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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第二十話 七竜の目

 王の天幕を出て障壁の裏側に入ろうとした時、僕は違和感を覚え、ルディーナ・モラスを探した。モラスの騎士の総隊長がいないのだ。


「どうしたんだろう? ルディーナさんがいない」

「本当だ、障壁の外にいるのかな? とりあえず最初に入った場所に行ってみよう」


 エランと狭い障壁の裏側を、障壁に触れないように気を付けながら進んだが、当初空いていたトンネルはどこにもない。


「どういう事だろう、これじゃあ閉じ込められたみたいだ」

「魔法使い、君の魔力で何とかならないのか?」


 マシーナが焦りを感じてエランに聞く。これ以上時間がかかれば、王太子の天幕にいる者達が目を覚まし、アルマレーク人により一層の嫌疑がかかる。


「無理だ。ここの障壁は破れない。破れるとしたら、出入口だけだ」


 広い天幕の周りを一周したが、トンネルはどこにも存在せず、正式な出入口である元の場所に戻ってしまった。


「ここから出るしかなさそうだな」


 そう言ってテオフィルスが入口に近寄ろうとしたが、マシーナに止められる。


「若君、その壁に魔法使い意外が触ると、周りに気付かれる」

「退けよ、僕が空ける!」


 エランはテオフィルスを押し退けた。いがみ合っている二人は、互いを睨みながら場所を交代する。


「出ると完全に気付かれる。あなた達とはもう別行動だ。先に出て王国を出て行ってくれ。捕まっても、僕達の事は言うなよ!」

「分かっている、魔法使い。最初から、そういう約束だ」


 マシーナはテオフィルスが文句を言う前に、素早く答えた。僕はテオフィルスが見つめている事に気付き、思わずエランの後ろに隠れた。彼は迷う事なく僕に近づいたが、エランが彼の前に立ちはだかる。


「何のつもりだ? 僕達に、これ以上関わるな!」

「退け、お前に用はない!」


 テオフィルスは押し退けようとするエランを押さえ付けながら、僕を見つめて言った。


「レクーマを追え。指輪はそこにある。必ず嵌めろ!」

「僕は……、アルマレーク人じゃないし、君の婚約者じゃない!」


 先程彼が本当の名前を呼んでから、どう接して良いのか僕には分からない。テオフィルスは優しく笑う。


「そんな事はどうでもいい。お前が誰を選ぼうと俺は……、レクーマが助かればそれで満足だ」


 僕は驚き、目を瞠った。それは「エステラーン王国から連れ去る気はない」と言う意味に聞こえたからだ。僕はテオフィルスと見つめ合った。エランは彼の手を振り払い、急いで出入口を空けた。


「早く出ろ!」


 僕の様子に苛立ち、早く引き離したかったのだ。急ぐマシーナに引き摺られ、テオフィルスは入口を通り抜けた。エランは一旦入口を閉め、振り返り僕を抱きしめた。


「あいつの言う事なんか、聞くなよ。もう会う事もないんだ!」

「分かっているよ、エラン」


 なぜか、胸が傷んだ。


「ここから出たら、君は悟られないように天幕まで戻るんだ。兵士や騎士達は、僕が引き受ける。フードを被るんだ」

「うん」

「陛下に逆らうなよ、何があっても。それが一番大事な事だ」


 僕は頷いた。これ以上、王を裏切る事は出来ない。僕が再び連れ出されたと知られると、周りが迷惑を被る、それだけは避けなければならない。エランが再び出入口を開けようとした時、制止する声がした。


