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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第十七話 救出

「明日、私は消滅するの」


 そう言いながらルディーナ・モラスは、愛らしい微笑みをエランに向けた。彼は呆然と総隊長ルディーナを見つめ、この二十日あまりで彼の境遇を大きく変えた人物が、いなくなる事に衝撃を受けていた。


「……消滅?」

「そう、この世界からやっと解放されるのよ」


 まるでそれが長年の望みであるように、嬉しそうに頷く。そして彼女のモラスの騎士の剣を、彼の前に突き出した。


「だから私の魂が消滅した時にエラン、あなたは私の剣と自分の剣をすり替えるのよ」

「え……?」

「これには私の全ての魔力が込められている。私と同じ一度死にかけて闇の魔力を操るあなた以外、これを扱える者はいないわ。たとえセルジン様でも、無理なの」

「……」


 エランがルディーナの後継者と見なされている事を、僕はセルジン王から聞いていた。モラスの騎士隊に組み入れられ、異例の早さで騎士として叙任されたのも、今ルディーナから伝えられた事が理由なのだ。


「僕は本当に……、闇の魔法を使えるのでしょうか? そんなの、教わっていません」


 不安にエランは動揺している。


「この剣を、持てば解るわ。」

「でも、総隊長はもう……」

「あなたの魔力は、私とセルジン様のその額飾りが封じているの。私がいなくなれば、半分制御を失う。でも、この剣はあなたを導くわ。たとえ、その額飾りが役目を果たさなくなったとしても」

「……」


 ルディーナの剣は、王から賜ったモラスの騎士の剣と同じ形をしていた。すり替えても誰も判らないだろう。エランは自分の剣を手にした。


「陛下にこの剣で、ハラルドを葬るように言われました。この剣で……」

「同じものよ。剣を鍛え上げるのは、モラスの騎士が持つ魔力なの。私の剣を使いこなせれば、倒せるのはハラルドだけじゃない。魔界域で魔王の意識の消滅も可能よ」

「え?」


 魔界域へ行けという事なのか?

 そんな危険な事を、エランに?


 僕はマルシオン王の言葉を思い出した。


 《エランは呪いをかけられ、いずれ魔界域へ堕ちるのに》


 絶望感に、エランの左手を握る。


「重責を担うのは、オーリン様だけじゃない。エラン、あなたもその一人なのよ」

「……総隊長」

「この剣を受け取るのよ。いいわね」

「……」


 エランに断る事は出来ないのだ。呪いを解くためには、ハラルドを殺さなくてはならない。ハラルドは魔界域の住人。


 いつからこんな運命になった?


 ハラルドの事を考えると、僕の心に自然と怒りが沸き起こる。不意にエランが繋いだ手に力を込めた。彼がじっと僕を見つめている。


「僕も、魔界域へ行くよ。エラン一人じゃない!」

「ダメだよ。君は陛下を助けるんだろう? これは僕の役割だ」


 彼は何かを決意したように微笑んだ。


「総隊長、僕は……、必ず剣を受け取ります!」


 まっすぐルディーナを見つめるエランの瞳に、彼女は満足し微笑み頷いた。


「これで安心して逝ける。オーリン様、陛下を頼みます」

「ルディーナさん、僕は……」


 心の一部が竜に捉えられている状態で、セルジン王を助ける事が可能なのか疑問を感じながらも、ルディーナの意思を思うと答えずにはいれなかった。


「解っているよ。必ず陛下をお救いします!」


 ルディーナは天幕の中を指差す。


「では、お進み下さい。〈七竜の王〉は敵ではない、オーリン様には判断出来るはずです」


 僕は戸惑いながら頷いた。エランの手を離し天幕の中へ向かう。入り口付近で歩哨が立っているが、まるで時が止まったように動かず、アルマレーク人が近づいても反応が無い。警戒を(ゆる)めたマシーナは、不思議そうに歩哨を突いてみせた。


「生きているのに、人形みたいだ。これも魔法ってやつなのか?」


 そう言いながら答えを求めて、エランを振り返る。エランは憮然とマシーナに頷く。僕はセルジン王の魔力が、天幕の外に漏れていない事に違和感を覚えた。先程エランは王の魔力を感じるとトキに言っていたが、それが《王族》の僕に感じ取れないのは変だ。エランの額飾りを見る。


 あの額飾りが、王とエランを繋いでいる?

 まさか……ね。


 僕は突飛(とっぴ)な考えを振り払い、天幕の中に足を踏み入れた。王の側近達があちこちで倒れ、アレインの部下達が今にも動き出しそうな姿勢で人形のように固まっていた。僕は顔を(しか)めながら、彼らの横を通り過ぎる。


 これらが皆ルディーナの魔力だというのなら、彼女がいなくなった時の損失は計り知れない。モラスの騎士達とそれを束ねていかねばならない、エランの大変さが思い遣られる。彼はまるで気にしてないように、真っ直ぐ天幕の奥へと進んだ。


「エラン、僕には王の結界が解らない」

「え? 目の前だよ、なぜ解らない?」


 本来結界とは、そういうものだ。立ち入れない事を無意識に感じ取らせ、足が止まる。存在している事を主張せず、何かを隠すために侵入を回避させる。メイダール大学図書館の三階での結界は逆で、《王族》を呼び寄せるためのものだった。結界を張る者によって、意図は違ってくる。


「陛下は、僕を近寄らせたくないんだ」

「ふーん、気持ちは解るけどね」

「目の前、ここ?」


 僕は目の前を指差した。


「そうだよ」


 エランが答えた直後に、僕は針で布に穴を開けるイメージを強く思いながら、意識を指先に集中させた。大きな雷が鳴る音が、天幕中に響き渡る。その瞬間、僕の目の前にセルジン王が現れ……、消えた。


 セルジンに、気づかれた!


