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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第十六話 魔法使いの意思

 アレインの鋭い突きを、トキは軽くかわした。隙を突いて今度は剣を繰り出すが、彼の剣にかわされ弾かれる。


 さすがに大将だ、簡単に先を読む。

 では、これはどうだ?


 身を低くして、剣を低い位置で流す。アレインは咄嗟に後退し、自然と隙が生まれる。トキは剣を逆手に切り上げ、アレインは辛うじて剣で防いだ。周りに騎士達が集まってくる。剣豪同士の珍しい戦いだ。皆、真剣に二人の動きを見、魅了され、感嘆の声を上げる。二人は剣を交え、互いの顔を近づけた。


「どこでその(けん)(さば)きを身に付けたのです? トルエルド公爵家直伝ですか?」

「さてね、習った覚えはないな」

「独学ですか、やりにくいな!」


 トキは笑いながらも、お互いの剣を離した。力量に差がない、あとは経験がものを言う。


 そろそろだ。


 試合を長引かせ人を集め、時間を稼ぐ。もう試合を終わらせる時だ。突然のトキの猛攻に、アレインの剣は弾き飛ばされる。トキの剣先が彼の喉元に当てられ、アレインは降参の姿勢を取った。


「参った。凄いな! 噂以上だ」


 トキは無表情に、彼を覗きこむ。


「その若さで私と互角にやり合えるとは、さすが大将だ。アレイン・グレンフィード殿」


 お互いが剣をしまったその時、数頭の竜の咆哮が(とどろ)いた。皆が一斉に耳を塞ぐ。それと同時に天幕のすぐ近くの森の二ヶ所から、火の手が上がった。


「竜が近くにいる! アレイン、この場の指揮は任せたぞ! モラスの騎士、火の手を消せ。王の天幕の入り口は、私に任せろ!」


 上空から矢が地上めがけてうち放たれる。アレインは咄嗟にその場の指揮を取り始め、兵も騎士達もその指示に従った。彼は知らず知らずのうちに、王の天幕の入り口から遠く離されていたのだ。


 トキが天幕の入り口にたどり着いた時、そこにはモラスの騎士隊総隊長ルディーナ・モラスが立っていた。


「近衛騎士隊長殿、貴方の戦略に、便乗して差し上げますわ」


 まるで全てを見抜いているように、ルディーナは彼の前に立ち塞がる。トキは得体の知れない彼女が苦手であり、理解出来る存在ではないと感じていた。


「戦略とは何の事だ?」


 ルディーナは人形のように微笑み、トキの真実を言い当てる。


「エランを守りたいのでしょう? オリアンナ様ではなく」

「……」

「私もそうだわ、大事な後継者ですもの。《王族》は許されるけど、他は許されない。あなたも許されないわ」

「だから何だ?」

「ここは私が、全責任を取ります」

「女は引っ込んでいろ!」

「ふふ、あなたも頭の固い男ね。私は罰せられないわ、なぜなら死人ですもの」


 トキには意味が解らない。ルディーナに関しては謎が多く、彼女自身も王以外に心を許さない。ただ行く手を阻まれているとしか、彼には捉えられなかった。


「……冗談に付き合う暇はない」


 天幕の入り口を無理に通り抜けようとしたが、障壁に阻まれる。


「ここを通れるのは、オーリン様とエラン、それから数人のアルマレーク人だけよ」


 ルディーナはにっこり笑う。トキは舌打ちしながら、得体の知れない彼女を睨みつけた。剣で立ち向かうには、相手が悪すぎる。


「では、計画変更だな」






 立ち枯れた森の広場に、いくつもの天幕が立ち並ぶ。僕とエランは、目の前にある天幕の影に、素早く移動した。王の天幕に近づくためには、側近や近衛騎士達の天幕を通りすぎなければならない。


 トキがアレインを引き付け竜が咆哮した事で、竜騎士達が矢を国王軍に向けて放ち、天幕から少し離れた所で火を放ち、モラスの騎士を消火の魔法のため呼び寄せる作戦だ。実際、竜騎士達が攻撃してきたと勘違いした国王軍は、天幕への警備が手薄になった。


 マシーナが持っている音が出ない笛を吹くと竜が咆哮し、吹きかたによっては竜を呼び寄せる事も出来る。彼から渡された耳栓のおかげで、僕達は耳を痛める事はない。


 松明灯りの薄闇の中、茂みの中から抜け出し身を低くして、天幕の間を走り抜けた。警備の兵達が戦闘に気を取られている間に、天幕の入り口まで駆けつけトキと合流する手はずになっている。あと一つの天幕を超えれば、王の天幕に辿り着ける所で、一人の兵士に見つかってしまった。


「何者だ!」


 天幕の影に隠れた僕達に、警備兵が近づく。息を殺して暗闇の中で身を固くする。兵士が手を伸ばしかけた時、誰かが彼の口を塞ぎ、意識を失わせた。そして兵を暗闇に引きずり込む。僕とエランは、松明灯りに浮かび上がった人物に驚き、耳栓を外した。


「マシーナさん、どうしてここに?」

「殿下、そこにおいでですか?」


 そう小声で呼びかけたのは、テオフィルスの随行者マシーナだ。僕達は警戒を解いた。


「良かった。間に合わなかったら、どうしようかと思いましたよ」

「何かあったのか?」


 顔をしかめてエランが聞く。彼はアルマレーク人と親しくするつもりはないようだ。


「トキ殿から計画変更と言われました。魔法使いが加わったと……」

「計画変更? 魔法使いって、どういう事だ?」


 王の天幕に入り込んだ後は、トキが天幕内にいる者達を倒し、僕が王の結界を破り、テオフィルスを救出する手筈になっている。僕達は顔を見合わせた。


「とにかく行きましょう。トキ殿は、ご自分は王の天幕には入れないと言っていました。だから私に頼むと……」

「入れないって、どういう意味だろう?」

「行けば解るよ。正面から入り込む事は出来ないんだ。とにかく障壁を破ろう」


 三人は身を(ひそ)めながら、今いる天幕の暗闇から抜け出した。


 それぞれの天幕には、最低でも一人の歩哨が立っている。天幕を持つ貴族達の、荷を守る役目があるからだ。ここまで辿り着けたのは奇跡のように思えたが、マシーナという大人が混ざれば自然と人目を引く。見つかる危険性が増えたと感じていた時、彼は率先して歩哨に近づき、何かを嗅がせて意識を失わせた。


