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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第十話 竜の葬列(二)

 竜達の悲しげな声が止んだ時、死を迎えたばかりの竜カイリが急速に冷たくなるのを僕は感じた。竜の体内で沸き出す炎が、完全に消えてしまったのだ。ただの物体と化した竜の(しかばね)に、松明の灯りがゆらゆらと揺らめき、暗い夜の中、視覚だけでは死んでいるようには見えない。


 生きているみたいだ。


 そう思うと、悲しみが増した。


「そろそろ、カイリを送ろう」

「……」


 後ろにいるテオフィルスが、死んだ竜から離れようとしない僕を即した。意図的に彼を見ないようにする。竜カイリがどんな影響を僕に与えたのか、知られたくない。七竜レクーマの銀色の姿が、心に焼き付いて離れず、カイリの意識が消えてしまった今も、僕の心の中で竜の意識が息づいている。


 会いたい、七竜レクーマに……。


 それが完全に僕の意思である事に、戸惑いを覚える。心の中の渇望に気付かずにいたのは、セルジン王が心を満たしていたからだろうか。気付いてしまった今は、もう後戻り出来ない。


「七竜レクーマは銀色をしているのか?」

「……今は銀色じゃない。死にかけて黒い。竜の指輪が戻らない限り、レクーマは元の銀色には戻れないだろう」


 死にかけている!


 その言葉に、目の前で死んだカイリと七竜レクーマが重なった。僕の胸が剣で切り付けられたように、激しい痛みを覚えた。


「……竜の指輪が戻れば、死なずに済むのか?」


 テオフィルスは僕に近づいた。


「そうだ!」


 彼は僕の腕を取り、無理やり振り向かせる。涙を流す僕に、嘲るように言い放つ。


「泣いている場合か、ヘタレ小竜。しっかりしろっ! 竜の指輪はブライデインの《聖なる泉》にあるんじゃないのか? 知っているだろう?」


 乱暴な彼に憤りを感じながら、印象的な青い目を睨みつける。その瞬間、彼の存在の大きさに気が付き圧倒された。


 テオフィルス・ルーザ・アルレイド


 彼は全ての竜を従える〈七竜の王〉として異彩を放っている事を、僕はたった今目の当たりにしたのだ。そして僕の婚約者である事も……。心が否応なく彼に惹きつけられている事に気付き、心の片隅から反抗心がメラメラと沸き起こる。僕は、彼の手を振り払う。


「知らない! 知っていたとしても、君には言わない!」


 テオフィルスは無表情でありながら、口角を上げて笑う。その青い瞳は、優しく僕を捕えていた。


「やはり、知っているんだな」


 僕の心臓が跳ね上がった。彼の魅惑的な波動は、強烈に僕を絡め取ろうとする。彼の手が逃れようとする僕の手を捕え、彼の口元まで誘う。籠手越しのくちづけに、僕は真っ赤になりながら首を振って抵抗した。求める彼は、僕を抱き寄せる。そして嬉しそうに微笑む。


「安心しろ、無理強いはしない。いずれお前から話す事を、俺は待つ。そのくらいの余裕はあるさ」


 彼の腕の中で、僕の激しい鼓動は治まらない。抵抗できない事に心の片隅が抗議を発したが、すぐに喜びの波にかき消される。信じられない程の歓喜が、僕を支配していたのだ。一対の竜がようやく巡り合えたように、お互いを求めている。父の言葉を思い出した。


《七竜の定めた一対は、運命そのものだ。君達は国を越えて、結ばれる。私は君を、セルジン王に渡す気はない》


 逆らえない事に絶望感を感じながら、それすらも甘味な要因になった。僕はテオフィルスを見上げる。彼は優しく僕を放し、左手に(はま)る七竜の指輪を見せた。


「リンクルの指輪にお前の意志で手を添えろ。カイリを送る」


 僕は言われた通り、恐る恐るゆっくり、リンクルの指輪に手を添える。指輪は熱く息づいている。


[リンクル、出でよ!]


 指輪から、何かが躍り出る。驚きに手を離しそうになった時、彼の右手が僕の手を抑えた。


「まだだ、恐れるな。リンクルは今のお前を、敵とは見なさない」

「え?」


 テオフィルスは夢見るように、僕を見つめる。


「お前の中に、七竜を感じる」

「な、何を……」


 狼狽える僕を安心させるように彼は微笑み、視線を上空に現れたリンクルに移した。


「どの竜とは、今は言わない。お前の立場を守るために……」


 全てを理解している彼の口ぶりに、僕は呆然と彼を見つめる。


 何度か聞いた言葉だ、僕の立場を守るって。

 全部知ったうえで、黙っていると……。


 握られた手はしっかりと僕を捕えていた。反抗心は感じない、むしろ安心感が湧き起る。


 信頼していいのか?