「開けては駄目よ、エラン!」


 ルディーナ声だ。彼女はいつの間にか、僕達の後ろに姿を現していたのだ。


「障壁の中を移動するのよ、その方が安全だわ」

「総隊長?」

「エランは障壁を出たら、王太子の天幕を守る一員に加わりなさい。オーリン様は私が送ります!」


 僕とエランは顔を見合せ、ホッとした。ルディーナがいるだけで、これ程心強い事はない。


「ルディーナさん、外で一体何が起こっている?」

「陛下の近衛騎士達が天幕を包囲したのです。アルマレーク人が竜を呼び寄せて、今天幕の周りで戦いが起きています」


 僕は青ざめた。計画は失敗に終わったのかもしれない。そう思うと外に飛び出したい衝動に駆られ、それを抑えるために目を瞑る。


 銀色の竜が、見えた。

 竜は穏やかに僕を見ている。

 彼は大丈夫だと、不思議とそう思えた。


「天幕まで誘導します。オーリン様が関わった事は、絶対に知られてはなりません」

「もう知られている。結界を破った時に、陛下が現れた」

「それでも、知らないと言って下さい! 後の責任は、私が取ります」

「ルディーナさん……」

「早く、行きますよ」


 ルディーナは率先して、障壁と天幕の間を進み始め、僕達も後に続く。長く感じられた狭い道程の終わりに、丁度入口との対面と思われた辺りで、ルディーナが止まった。


「エラン、ここがオーリン様の天幕の障壁よ」

「え?」


 王の天幕の障壁と思っていたのに、そこはもう僕の天幕だと言う。どんな魔法を使うとそうなるのか、僕達には想像もつかない。


「障壁を閉じて、そのまま第二隊の一員として待機!」

「はい!」


 ルディーナの空けたトンネルを、エランが外側から閉め彼と別れた。トンネルの先はまた天幕だ。王の天幕より幾分小さい。廻り込んだ入口でルディーナは中を確かめた。床に倒れた人々は、まだ目覚めていない。


「まだ、大丈夫です。エランのマントを」


 僕は急いでマントを外した。


「早くベッドへ、陛下が来る」


 僕は急いで天幕内へ入った。スイの木の燃えた微かなきな臭さが、鼻腔を(くすぐ)り目眩を覚え、まるで何かの結界に入ったような感覚に捕らわれた。進んだ先に誰かの姿が見え、僕は朦朧とする意識の中で、その人物が手を差し伸べるのを見た。


「おいで」


 僕の瞳から涙が流れた。まるで倒れ込むように、その人物に抱き着く。


「セルジン」


 王は優しく、僕を抱きしめた。


「申し訳ありません、僕は……」


 ルディーナの制止も、王を前にしては意味をなさない。


「そなたの半分はアルマレーク人だ。それをもう少し尊重すべきなのかもしれぬ」

「陛下……」


 意識が猛烈な睡魔に支配された。王が優しく、僕の額にくちづけを落とし、僕は意識を手離した。






 いつもの優しいミアの呼び掛けが、酷く切迫して聞こえる。


「オリアンナ様、お起きになって下さい! 大変です」


 ミアはいつも大袈裟だと、僕は思う。僕を起こしたいのなら、優しく額にくちづけしてくれればいいのに……、半分男子の意識でそんな事を考えていると、本当に額にくちづけをする者がいた。寝ぼけ眼で片目を開ける。