「殺したんじゃないだろうな?」


 アルマレーク人に対して懐疑的なエランが、小声で問い詰める。倒れた歩哨を肩に担いで、暗闇まで運びながら、マシーナは困った顔で答えた。


「王太子様が眠らされたのと同じ木の実ですよ。いい加減、私の事を信じて頂けませんか、魔法使いエラン?」

「名前を呼ぶな!」


 マシーナは溜息まじりに、歩哨を暗闇に下ろした。


「アルマレーク人が嫌いですか?」

「好きだって人間を、捜す方が難しいよ、この国ではね」

「エラン!」


 実際にその通りだから、僕にも止めようがない。百年以上前の戦いでも交流がなければ敵国のままだ、いわば元敵国の真ん中に彼等はいる。


「判りました」


 王太子がいる手前か、低姿勢で優しく接していたマシーナ・ルーザが黙り込んだ。僕はどことなく居心地の悪さを感じた。テオフィルスに接している時の態度からも、マシーナが悪い人間でないのは感じている。


「僕は好きだよ、アルマレーク人」

「オーリン!」


 エランが怒ったように、僕の手を取る。


「だって、何度も助けられているんだ、嫌いにはなれないさ。そんな事より、早く行こうよ。魔法使いが誰なのか、確かめたくないのか?」

「……」


 エランは無言で僕の手を離し、警戒しながら足早に天幕の入り口付近まで移動した。その後を僕とマシーナが追う。彼を怒らせたのは確かだ。


 父の国人を、嫌いになれる訳がないじゃないか。

 別にアルマレークへ行く気はないけど。

 いや、僕は死ぬかもしれないから、そんな未来はないんだけど……。


 エランの後姿を見ながら僕の中に、未来のエステラーン王国が思い浮かんだ。国が消滅の危機を迎えているのに、何を呑気な事を考えているのだろうと苦笑いしながらも、思い浮かべずにはいられない。


 もっと交流出来ないのかな、他国とエステラーン王国は。

 水晶玉に〈管理者〉がそろうのなら、王国はもう水晶玉から解放されるのに……。


 何かが脳裏を掠める。


 解放……?


 僕は急に立ち止まった。


 セルジンは〈管理者〉になったら、どうするんだろう?

 僕を妃にするって言っていたけど、水晶玉が消滅する日まで、永遠に生き続けるって……。

 永遠に生きる人間が、王に等なるだろうか?

 セルジンは、エステラーン王国から解放される?


 足元が消えるような不安が、僕を包んだ。立ち尽くす僕に、マシーナが声をかける。


「どうなさいました? こんな所で立ち止まるのは、危険ですよ」

「あ……、ごめん」


 僕は前も見ずに駆け出し、前にいたエランにぶつかる。彼は天幕の前で、呆然と立ち尽くしていたのだ。僕は彼の肩に、思いっきり顔をぶつけた。


「痛っ、何で止まる?」

「見ろ、障壁が……」


 僕はエランの後ろから、モラスの騎士達が放つ王の天幕の障壁を見た。僕達に一番近い位置に、ぽっかりトンネルが開いていたのだ。エランと僕は顔を見合わせる。目に見える範囲のモラスの騎士達は、トンネルが開いている事に気付いた様子もなく、障壁を作る事に集中している。


(くぐ)れって、事かな?」

「……魔法使いが、味方してくれている」

「誰?」

「早く、行きましょう! 兵士がこっちに来る!」


 少し向こうに、戦いの場から離脱してきた兵士の一人が、こちらに向かって歩いて来る。竜騎士達はアレイン達とモラスの騎士を、徐々に王の天幕から引き離す役割を担っていた。こちらに来る兵士は負傷したのだろう、足を引きずっている。


「行こう、早く!」


 三人は周りを警戒する余裕もなく、障壁に開いたトンネルに飛び込んだ。次の瞬間、障壁は元に戻り、三人は障壁内のわずかな隙間に閉じ込められた状態になる。


「絶対、障壁に触るな。モラスの騎士達に、気づかれるぞ」


 狭い隙間で身を縮めて移動するのは大変で、僕は息が詰まりそうになった。マントの端が障壁に触れないように、手で身体に絡みつける。王の広い天幕の外周を、入り口に向かって移動する。長い時間がかかった気がした。


「入り口だ!」


 先頭を行くエランが、他の二人を励ますように言った。光の出口に飛び出し、三人は松明の灯りが眩しくて目がくらんだ。戦士であるマシーナは、すぐに体勢を立て直し、状況を確認する。


 障壁の出入り口に一人の人物が、こちらを向いて立っていた。目が慣れてきたエランは、その人物に声をかける。


「やっぱり、魔法使いは総隊長の事だったんですね」


 ルディーナ・モラスは人形のように微笑み、天幕の中を指差した。


「行きなさい、エラン。この無意味な戦いを終わらせるのよ」


 エランは頷いた。長い色素の薄い髪を風になびかせながら、ルディーナは衝撃的な事実を告げた。


「明日、私は消滅するの。だからモラスの騎士達を、あなたに託すわ、エラン・クリスベイン」

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