 この(ひと)の事を……。


 テオフィルスは視線を下ろし、少し照れたような表情を見せた。僕の中に、彼への信頼感が自然に生まれる。


「さあ、リンクルに願え。本来はレクーマがやるべき葬礼だ。願いながらリンクルに唱えるんだ。[カイリを、天に還せ]」

「……」


 僕はリンクルを見上げた。七竜の影は暗黒の空に、薄ら光を放っている。それが本当の光なのか、僕が七竜レクーマの意識と共鳴しているから、そう見えるのか解らない。


[リンクル、お願いだ。……カイリを、天に還せ!]


 七竜リンクルは翼をゆっくり羽ばたかせながら、じっと僕を見ている。その目に敵意はない。僕を見ながら、悲しみの声を上げた。するとカイリを取り囲む他の竜達が、呼応するように再び声を上げる。テオフィルスは僕を竜の輪の外へと導く。


 次の瞬間、上空のリンクルがカイリに向けて炎を吐いた。カイリに炎が触れた途端、竜の(むくろ)は消え失せた。あまりの突然の消失に僕は悲しむ暇もなく、ただ茫然とカイリのいたはずの地面を見ていた。竜達が鳴き止み、静寂が暗闇と共に訪れた。葬礼が終わったのだ。


 がっくり項垂れる僕に、テオフィルスはただ黙って寄り添う。七竜リンクルの影が、僕の横に舞い降りた。他の竜達が平伏す中、僕は項垂れながらもリンクルを労い竜の足を叩く。


[ありがとう、リンクル]


 七竜リンクルは何か言いたげに、じっと僕を見つめている。僕はセルジン王がリンクルの影と話をした事を思い出した。


[レクーマの指輪を、見つけ出せばいいんだね]


 リンクルは少し凶暴な目をして、敵意を剥き出しにする。


『〈ありえざる者〉よ、邪魔をするな!』


 僕は恐怖を感じ、リンクルから飛び退いた。テオフィルスには今のリンクルの声は聞こえなかった。僕の様子に驚き、慌てて竜の指輪を突き出す。


[戻れ! リンクル]


 七竜リンクルは瞬時に指輪の中へ消えた。テオフィルスは僕の肩に手を置き、青ざめた顔を覗き込む。


「大丈夫か? 何か言われたのか?」


 僕は首を振りながら混乱した。〈ありえざる者〉―――それは僕の命の光をなった、オーリン・トゥール・ブライデイン。メイダールの大学図書館で僕の前に現れて以来、まったく姿も意思も見せなくなった。


 七竜リンクルはそのオーリンに向って、邪魔をするなと警告したのだ。オーリンが僕にどう影響を与えるのか、不安で周りが見えなくなる。そんな僕を安心させようと、テオフィルスは軽く僕を抱きしめた。


「約束しただろう? 俺はお前に協力するって、何かあったら隠さず行ってくれ、お前のためなら何でもする」


 竜の指輪の約束を思い出し、僕はハッとして彼の腕から飛び退く。




《俺達は手を組む。お前はオリアンナ姫を捜し、俺はお前に協力する》




 僕がオリアンナ姫を捜すというのは、彼に僕の口から回答として、「オリアンナは僕だ」と告げる事ではないのか。それがとんでもない約束である事に、今頃気が付いた。あの時はレント城塞に屍食鬼が迫っていて、深く考える余裕を欠いていた。


「気安く、触るな!」


 僕はまるで七竜の呪縛から解放されたように、王太子としての僕に戻っていた。混乱のあまり、敵意を持って彼を睨みつける。その変貌ぶりに、テオフィルスは眉根を寄せた。


「お前……」

「僕に近づくな! 無用な争いを起こしたくなければ!」


 僕はテオフィルスの後ろに、灯る松明に気が付いた。竜の葬儀を囲む灯りは、大勢の兵士達を照らしている。彼等は矢を弓に番え、今にも解き放ちそうだ。狙うのは竜とアルマレーク人。


 セルジン王がその列の中から進み出た。明確な怒りを宿した彼の緑の瞳は、一体何時から僕達を映していたのか、僕の背から冷や汗が流れ出た。僕はセルジン王に走り寄り、その腕の中に飛び込む。


「セルジン!」


 王は僕を抱きしめ、彼の長いマントに隠し覆った。王のマントに包まれながら、次に起こる事柄に、僕は恐怖を覚える。


「アルマレーク人を捕えよ! 抵抗する者は、討って構わぬ!」


 王の冷たい命令の直後、多くの兵が動く騒音が聞こえた。僕は苦しみのあまり、耳を塞ぐ。悪いのはアルマレーク人ではない、僕はただイリの意思で運ばれただけだ。それを解っていながら、王を止める事が出来ない。


 彼の怒りを鎮めるためには、こうするしかないのだ。捕えられ苦しむテオフィルスの姿が心に浮かび、僕の胸を傷つけた。絶望感にただ王に(すが)る事しか、今の僕には出来なかった。

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