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王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】  作者: 本丸 ゆう
第三章 トレヴダール
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第九話 イリの望み

 先程現れたオリアンナと見知らぬ男のせいで、ハラルドの魔力はてきめんに衰えたようにエランには見えた。黒い渦はハラルドの姿を覆い隠し、明らかに背後の男を恐れ委縮している。オリアンナは不思議な光に包まれて、エランに近づいて来る。


「エラン、呪いを解くんだ!」


 なぜ、いきなり黒い渦の中に彼女が現れたのか見当も付かないが、揺らめく炎のようなものに守られているのは感じ取れる。事情の解らないエランは、戸惑いながらもハラルドに斬りかかる。動きの鈍いハラルドを、難なく追い込んで行く。元々、剣技は彼の方が得意なのだ。


 あと一歩踏み込んでハラルドに止めを刺そうとした時、それは突如起こった。周りを包む黒い渦が爆風で吹き飛ばされたのだ。ハラルドの姿は黒い渦と共に掻き消え、エランも飛ばされ意識を失った。






 突然現れた光の爆風の中で、僕は身を屈め《聖なる泉》の魔力のおかげで、何とか意識を保っていた。マルシオン王は強力な輝きを放ち、怒りを滲ませて叫ぶ。


「何を考えている、セルジン王! この世を滅ぼすつもりか!」


 僕達から遠い位置で、光に包まれたセルジン王が立っていた。周りの臣下や近衛騎士達は、王を中心とした爆風に吹き飛ばされ、王から少し離れた先に円を描くように倒れていた。王はやつれた表情で、マルシオン王と僕を呆然と見ている。


「……確かに、水晶玉は兵器だな。周りの人間を守るだけで手一杯だった」


 僕は倒れたエランを助け起こそうとしたが、僕を覆う炎が彼にどう影響するのかを思うと躊躇(ちゅうちょ)した。


「安心しろ、片方の魔力は私が抑えていた。この程度の被害なら、問題はない」


 マルシオン王が顔を(しか)めながら、周りを見回して言った。僕は吹き飛ばされた木々や、大地の荒廃ぶりに固唾(かたず)を飲む。セルジン王が何をしたのか伺い知れないが、何かを試したのは確かだ。


「それで、何が掴めた?」

「アドランの意識は、魔界域の雁字搦(がんじがら)めの闇の中にある」

「助けようとしても無駄だ。我等に出来るのは、せいぜい水晶玉から切り放す事。それだけだ」


 マルシオン王は厳しい顔で、国王に忠告する。


「一度異界に囚われた意識は、この世には戻れぬ」


 僕には、彼の言いたい事がすぐに理解出来た。ロレアーヌ妃は彼より、《聖なる泉》の楔石となる事を選んだのだ。そうした事で黒い渦の流出を食い止めたが、《聖なる泉》の役目から、逃れる事が出来なかったのだ。セルジン王は頷きながら、少し悲しい顔で言った。


「助け出したい訳ではない。たとえ今、水晶玉から切り離したとしても、魔界にあるアドランの意思は永遠に残る。それはいずれ、この世に再び現れると私には思える。今なら、滅ぼせないのか?」

「無理だな。そなたはまだ水晶玉の〈管理者〉ではない。今はせいぜい彼を水晶玉から切り放す事だけだ」

「……マール」

「マルシオンだ。セルジン王」

「……」


 セルジン王は戸惑いながらも、古の王マルシオンを心に刻み込むように見詰めていた。王が彼の存在に慣れるまで少し時間がかかりそうな事に、僕は同情を覚える。彼の薬師マールに対する信頼は、僕の比ではなかったからだ。王は僕に気付き、微笑む。


「新しい(しるべ)を手に入れたな。美しい炎だ」


 そう言いながら、制御の腕輪を取り出した。僕はその腕輪に恐怖を覚える。マルシオン王の妻、ロレアーヌ妃が天界人の罠に落ちたのはその腕輪のせいだ。


「姫君、天界の罠に堕ちたくなければ、嵌めるべきではない」

「マルシオン王、女神の意思に逆らえないんじゃないんですか?」

「私は妻を人質に捕られたようなものだ。そう仕向けたのは、他ならぬ女神!」


 マルシオン王から憎しみにも似た感情が滲み出る。長い年月を生きても人間らしさを失わないのは、ロレアーヌ妃がいるからではないかと僕には思えた。セルジン王は制御の腕輪を見て(いぶか)しむ。


「この腕輪に何かあるのか?」


 王は僕に触れようとしたが、〈祥華の炎〉に弾かれた。僕は驚き炎を制御しようとしたが、どうしても出来ない。このままでは、王と触れ合う事も出来ないのだ。


「セルジン、腕輪を下さい!」

「……」


 王は躊躇しながらも、僕に腕輪を投げる。腕輪は弾かれる事なく、僕の手に収まった。なんとか竜騎士の腕甲を外し、腕輪を嵌める。そうして僕を取り巻いていた炎は、姿を消した。


「セルジン!」


 僕はセルジン王の、腕の中に飛び込む。


「愚かな姫君、後悔するぞ」


 マルシオン王は、そう言い残して背を向けた。セルジン王は僕を抱きしめながら、立ち去ろうとする異質な存在に声をかける。


「マルシオン王! 貴殿は誰の味方だ?」

「……誰の味方でもない。私は水晶玉の〈管理者〉。今は……、新たな〈管理者〉の誕生を待ち望む」


 そう言ってマルシオン王は振り返った。新たな水晶玉の〈管理者〉、即ちセルジン王の事だ。二人は睨みあう。僕を抱きしめる腕に力が入り、王が珍しく緊張しているのを感じた。