「おはよう、オリアンナ。休んでいるところを、すまぬ」


 目の前に国王セルジンの顔があった。


「うわぁぁぁ……!」


 僕は毛布を抱き締めながらベッドの端まで飛び退き、真っ赤になって固まった。驚いた王はベッドから立ち上がり、礼を取るように胸に手を当て、頭を軽く下げる。


「失礼、姫君のベッドに、勝手に入り込んでしまったな」


 頭の中が真っ白になった状態で、僕は激しく首を横に振った。


「そなたに助けてほしい事がある」


 そう言って王は僕に手を差し伸べる。その動作に、寝ぼけた頭で既視感を覚えた。


 昨日、同じ事があった。

 セルジンに手を差し伸べられて……。


 僕は全てを思い出し、恐怖の表情を浮かべながら王を見つめた。王は察して、安心させるように微笑む。


「アルマレーク人なら大丈夫だ。捕えてはいないが、若干名の怪我人は出た。こちらの意図を理解するには、まだ時間がかかるな」

「意図?」


 王はテオフィルスを殺そうとしていた、だから戦闘が起きたのだ。時間がかかるとは、どういう意味だろう。少なくともその戦闘は止んだ、王の言葉からそれだけは汲取れる。


「早く着替えて外に出れば、意味が分かる。そなたにも手伝ってもらいたい」


 そう言い残して、王は天幕から出て行った。


「ミア、何がどうなっているんだ?」

「分かりません、私共も眠っていましたから。ただアルマレーク人を、陛下が全て解放したみたいです」

「え? それって和解したって事?」

「多分……」


 あんなに怒っていた王がどうして考えを変えたのか、僕には理解出来ない。素早く王太子の服に着替えて、天幕の入り口を抜けた。障壁の向こうを、何かが塞いでいるように見える。最近見慣れたそれは、熱い息を吐いている。


「イリ?」


 外に出た僕は、相変わらずイリが天幕の入り口に居座って、動かない状況に溜息を吐く。


 いったい昨日の必死の行動は、何のためだったんだ?


 竜は僕の声に頭を上げ、可愛い声で鳴いた。


「おはよう、イリ。動かない方がいいよ、周りが大変だから」


 イリはおそらく理解したのだろう、蜷局を巻いた胴の上に頭を乗せ、大人しく僕を見つめていた。すぐ側に王の姿を見つけ足を一歩踏み出した時、王の影から長身の人物が姿を現し、僕は足を止めた。その人物は王と対等に、何かを話している。


 テオフィルス・ルーザ・アルレイド


 気分が悪くなった。僕を惑わすこの男を生きて追い出したくて、昨日は行動したのだ。殺される寸前だった彼を、必死の思いで助けた。それなのに今は殺そうとしたセルジン王を、まるで懐柔したように平然と会話している。


 僕の心に、無性に怒りが沸き起こる。彼等の元へ行って文句の一つも言ってやろうとした時、王の天幕の影に大きな黒い物体が見えた。それも影―――七竜リンクルの影が鋭い金色の目で、僕を見つめている。僕はそこから動けなくなった。


《〈ありえざる者〉よ、邪魔をするな!》


 竜カイリを見送った時、リンクルはそう言った。


 僕は七竜の敵なのか?


 心に住み着いた七竜レクーマは、あんな目で僕を見ていない。同じ七竜なのに、僕には訳が判らなくなる。セルジン王が僕に気付き、微笑みながら近付く。


「竜と竜騎士達をアルマレークへ帰還させる。そなたにはイリを説得してほしい」

「……テオフィルス殿も、帰るんですね?」


 それなら話は分かる。


「残念だが、彼には残ってもらう。私はもう少し、アルマレーク共和国の事を知るべきだ」

「それは……、どういう意味ですか?」

「テオフィルス殿には、私の側にいてもらう。協力者として彼が相応しいか、見極めるために」


 僕は目の前が真っ暗になった。


「僕は反対です! 彼も、帰らせるべきです!」

「俺は構わない、王太子殿」


 テオフィルスは無表情に僕を見つめる。その背後に七竜リンクルが、面白がるように金色の目を細めていた。まるでセルジン王とテオフィルスを操っているように思えた。僕を苦しめるために……。


「僕は嫌です! 彼の同行は……、絶対に嫌です!」


 王にそう伝えるのが精一杯で、そのまま僕は自分の天幕へと踵を返した。天幕へ入り、怒りに首に巻いたストールをベッドに投げつけた。


「どうなさいましたか、オリアンナ様?」


 ミアの言葉も耳に入らない程の、怒りに涙が頬を伝う。七竜リンクルの思惑に負けてしまった事に、テオフィルスがこの先も、セルジン王と僕の側に居続ける事に、そして僕自身が、どうしようもなく彼に惹かれてしまっている事に。僕はベッドの上で丸くなり、頭を抱えて泣いた。

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