 僕は青ざめながら、目の前に現れた簡易ベッドに横たわるテオフィルスを見た。まるで強烈な邪気に包まれているように、彼は王の魔力に捕えられている。この魔力からどうやって解放すれば良いのか、僕は絶望的な気持ちで考えた。


「今の音……、外にも聞こえたんじゃないかな。アレインさんが戻ってきたら厄介だよ。早くするんだ」

「邪魔者が来たら、私が対応します。早く若君を!」


 二人に急かされて僕は、左上腕に嵌る腕輪を触った。泉の精の魔力で何とかならないかと考えたのだ。テオフィルスに影響があるかもしれないが、王の魔力を僕に取り込むには、<生命の水>の助けが必要に思える。


 他の魔力<堅固の風>と<祥華の炎>を操る方法も分からないのに、腕輪を外す事に危険を感じながら、僕は腕輪を外した。僕の身体からゆらりと虹色に輝く炎が現れ、風に煽られて僕を包みながら燃え上がる。エランとマシーナは、度肝を抜かれたように、その美しい炎に魅入っている。僕は必死に二つの魔法を鎮めようとした。


「<堅固の風><祥華の炎>、静かにしてくれ! 僕のいう事を聞いてくれ!」


 そう言葉にして魔力を制御出来るとは思わなかったのに、風と炎はみるみる勢いを弱め、僕の中へと消えた。


「あ……、エラン、僕、魔法を制御出来たよ!」

「それって、何の魔法? どう考えても、君の方が魔法使いだよ」


 僕は微笑み、ゆっくり視線をエランからテオフィルスに移した。今にも死んでしまいそうな顔色で横たわる彼に、手を伸ばすとセルジン王の魔法が絡み付き、生気を吸い取られるように感じた。これでは七竜の加護があっても生き続けるのは難しい。たとえ誰かが手を下さなくても、早晩彼は死を迎える。


「<生命の水>、僕を完全に守れ!」


 すると身体の中から徐々に熱が湧き起こり、全身に活力が漲る。僕は王の魔力に恐怖を感じながらも、テオフィルスの顏に自分の顏を近づける。魔力が顔に触れ、そこから急速に熱を奪われる不快な感覚に襲われながら、彼の唇に僕の唇を重ねた。


 《王族》の魔力で、彼を蝕む王の魔力を吸い取る。口から体内に入る王の魔力は強烈で、苦しさのあまりテオフィルスから離れよろめいた。エランが僕を支える。


「大丈夫か? 真っ青だ。少し休んだ方がいい!」

「ダメだ……、時間がない」


 <生命の水>が僕を急速に回復させる。テオフィルスに(まと)わりつく王の魔力は、まだ半分以上残っている。僕はエランの腕を逃れ、テオフィルスの手に触れた。冷たい手は死人のように青ざめ、脈は弱々しい。


「しっかりしろ、テオフィルス! リンクルを目覚めさせるんだ!」


 声が届かない事は百も承知で、あえて呼びかける。彼の頬に手を当て、彫像のようなその頬に口づけた。僕の無意識での行為にエランは驚き、憤りを覚え視線を逸らす。


 マシーナは抜かりなく天幕内を見張っているため、僕の行動を知らずにいた。どんな方法でテオフィルスを目覚めさせるのか、魔法とは無縁の彼には関心が無かったのだ。天幕内は新たな国王軍が来る訳でもなく、凍り付いたように静かだ。


 僕はテオフィルスの口を少し開け、深く口づけた。王の魔力が僕の中に侵入し、蝕み始める。<生命の水>が王の魔力と戦い、僕の身体を消耗させる。意識が遠退きそうになるのを何とか堪え、祈るように心の中でリンクルに呼びかける。


 七竜、あなた達の王が死にかけているぞ!

 何とかしろ!


 すると不思議な事に、心の中に銀色に輝く竜が突然現れた。銀色の竜は僕に向けて頷くように何度も頭を振り、やがて咆哮するために大きく息を吸い、そして吐き出した。


 朦朧(もうろう)とした意識の中で、竜レクーマの咆哮が聞こえたように思えた。すると今まで何の反応も示さなかったテオフィルスが、息を吹き返し身じろぎする。僕は彼からよろけて離れ、王の魔力が突如吹き飛ばされ消えた事を確認した。彼は目を開け、その瞬間に口走る。


[リンクル、セルジン王と竜達の争いを止めろ!]


 僕は弱々しく微笑みながら、彼の目の前で意識を失った。

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