕の意識は王の行為に呑まれ何も考えられなくなった。やがて脱力した僕は、王に抱きしめられながら地面に足を降ろす。


「セルジン……」

「そなたは、誰にも渡さぬ」


 王は僕の耳元で(ささや)く。僕は微笑みながら、彼にしがみ付いた。


「離さないで下さい。僕はあなたと一緒にいたい。ずっと……、あなたの側にいさせて下さい」


 答えるように王は、抱きしめた腕に力を込める。王の長い黒髪が、優しく流れ僕を包む。少し苦しい状態で僕は、今まで経験した事のない幸せに自然と涙が溢れた。王がアルマレーク人の前で、僕を一人の女性として扱ったのだ。それは長年課せられた男子としての(くび)()を、解き放つものだった。


 王太子オーリンではなく、王の婚約者オリアンナ姫を印象付ける。僕の無意識の望みを、セルジン王は叶えたのだ。王は腕の力を弛め僕を少し離し、指で優しく涙を拭った。


「私は影だ。本来護衛等、必要ない」


 僕を見つめながら、王は優しく微笑んだ。王の手を取り、僕はその手の平にくちづける。


「では……、私がお守りします」


「私」という言葉を自然と口に出来たのは、オーリンとしての呪縛から解放されたせいだろうか。


 それと同時に、周りの者達が息を呑む。オリアンナの姿が不思議な事に、どこから見ても、誰の目からも女性として映り始めたのだ。一人の姫君として、本来の愛らしさが滲み出る。それは魔法が生み出す作用とはまったく関係のない、恋という自然の感情が作用させた劇的な変化だった。


「オリアンナ姫?」


 王は驚き、僕に見入った。そして少し困った顔で微笑む。


「そなたは……、私を惹きつけ過ぎる。困った姫君だ」


 僕はその言葉に、頬を赤く染める。王は再び僕を抱き寄せ、テオフィルスとアルマレーク人達に向き直った。


「今さら隠し立てしても、貴殿達は気付いているであろう。このオーリン・トゥール・ブライデインが、貴殿達が探し求めるオリアンナ・ルーネ・フィンゼルである事に」


 フィンゼルの姓で呼ばれた時、僕は王に強くしがみ付いた。アルマレーク人達に(さら)われるように思えたからだ。竜騎士達は事前にテオフィルスからその事を聞かされていたため、驚きはなかった。「王に逆らわない」それは〈七竜の王〉の絶対的な命令だ。隠し立てしていたエステラーン王国の人間に対して、抗議する者は誰もいない。


「初めて出会った時から、薄々気が付いておりました。アルマレーク人の体型と、領主家の血脈は隠す事は出来ません」


 テオフィルスは胸に手を当て、(こうべ)を垂れ礼を取った。


「フィンゼル家の血族を健やかに育てて頂き、エステラーン王国に対し、我等は感謝の念しか御座いません」

「勘違いされても困る。彼女はオリアンナ・ルーネ・ブライデインでもある。我が国で唯一生き残った《王族》であり、私の婚約者だ。貴殿達に渡す訳にはいかぬ!」


 テオフィルスは頭を上げ、僕を見た。その青い瞳には憂いが浮かび、悲しげな微笑みを浮かべている。


「連れ去りは致しません。エドウィン殿に何かあった時に、オリアンナ姫にレクーマの指輪をはめて頂くだけで、我が国は救われます。他に望みは御座いません」


 竜騎士達がテオフィルスの意思に従うように一斉に跪く。それはまるで〈七竜の王〉の言葉を、僕に懇願して見えた。


「そなたはどうしたい、オリアンナ姫?」


 僕はセルジン王の深い緑色の瞳を見つめた。


「選択権は僕にあるの?」


「僕」と言う言葉に戻った事に、王は苦笑しながら頷いた。僕は王の腕から離れ、テオフィルスの前に立つ。長身の彼は、優しい瞳で僕を見下ろした。


「僕は……、セルジンを愛している」


 本人にも告げた事のない言葉を、なぜ異国の彼の前で素直に言えるのか不思議に思った。テオフィルスは無表情で、その言葉を受け止める。


「そう……だろうな」

「本当にレクーマの指輪をはめるだけで良いのか?」


 彼は静かに頷く。僕は満面の笑みで、残酷な言葉を口にした。


「それじゃあ、父に何かあった時は、竜の指輪をはめると約束するよ。でも()同士(・・)が決めた君との婚約は、解消してもいいよね?」

「……そういう事になるな」


 七竜の決めたとは言わず、親同士の約束という事にしておく。その方が解消出来る。テオフィルスの顔が、一瞬強張った。婚約解消はしたくはないのだ。僕は勝ち誇った笑みで、彼に手を差し出す。


「君との婚約は解消する。同意するなら、握手を!」


 しばらく躊躇(ためら)っていたテオフィルスは、渋々その大きな手を僕に差し出した。二人が握手を交わした事により、婚約は解消された。


「君とは友達だ。これからもよろしく頼む」


 微笑みながら手を離した僕は、七竜レクーマの意思が感じられない事を不思議に思った。七竜リンクルの気配も、感じない。


 セルジンが僕を守っているのか?


 単純にそう思いながら、王の元に駆け寄り抱き付いた。


 七竜の加護が僕から消えた事に、まだ誰も気が付いていなかった――――。

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