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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第十一話 王の怒り

 獰猛な竜達の怒声が、トレヴダールに響き渡る。竜達の慕う竜騎士達が引き倒され捕らえられていくのだ。その乱暴振りに憤る。それを制したのは、七竜リンクルの影だ。テオフィルスが国王軍に捕えられる直前に、リンクルの影を呼び出し命じた。


[竜を抑えろ]


 国王軍に逆らわない事は、事前に竜騎士達に知らせてあった。誇り高い竜騎士達は屈辱に耐えながら、地に倒され無抵抗なまま捕らえられ縛り上げられてゆく。それはテオフィルスも同様で、地に倒れ後ろ手に縛られた後、七竜に命じる事が出来ないように猿轡(さるぐつわ)を咬まされた。その状態で今度は引きずられるように起こされ、王の天幕までバランスの悪い状態で歩かされる。


 竜達は竜騎士の後を追おうとしたが、リンクルがその場を離れる事を許さなかった。






 僕は王に抱き抱えられ、足早に王の歩調に合わせて歩いた。王が怒っているのは確かだ。僕とテオフィルスのやり取りをどう受け止めたのか、恐怖を感じながら僕は王を見ていた。やがて王は歩調を緩める。


「すまなかった。そなたに気遣わすに歩いたな」


 僕は少しホッとした。王が冷静さを取り戻したのが分かったからだ。


「僕の方こそ、申し訳ありません。うかつにイリに乗ってしまって……、あんな風に飛び立つなんて思わなかったんです」

「……彼等の策略だろう。そなたを(さら)うつもりだったのだ」

「それは……、多分違うと思います」


 王はゆっくり歩きながら、僕を見つめた。


「どう違うのだ?」

「イリは僕を死にかけた竜の元に運びました。多分、僕に最期を看取らせるために」

「なぜ、そなたに看取らせる? そんな必要はない!」

「死んだのは、レクーマの竜だからです」

「レクーマの竜だから、何だと言うのだ? そなたに何の関係がある?」


 僕は戸惑った。死に逝くカイリの七竜レクーマへの思慕が、僕の中の眠っていた意識を呼び覚ました。カイリは最期に甘える声を上げた。あれは母親に甘える子の声。僕の中に七竜レクーマの意志を感じて、発せられた声だろう。おそらく僕は、七竜レクーマの替わりに呼ばれた。


 でも、こんな不確定な推測を王に説明して、解ってもらえる?


「僕は多分、七竜レクーマの替わりです」


 王は意味が解らないと言うように、僕を睨む。


「そなたはそれを受け止めたのか?」

「……僕は、判りません。ただ竜が甘える声を上げて死んだんです」


 僕の目から再び涙が流れた。王は苛立ちを覚え、僕の両肩を掴み、顔を近付けた。


「死んだものへの憐憫(れんびん)に引きずられているだけだ。しっかりするのだ! アルマレーク人に付け入られるぞ!」


 もう付け入られたのかもしれない。

 カイリのレクーマへの思慕に触れてしまった段階で……。


 戸惑う僕に、王は探るように問い質す。


「あの男と、何かあったのか?」


 僕はハッとして王を見た。


「あったのだな?」

「何もありません! でも僕は……、彼は信用出来る存在だと思います」

「……そなたは、惑わされている」


 セルジン王が冷静に、僕を分析した。


「違います、聞いて下さい! 七竜リンクルが僕の事を、〈ありえざる者〉って言いました」

「何?」

「『〈ありえざる者〉よ、邪魔をするな!』って、僕に言ったんです!」

「……そなたの中に、オーリンを見ているという事か?」

「そうです」


 王は考え込むように、七竜リンクルのいる方角を見る。


「七竜はそなたを、敵と見なしているという事だな」

「多分……、だからテオフィルスも僕がオリアンナである事に気づいてないと思います」


 半分真実であり、半分嘘だ。真実を見抜く王にどこまで通用するのか、僕は気付かれないように、嘘の部分に意識を向けない事にした。王は溜め息を吐いて、僕から離れる。


「そなたが言うのなら、そうであろう」

「……」

「だか、あの男は信用出来ない。なぜ彼を庇う? そなた……、好いているのではあるまい?」


 僕は青ざめ、首を横に振った。


「違います!」

「そなたは我が妃になる身、うかつな真似は絶対に許さぬ!」

「セルジン!」


 王の怒りは止められない。自分の対応の失敗を呪い、この先テオフィルスに降りかかる(わざわい)を案じた。


「暫くそなたが天幕から出る事を禁じる!」

「陛下!」


 王に近付こうとする僕を、王の近衛騎士達が取り抑える。トキ・メリマンが僕の前に進み出る。


「エステラーン王国の王太子であられる事を、もう少し自覚するべきだ、姫君」


 トキは鞄から小さい何かを取り出し、僕の前で潰す。


「失礼!」


 細かい粒子の液体が僕の前に飛び散り、それを吸い込んだ途端、意識を失った。急激に失われる意識の中で、トキの言葉に疑問を感じる。


 王太子?

 僕は……、王の妃になる……んじゃ…… な……。






 抱き抱え天幕まで運ばれるオリアンナを、王は冷たい目で見ている。そしてもう一人、彼女を見守るエランがいた。






 王の天幕は国王軍の野営の中心に位置する。広い王の天幕の周りを側近達の天幕が囲む中に、開け放たれた場所がある。国王軍の各指揮官たちが集まる場所だ。そこにテオフィルスを含む、捕らえられたアルマレークの竜騎士達が集められた。彼等の周りを兵士達が取り囲む。


 猿轡を嵌められたテオフィルスの側にマシーナが近寄ろうとするが、兵士に咎められる。苦しい姿勢を強要され命の危険に晒されている彼等は、それでも〈七竜の王〉の命令を徹底して守り、いっさい抵抗はしていない。


 王が天幕から姿を現した。優美な若き王の姿は、一見しただけでは優しげに見える。だが彼から滲み出る壮絶なまでの魔力が、強者揃(つわものぞろ)いの竜騎士達に恐怖感を抱かせた。


 俺達はいったい、誰を怒らせた?


