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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第十九話 王の姿

「無駄な努力は止めよ。それより、私と共に竜騎士に立ち向かえ!」


 セルジン王の大きな声が響き渡った。森の中の兵士達は、消火のために枯れ木を切り倒す手を止め、声の主を探し道に視線を向ける。誰も王が単独でその場にいる等、思いもしなかった。長い黒髪を涼やかになびかせ、黒紫に銀糸の豪華な刺繍のある長衣を纏った騎士が、毛並みの良い黒馬に跨がり兵達に視線を向けていた。


「こ……、国王陛下!」


 王はおもむろに手を挙げ、下ろした。次の瞬間、前方を覆っていた炎が消え、暗闇が戻ってくる。松明の灯りまで消してしまったのだ。


「やり過ぎたな」


 そう呟いた途端、松明の灯りが復活した。兵達が跪こうとした時、ようやく王の近衛騎士達の騎馬隊が到着する。


「敬礼は後だ。炎は消えた。竜の炎は私が抑える、弓兵は竜の目を狙え。他の者は竜騎士を打て!」

「はっ!」


 兵達は消火のための道具を、武器に持ちかえ隊列を組む。その様子を確認しながら、王は後方の近衛騎士に問いかけた。


「トキがいない」

「隊長は拠点本部に残られました」

「……」


 王は即座に指示を出す。


「前進せよ! 竜を恐れるな、エステラーン国王軍よ」


 兵は竜の駐留する場所へ、前進を開始する。


「そなた達は我が天幕の守りを固めよ。私が到着するまで、何人たりとも天幕の外へ出してはならぬ!」

「しかし、陛下の守りは?」

「私は影だ、本来守り等要らぬ。早く行け! トキの命令より、我が命令に従え!」


 それが何を意味するのか、近衛騎士達は戸惑いながらも王の命令に従い、全員来た道を引き返す。兵達が王の横を通りすぎる中、セルジン王は目を(つむ)り意識をエランの額飾りに集中した。するとエランの見ている景色が見えてくる。トキ・メリマンと二人のアルマレーク人、そしてオリアンナ姫。


「なるほど、助け出すつもりか。だか、そうはさせぬ」


 王は人差し指の先で、空中に弧を描いた。その指先から小さな蛇が現れる。


「〈七竜の王〉を、(くび)り殺せ!」


 その蛇は王の天幕へ飛び去った。


「小賢しい者、人の心を惹き付け操る。それが出来るのは《王族》のみ! それ以外の存在は、断じて認めぬ!」


 王は冷たい緑色の瞳で、自分の生み出した死の蛇を見送った。






 竜騎士の到着に竜達は喜び、炎が燃え盛る中で、翼を広げ炎を煽った。


「竜達が暴れているぞ、上空へ退避させよう!」


 なんとか国王軍と炎を避けながら、竜の元へ辿り着いた竜騎士達も、これには驚き、慌てて騎乗し上空へと舞い上がった。これ以上燃え広がると、テオフィルスを救出に向かった者達に悪影響が出る。竜騎士達はマシーナの指示通りに、国王軍を引き付ける役割を担い、低空飛行で飛び交った。


 国王軍が消火のために、必死に枯れ木を切り倒そうとしていたが、次の瞬間、何かが起こり炎が消え辺りが暗闇に包まれる。少しすると松明の灯りだけが点き、地上に少しの明るさが戻る。


 竜の炎が、一瞬で消えた?


 竜騎士の一人が事態の確認をするために、国王軍のいる上空へ接近した時、地上から無数の矢が放たれた。矢が竜の目に当たれば、失速し墜落する。竜騎士は冷静に竜の目を守りつつ、上空へ退避させた。 


 マシーナの竜エーダや、他に救出に向かった者達の竜、そしてイリが地上に残り自分達の竜騎士を待っていた。イリは苛立ちながら、オリアンナを待っている。本当は彼女の元へすぐにでも駆け付けたいが、七竜の規制を破る事は出来ない。炎が消えたせいで、自分の場所が判らないのだとイリは思い、再び燃え残った枯れ木に炎を吐く。ところが炎は何かに跳ね返され、イリめがけて戻ってくる。


「そなたの炎は、私には無意味だ。イリ」


 煙が充満する燃え残った木々の影から、馬に乗った人間が現れた。


「そなたは全ての火種、生かしておく訳にはいかぬ!」


 国王セルジンが魔力を揺らめかせながら、イリの前に立つ。長剣を馬上で抜き放ち、剣から強烈な赤い光が長く伸び、イリを突き刺すくらいの大きさになった。イリは殺気を感じて憤り、首を高くし翼を大きく広げ、威嚇の姿勢を取る。そして息を吸い、金属的な咆哮を王に浴びせかける。


「無駄だ、それは効かぬ。私は影だ」


 国王軍は予め後方に待機させている。竜の咆哮に対する対策も講じての事だ。王の剣から出る赤い光は、馬上からイリに届く長さまでに達していた。剣でゆっくりイリの目に狙いを定めた、その時―――赤い光の切っ先にオリアンナが現れ……、消えた。王は彼女が消えた切っ先を見つめながら、眉根を寄せた。


「結界を破ったか……、オリアンナ」


 憤りより深い悲しみに似た感情に捕らわれた。オリアンナが自分を裏切り、テオフィルスを救おうとしている。


 アルマレーク人なのだ、オリアンナ姫の半分は……。


 深い溜息が漏れた。王は気を取り直し、剣で真っ直ぐイリの目を狙い、竜目掛けて突進した。すると、まるで横槍を入れるように、マシーナの竜エーダが目の前に炎を噴いた。リンクルの子竜であるエーダは、イリを助けた訳ではない。ただ王の放つ魔法の剣に、怒りを覚えただけだ。他のリンクルクランの竜達も同様に憤り、王に向けて炎を吐いた。