「セルジン……」


 マルシオン王が立ち去り、王が腕の力を弛めた。


「私は本当に、水晶玉の〈管理者〉になるのだな」


 青ざめた王の顔に、僕は手を添えた。


「どうぞ陛下の、ご意志のままに」


 王は驚いたように僕を見つめ、そして激しくくちづけした。






 水晶玉の魔力がぶつかり合ったせいで、《聖なる泉》の〈門番〉を取り巻いていた黒い渦は消えた。〈門番〉は意思を失った大きな騎士人形のように、ただ立ち尽くしている。泉の門は僕のいる位置からは見えないが、《聖なる泉》の〈門番〉の後ろに存在しているのだろう。


 先ほどの王が放った何かで、《聖なる泉》は正常に戻ったのだろうか。少なくとも泉の〈門番〉に、黒い渦は見えなくなった。〈門番〉の鎧が、煌めく赤である事に、僕は驚きを感じる。まるで僕がもらった(しるべ)に、呼応している。


「これでしばらく屍食鬼は近寄れない」


 王は周りを見渡しながら、自分の張った魔法の障壁が完全に機能している事を確認し、《聖なる泉》を取り囲む歪んだ木々の森の向こうにある、切り立った断崖に立つトレヴダール城を見つめた。屍食鬼が支配する薄暗い空を背に、その異様な廃墟の城は、国王軍を暗黒に引きずり込む迷宮の入口のように見える。マルシオン王は先にあの廃墟へ行ったのだろうか。女神が待つ山城へ。


 先ほどから兵士達が、慌ただしく行軍の準備に取りかかっていた。僕も行軍の用意をしようとしたが、王が歩み寄る。


「あの男が来る。気をつけるのだ」


 僕はハッとした。セルジン王の見ている方向をわざと見ない事にして、王太子である事を意識する。青い目の竜騎士は、足早に歩み寄り、王の前で膝を折った。


「国王陛下、先程の衝撃の影響で負傷者が出ました。出来れば暫し、国王軍に滞在を願えないでしょうか?」

「負傷者が出たとあっては致し方ない。滞在は許可しよう。しかし、竜が我が国に留まる事は許さぬ」


 テオフィルスは解っている素振りで頷き、セルジン王の意思に従う旨を伝えた。竜が水晶玉の魔力の圏内に留まる危険は、彼もイリの変化を目の当たりにして実感していた。


「もとより、そのつもりです」


 僕は彼が危険を承知しても留まる事に、戸惑いを感じた。イリもこの危険な場所に留まるという事だ。


「僕は反対です!」


 テオフィルスは冷たい青い目を僕に向ける。


「イリがアルマレークへ帰れない! 君が連れて行くんだろう」

「動かせない、怪我人がいる。それに視力を失い、死にかけている竜も」

「……」

「イリは、俺より君を選ぶ。何とか制御してくれ」


 僕は真っ青になった。イリが留まるという事は、竜騎士の訓練をするという事だ。王は僕の肩に手を置き、落ち着くように促した。


「今は戦時故、命の保証は出来ぬ。また、戦いは避けられぬし、客人としての扱いは出来ぬ」

「承知しております、国王陛下。私共は必ず国王軍のお役に立つ事を、約束致します」


 テオフィルスは毅然と王の前で宣言する。


 これじゃあ、この男の行軍参加の望みを、叶える事になるじゃないか!


 僕は憮然としながら彼を睨みつけ、その視線に気付き彼は口角を上げる。僕の中で憤りが沸き起こる。彼は王との仲を、完全に邪魔する存在でしかない。王はその心を察したように声がけた。


「オーリン、アレイン大将を呼んで参れ」

「は……、はい!」


 僕は戸惑いながら王の命令に従った。人を呼びに行くのは、王太子の仕事ではない。何か意図があって、アレインの元へ向かわせるのだ。僕は竜騎士を見る事なく、王の側を後にした。






 アレインの居場所は、同行する近衛騎士が教えてくれた。


「アルマレークの竜騎士が来たのですね」


 大将アレインは僕が伝える前にそう告げ、僕は頷き、不思議そうに彼を見る。


「陛下と事前に決めていたのです。アルマレークの竜騎士は、私が引き受けます。オリアンナ様は安心して王のお側にいらして下さい」

「……はい」


 僕は微笑みながらも、どことなく釈然としないものを感じる。アレインが引き受けるという事は、彼等は最前戦に配備されるのが、決定している事になる。父の国人を、そんな危険な場所へ配備していいのだろうか。


 ふんっ、自分から好きで飛び込んで来たんだ。

 心配なんてするものか!


 そう思えば思う程、心の中で何かが引っ掛かる。アレインと共に王の元へ行こうと歩き出した時、後方から兵達の大騒ぎする声が聞こえた。振り返った僕は、地響きに気付く。大きな何かが、こちらに駆けてくる。


 近衛騎士達が警戒し剣を抜き、兵達がそれの前進をくい止めようとするが、勢いに負け慌てて飛び退く。僕の前まで来たそれは、瞳孔を真ん丸にさせて可愛い金属的な声を上げた。そして頭を地面まで下げ、服従の姿勢を取る。


 かわいい……。


 僕は溜息を吐いた。これでは拒否出来ない。


「分かったよ、イリ。君の竜騎士は、僕なんだね」


 僕は、頭を抱えた。

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