 初めて王の姿を見た者が大半の状況で、当然の反応を示す。王は無表情に彼等を見て微笑んだ。


「我が国の王太子が、竜によって連れ去られた。貴殿の意図を聞きたい」


 王はトキに頷く。


「首謀者の猿轡を解け!」


 兵士がテオフィルスの猿轡を解く。苦しい状態から解放され、彼は大きく息を吸い、そして吐いた。


「連れ去る意図はありません。竜イリが勝手に取った行動です」


 テオフィルスはしらを切る。本当はオリアンナがイリに乗るように、目印を付ける指示を出した。七竜レクーマの子カイリを心安らかに送るためには、どうしてもオリアンナが必要だった。同じレクーマの竜イリが彼女に懐き心の拠り所にしたように、死にかけたカイリにも心の安らぎを与える領主家の人間が必要だったからだ。


 七竜の代理を務めるのが、七領主家の当主とその一族の役目。カイリと接した事で彼女の心の中に、レクーマの魂が宿ったはずだ。誰よりもその事を感じ取れたのは、テオフィルス自身。七竜の定めた婚約者の目覚めを、彼は歓喜を持って受け止めた。


「では、そのような危険な竜を、王太子の側に置く事は出来ぬ。国へ連れ帰るか、処分してもらおう」

「……イリは王太子殿の竜です。私の一存で、それは出来ません」

「彼は今、眠らせてある。私の意志には、逆らえぬ」


 テオフィルスは驚き、まるで不快な者を見るように王を睨んだ。


「オーリンの中に流れるわずかな異国人の血を、我らは受け入れている。だが貴殿達はどうなのだ? 彼がエステラーン王国を担う大事な存在である事を、貴殿達はどう心得ている?」

「……」

「彼はエステラーン王国の、《王族》であるぞ!」


 王の怒りがテオフィルスを叩きのめすように発せられ、強力な魔力が彼を絡め取る。息の詰まるような苦痛に、彼は前のめりに倒れた。


[若君!]


 マシーナの叫びと他の竜騎士達の声が、気の遠くなるような苦痛の中で遠く聞こえる。意識を失う事が出来ない状態で、無限とも思える苦痛が彼を責苛む。声を上げる事も出来ず、硬直した身体では痛みを逃す事も出来ない。


 苦痛の中で思い浮かべるのは、七竜リンクルの姿でも仲間の竜騎士の姿でもない。思い浮かんだのは、オリアンナ姫の姿だ。戸惑いがちに彼を見つめる灰色の瞳、愛のハンカチを手渡した時の真っ赤に驚いた表情、そして初めてイリと心を通わせた時の嬉しそうな微笑み。それらが彼の苦痛を和らげた。


「止めて下さい、国王陛下! 彼は我が国にとって、最も重要な立場にあるお方です。どうか両国のために……、どうかお許しを、国王陛下!」


 テオフィルスの元に駆け付けようとする竜騎士達は、兵士達の剣によって動きを阻まれた。マシーナの必死の訴えも、怒りに呑まれた王には届かない。テオフィルスが痙攣を起こし身体が震え始めた時、大地を揺るがすような大音響が全てを呑み込んだ。


 七竜リンクルの咆哮だ。


 騎士達も兵士達も、耳を押さえ注意を削がれる。咆哮に慣れている竜騎士達は、隙を突いて縛られた状態のままテオフィルスの元に駆け付け、まるで王の魔力の盾になるように彼を守る。


 セルジン王は目が覚めたように、テオフィルスへの攻撃を止め、空を見上げる。七竜リンクルの姿は、どこにもない。


「……〈ありえざる者〉よ、邪魔をするな!」


 王は七竜リンクルが、オリアンナに向けて言った言葉を思い出し、それを呟く。自分が〈ありえざる者〉オーリンの罠にはまっているかもしれない可能性を、リンクルに指摘された気がした。竜騎士達が必死になって守っているテオフィルスは、魔力の攻撃が解けた事で意識を失っていた。


「薬師を呼べ、彼の手当てを……。正気に戻れれば良いがな」


 王は立ち去ろうとした。トキが、竜の咆哮でおかしくなりかけている耳を押さえながら呼び止める。


「お待ちください、国王陛下。彼等の処遇は如何致しますか?」


 王は振り返り、疲れたようにテオフィルスを見る。


「竜と竜騎士の即時退去を命じる。動けぬ者は我等に任せ、全員即時退去。意見は聞かぬ」


 王はマントを翻し、自身の天幕の中へと消えた。トキは部下に薬師を呼ぶ指示を出し、他の竜騎士達に即時退去を命じる。マシーナはテオフィルスと残る事を希望したが、意見は聞き入れられなかった。






 セルジン王は天幕に入り、頭を押さえる。〈ありえざる者〉オーリンの罠に掛かっているとすれば、オリアンナの存在自体が罠という事になる。混乱する意識の中で、必死に冷静になろうとした。


「国王陛下、大丈夫ですか?」


 天幕に呼び寄せておいたアレイン・グレンフィードが、心配し王に近寄って来る。セルジン王は暗い表情で、彼に呟いた。


「〈七竜の王〉を、殺せ」

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