「それは効かぬと言ったはずだ」


 炎に呑まれ前方が見えない状態で、王はイリの目と思える位置に剣を突き刺す。するとそこから膨大な光が現れ、影である王の姿をかき消した。


 炎だけが揺らめく中に、輝く光が七竜リンクルの姿を取り実体化した。リンクルは辺りを見回しながら、変わった調子で一声鳴く。するとリンクルクランの竜達は、一斉に炎の噴出を止めた。真黒く焼け焦げた地面の真ん中に、セルジン王が馬に乗り、何事もなかったように立っている。


「七竜リンクル……、死の蛇が仕留め損ねたな」

『我等が眷属の死はまだ先だ、水晶玉の〈管理者〉よ。戦う相手が違うのではないのか?』

「私はまだ、〈管理者〉ではない!」


 王は七竜リンクルの、金色の目を睨みつけた。リンクルは興味深いものを見るように、その凶暴な顔を王に近づける。


『人間とは面白いものよ。なぜそんな些細な感情で動く? 我が眷属もそうだ。今は貴殿に対する嫉妬心を制御すら出来ない』


 その言葉に、オリアンナが完全に性別を悟られ、王の婚約者である事に、テオフィルスが気づいたのだと解る。


 絶対に生かして帰さぬ!


 王は剣を握りしめた。リンクルは面白がるように目を細める。


『殺気に満ちているな、我らが眷属は貴殿には打てぬ。貴殿はまもなく、エステラーン王国から解放される』

「何? どういう意味だ?」

『王としての意識から、〈管理者〉としての意識に変えられるからだ』

「……意味が解らぬ。動揺させようと思って言っているのであれば、無駄だ!」


 王は剣を七竜リンクルに向けた。剣から伸びる赤い閃光が、リンクルの首を貫く。


『無駄だ、水晶玉の魔力と七竜は、お互い不可侵。我らは《神族》、他の竜とは違うぞ!』


 王の放った赤い閃光はリンクルに吸収され、王の魔剣はただの剣と化した。セルジン王は愕然と、その剣を見つめる。水晶玉の魔力は七竜には効かず、《王族》はただの人と化す。それは即ち、これから出会う女神に対しても、同様という事だろう。


『解ったであろう? 貴殿はまだ唯の人間。水晶玉の〈管理者〉とならねば、我らと渡り合う事は出来ぬ』

「……私はエステラーン王国の王だ。国を守る責務がある! 王太子をあの男に、渡す訳にはいかぬっ!」

『エステラーン王国は貴殿が完全なる〈管理者〉となった段階で、《王族》と共に滅びる。王国の存続等、ありえない! 女神が許さないだろう』

「……」


 セルジン王は憤り、歯噛みした。《神族》の決めた事に、人間が太刀打ち等出来ないのだ。


「私は《王族》の存続を望む!」

『……』


 七竜リンクルは黙り込み、観察するように王を見つめる。しばらく時間が経った頃、悠然とリンクルが伝えた。


『〈ありえざる者〉があの娘の命の光である限り、我々には手は出せぬ。〈ありえざる者〉が離れた直後が肝心だ』

「何の事だ?」

『元々あの娘は、七竜レクーマの眷属となるべく生まれた者、それを〈ありえざる者〉が奪い取った』

「……」


 それを招いたのは王自身だ、彼女が《王族狩り》の犠牲になった幼い頃に。


『七竜レクーマは弱っていた。眷属エドウィンを助けるために、全てを費やしていたから、オリアンナ姫に行き着く前に奪われた、女神に……』

「女神……? オリアンナ姫は今、女神の手の中にあるという事か?」

『そうだ。だが、奪い返せる。それが我等と貴殿を救う、敷いてはエステラーン王国を救う鍵となる』

「……あの男に、委ねるという事か?」

『違う、委ねるのは我等七竜とアルマレーク共和国。《王族》と王国を、我等と国が女神から隠し通す』


 王の背に、戦慄が走った。そして……、悲しみが王を支配した。手放さなければならない―――、オリアンナと王国を生かすために。王の瞳から、一筋の涙が流れた。


「それは取引か、七竜リンクル?」

『取引? それは人間の尺度だ。我等は本来あるものを守るだけ。オリアンナ姫はアルマレーク人で、七竜レクーマの眷属。たまたま国が付いて来るだけだ』

「ふっ……」


 王は笑った。救いが訪れたのだ……、悲しい救いが。彼女を救い出す方法が見つかったのに、王は脱力し心が傷ついた。


「それ以外の方法はないのか?」

『貴殿も女神に会えば判るだろう。神の残酷さが……』

「貴殿も、神ではないのか?」


 リンクルは顔を上に向け、軽く炎を吐いた。不思議そうにセルジン王は見ていたが、やがてそれが竜の笑いである事に気付く。


「何が可笑しい?」

『そう、我等は神だ。だが、女神のように残酷ではない。なぜなら、この地上を住処にしているからだ』

「……?」

『我等は天界の住人ではないという事だ。地上の生き物と共生してゆく、それが我等だ』

「共生……、なるほど」


 王は暗闇に包まれた地平を見た。荒れ果てた大地に、人の灯した灯りは見えない。空は屍食鬼に覆われ、月も星も見えず暗黒が広がっているだけだ。


「共生か、良い響きだ」


 国王軍のいる森の向こうの灯りを見た。大地にしがみ付いて、何とか生きている彼らの灯した光だ。王は目の前にいる七竜リンクルの、金色の瞳を見つめた。そこに自分の姿が映っている。エステラーン王国の、王としての姿だ。


「取引に、応じよう。七竜リンクル」

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